短編 | ナノ


「逆バレンタインなんて、期待してなかったですけど。ねー、ゴン太さん」

「うるさい」

「一ヶ月遅れですね、一ヶ月待ちましたね。まあいいんですけど。ねー、ゴン太さん」

「うるさいっつの」


 食卓に肘をつきながら、俺の方をちらりとも見ない幼馴染を睨みつける。効果なんてない。わかってる。

 俺の顔を支える手や、身体を包む衣服からは甘い匂いが漂っていて、嫌でもそれが鼻をついた。
 別に、甘いものは嫌いじゃないから構わないのだが。


 ねー、と相変わらずふてぶてしいデブ猫に声をかけ続ける幼馴染。
 わざわざ人の家にまで連れてきた奴の相方は、我が物顔で奴の膝に丸まってごろごろ喉を鳴らしている。この家に慣れすぎだ。飼い主が飼い主なら飼い猫も飼い猫。


 部屋にまで充満する、心を油断させる罠のような匂い。菓子を作ると、いつもこれだ。
 思わず苛立った気持ちも安らいで、奴の横柄な態度を許してしまいそうになる。





 バレンタイン。二月十四日。甘い匂いが教室中に立ち込めたあの日。弁当の匂いよりも菓子の匂いが充満した、昼休み。

 こいつは、わざわざ他クラスからやってきて教室の外から俺のことを恨めしそうに見つめていた。
 俺の前には、クラス全員にバレンタインのケーキを配っていた女子。その女子から、可愛らしく包装されたブツを受け取っている俺を、羨ましそうに、妬ましそうに、じっとりと。




「別にね。なんでお前だけ上手いもん食べてんのとかね、思ってなかったよ」


 ねー。
 何度目かもわからない問いかけをゴン太にする。奴の声なんてなんのその、ゴン太は緊張感の欠片もないでかいあくびをした。
 口の中で牙が鈍い光を放つ。威厳ありすぎだ、このデブ猫。




 バレンタイン当日は、帰ってからも俺は奴に何かないのかと言わんばかりにじっとり見つめられていた。奴は俺の部屋にいつの間にかいた。
 奴を家にあげたのは他の誰でもない、我が家の頂点に君臨するあの人だ。


 本当にぱっちりお目々で可愛いわねー、雅史とは大違いだわー。

 と、生まれてこの方何度聞いたのかもわからない、奴への賛辞。それを飽き飽きとしつつも耳にしながら、俺は翌日の小テストに備えていた。
 言っておくが俺をこんな険しい目つきに産んだのは他の誰でもない、このおばさんだ。





 そんな視線を無視して、一ヶ月。
 三月十四日、ホワイトデーになった。

 輝かしいばかりの笑みを向けてきたこいつを見たとき、これを無視したら俺の何かが奪われると確信した。






「バレンタインに何も渡してこなかったくせに、ホワイトデー渡せとか図々しいにも程が有るだろ……」


 友人にすらチロルチョコ一つで済ませたような奴だ。しかも、買った物をそのまま。


「去年頑張ったからいーのですよ」


 思わず頭を抱えたくなる。
 そう、毎年そんな調子というわけではない。
 奴が頑張ったと主張する去年、その時は手作りだった。甘さ控えめのシフォンケーキ。しかも結構うまいところが腹立たしい。

 気まぐれ、だ。
 頑張るも頑張らないも、作るも作らないも。ひょっとしたら来年は作るのかもしれないし、友人にすら何も渡さなくなるかもしれない。
 その確率は五分五分で、周期があるわけでもなければ、誰かに焚きつけられてやる気になるというわけでもない。完璧に、その時の気分だ。


「お前、本当に今の友達大事にしろよ」

「してるよ。愛たっぷり」


 ふふん。奴は自慢気に鼻を鳴らす。
 こんな自分勝手でも、自由でも、マイペースでも。
 何故か、奴は嫌われない。それどころか、そのキャラクターは甘受されているようにも思える。

 なんとなく、理由というか、そうしたくなる気持ちはわからなくもない。


「ねーねー、こんだけ待たせといてまずかったら、あのサイン入りTシャツ火に焼べてもいい?」



 訂正、やっぱりわからない。





 数分後、俺の宝物がどうなるのか恐れつつもようやく冷えたチョコプリンを差し出す。
 奴はにへらとだらしなく笑って、「雅史のお菓子が一番好きだー」と、卑怯にも俺を見つめながらご機嫌に言うのだった。





20140315








***


遅刻しましたが、ホワイトデー小説として……。
「目は口ほどになんとやら」の二人です。雅史くんはパティシエを目指しているとかいないとか。



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