からから、どこからともなく下駄の音。 神社の賽銭箱を見守る大きな鈴が、触れてもいないのに鈍い音を響かせる。 「おや、こんな時間に、こんな処に人がいる。 いけないねえ、狐に化かされるよ」 暗闇から現れたのは、夜に紛れそうな黒髪。 尖った鼻、つり上がった目、赤い化粧。 凛とした声が、夜空を駆ける。 「早くお帰んなさい」 赤い着物を身に纏った、その女。白い面は獣の物。三角の耳が、闇によく映える。 俺の反応を伺うように、小さく傾げられた首。その細い首で存在感を露わにする金に輝く大きな鈴が、動きとともにちりんと軽やかな音を響かせた。 「あんたも狐だろ」 「そうさ、化かすかもしれんよ」 からころ、石畳の上で下駄を転がす音。 淡々とした口調と一つも表情が変わらない顔の代わりに、笑いを表現されているような感覚に陥った。乾いた笑い声は、澄み切った空気によく溶ける。 「もう、化かされているのかもしれないけどねえ」 地に落ちた枯葉を巻き添えに、風が吹く。 砂埃を恐れて、思わず目を細めた。 薄目で、僅かに覗いた秘密の世界。 僅かな視界の奥に佇んでいたのは、変わらずきつい笑みを浮かべた仮面の奥からじっと俺を見つめている怪しい狐。 風が強くなる。 耐えきれなくなり、強く目を閉じた。 身体がふわりと、何かに包まれる感覚。 風は未だ強い。 目を開けることはできない。 やがて、風は勢いを弱め、静かに収まっていった。 瞼の力を緩め、僅かな光を求めて黒目を覗かせる。 見えたのは、慣れ親しんだ家の門。 「化かされたな」 舌打ちとともに、山の方を見上げた。 きらり、星が嘲笑うように輝いた。一夜の奇妙な出逢いを知るのは、空から見下ろす月と星。 そして、俺とあの気に食わない狐だけ。 またいつか、会いに行こう。 手のひらに忍び込んでいた飴玉を、そっと口に含んだ。 *** 三ヶ月ほど前のものを掘り出してきました。 Twitterで狐面フィーバーしていた際に書いたものです。 少しだけ手直ししました。 そろそろ脱ストックせねばです。 20140414 |