短編 | ナノ


にこにこして、取り繕って、被って、隠して、誤魔化して。
そんな私を、好きだと言って笑わないで。



「疲れちゃった」


周りに良い顔をするのも、その人が望む反応を対応をするのも、私が私でなくなるこの環境も。
どうして笑わなきゃいけないの、どうして落ち込んじゃいけないの、どうして弱音を吐いてはいけないの。

本当の私って、こんなんだったっけ。


迷子になって、わからなくなった。
どういうのが私だったのか、どうしていれば本来の私でいられるのか。
今までの私は、どうしてあのままでいられたのだろう。あの環境は、どうやってつくったのだろうか。もうわからなくて、覚えていなくて、何処かにメモでもしておけば良かったとさえ思った。


私の愚痴を、その一言だけを聞いてから、機械の向こうにいるあの子は口を閉ざしている。
さっきまでは、ちゃんと話せていた。笑って、今日こんなことがあったんだよとか、そんな普通のことを。

でも、途中から、みんなとならこうしたよね、とか、みんなとこういうことしたいな、とか。
中身が変わっていって。私の思いは今から過去に移り変わっていって。

避けていた感情が破裂した。
戻りたい、と、明確に思ってしまった。



『明日、暇?』


いつもより少し高めな、彼女の声。
電話越しに聞こえる普段とは異なるこの声に、もう違和感はない。


『よく頑張ったねと、頭を撫でてやらんこともない』


それでも、いつもと同じように彼女の口調は淡々としていて。
紡がれたその言葉に、私は彼女が煩いと声を上げるほどに元気な返事をした。

思わず口角が上がる。
そして、そのすぐ後、何故かぽろりと滴が落ちた。

それはとどまることを知らず、私の声も涙に濡れていって。
その変化に気付いているはずなのに、彼女はただ「楽しみだね」といつもよりも優しい声で囁くだけ。


思わず、声を押し殺してもっと泣いた。
あなたの優しさが懐かしい。
みんなの温もりが。空気が。

戻りたいよ、進みたくなんてなかったよ。
どうして時は待ってくれないの。どうして人は止まりたくても止まれないの。



ねえ。
もう少し、もう少しだけ。

過去に縋っていてもいいかな。
私の居場所はこんなに素敵なところだったんだと、胸を張っていてもいいかな。
戻りたくなったら、恋しくなったら、思い出して浸ってみてもいいかな。

いつかはちゃんと、前を見て歩むから。


もうしばらく、あとほんの少しだけ、私は此処に立ち止まっていても許されるかな。








***

新生活に戸惑っている人たちへ。
立ち止まってもいいと思います。

言い聞かせたい、そう言ってもらいたいだけな私が書いてしまってよかったのだろうか、と少しもやもや!



20140417


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