深く深く、暗いところに。 私は、うずくまっていた。 光の差さない世界。景色なんて無い風景。 室内なのか、屋外なのか。地下なのか、地上なのか。 何もかもが曖昧でわからない、ただひたすらに、暗いところ。 膝を抱えてしゃくりあげている私は、瞳からとめど無く氷を零れ続けさせていた。 その氷が溶け、やがて水になる。それは水溜りとなり、いつの間にか蒸発して雲になる。それからまた雫は零れ出した。私の頬から、私の上の雲から。止む気配は、一向に見えない。 私の周りは、溺れそうなほどに水浸しだ。 ただ、悲しかった。 心のどこかがもやもやとして、胸がきゅんと切なくなって、鼻の奥がむずむずとして。一度大きく深呼吸をしたら、まるでダムが決壊したように私の瞳からは水の結晶が次々と生み出された。 怖くて、寂しくて、悲しかった。 何が原因なのか、どうすればいいのか。 私には、何もわからない。 「もういい加減、泣くのはおやめよ」 ふわり、香ったのはお日様の匂い。 陽の差さないここに、ぽっと、明かりが灯ったように。ほわほわ、その人は光を放つ。 柔らかな黒の髪はふわふわと雲のように軽くて、瞳はきらきらと星のように輝いている。 やけに優しく、落ち着いた口調で話す男の子は、私にふんわりと、まるで春の陽射しのように笑いかけた。 「大丈夫、もうこわくないよ。 さあ、この手を取って」 差し出された彼の右手。 恐る恐る左手をその上へと乗せると、彼はぐいと私を引っ張り上げた。 温かな手のひらに包まれた私の冷たい手は、彼の体温に侵されてゆく。 「いつまでも泣いていてはいけないよ、早く上へ行かないと」 彼の左手が私の目元にかざされた。 ぴたり、不思議なほどにすんなりと氷はもう出るのをやめる。彼の足元から、水は勢いよく蒸発してゆく。 雲からはもう、雨が降っていない。 「ほら、早く! いつまでもそこにいては、また雨に降られてしまうんだから!」 春から、夏へ。 彼は、眩しいほどの笑みを私へと向けながら駆け出した。そんな彼につられ、私の足も前へ前へと進んでゆく。ずっとうずくまっていただけに、足が慣れておらず少しばかりきつい。それでも、彼は気にすること無く駆けてゆく。 「ねえ、速いよ!」 「そんなことないよ、大丈夫、自分を信じて!」 風のように走り、大きな雲からはどんどんと遠ざかってゆく。 すると、自分でも驚くくらい、足が大きく、速く、疲れも知らないように動いている。走ることが楽しいなんて、はじめてだ。 周りの風景がどんどんと変わってゆく。 真っ黒から深い青へ、深い青から燃えるような赤へ。 そして、 「さあ、ここまで来れば大丈夫だよ」 彼の足が止まり、風景も固定される。 息を切らせながらゆっくりと見回したその周囲は、純粋な白。 「また、はじめよう。 あの雲から逃げ切った君なら、できるはずだよ」 彼が、冬のように寂しく、儚く笑う。 きらり、光が差した。 「再出発だ」 ごう、と勢いの良い風が吹く。 あまりの強さに瞼を下ろした。髪が乱されていくのがわかる。 そして、ようやく風が止み、世界を見渡す。 そこに春のような夏のような冬のような、そして太陽のような彼の姿は無く。 代わりに、彼の立っていた場所に、可愛らしい若葉が芽生えていた。 (こんなもんじゃないはずだ、君はまだまだやれるだろう?) *** 一度書いてみたかったんです。 元気が出るような、勇気をもらえるような、優しいものを。 彼らのように、誰かに力をあげられるようなものを。 珍しく抽象的な、幻想的なものを書いてみようとも思って、結果的にこうなりました。 個人的に気に入っている、かも。 楽しかったです。 20130923 |