短編 | ナノ


一生、満足などしないのだろう。
君の全てを手に入れることなんて、不可能なのだから。


「ごめんなさい、明日は友達の誕生日をお祝いしなくちゃ」

申し訳なさそうに、彼女はそう口にした。
甘い物が好きな彼女の頼んだミルクティーと、僅かに感じる眠気を消し去ろうと自分が頼んだブラックコーヒーから立ち上る湯気。
もわもわとしたそれに包まれるようにして、本心を自分の中へ閉じ込める。

「わかった、楽しんでおいで」

気にしなくていいから。
自分の発した虚言に、彼女は安心したように顔を綻ばせた。


彼女と、出かけるつもりでいた。
別に、特別何かがあったというわけではない。ただ、そばにいたいと、彼女の隣にいたいと、そう思っただけのこと。

かちこちと時を刻む円盤に、目を遣った。
あと数秒で、彼女の友人はまた一つ歳を重ねる。

彼女を奪った、誰とも知らない人間が、一歩死に近づく。


「アンハッピーバースデー、何処ぞの盗人さん」


くつくつ、喉で笑いを噛み殺した。
一人で呟いた言葉は、針の音と共に小さく反響し、残ることもなく消え去ってゆく。

嗚呼、実に馬鹿馬鹿しい。
自分は一体何を言っているのか、思っているのか。


こんな自分を見たら、彼女が哀しむではないか。

そう、全ては彼女の為。

彼女を奪う、彼女の興味を引く、彼女の記憶に残る忌々しい者達に何もしないのは、愛しい大切な彼女を悲しませたくはないから。

本当ならば、興味を持ってほしくない。
顔も、名前も、覚えてほしくない。

彼女の中にいるのは、自分だけで充分なのに。


あまりの愛しさで、身が焦がれて、死んでしまうのではないかと思うほどに。
それほどまでに、自分の想いは全て彼女へと向けられている。
自分の全ては、彼女で動いている。

以前はどう生活していたのだろう、彼女がいなかった頃の自分など思い出せるはずもなかった。
違う、そんな自分はいなかったのだ。

彼女に出会う前、そして、彼女に恋い焦がれる前など、
自分であってそうではないのだから。


友人に、気が狂っていると言われたことがある。
お前はおかしいのだと。正気ではないのだと。

狂っていても構わない。
おかしくても何ら気にしない。
正気ではない?そうかもしれない。


彼女のいないこの部屋で、俺は一人で顔も知らない人間を頭の中で呪い殺す。
明日の彼女を奪った憎々しい相手。忌むべき対象。消えるべき存在。


気持ちがいいのだ。
彼女のこととなると、ここまで極端な発想をできる自分の脳が。

壊れたって構わない。
そこに、彼女がいるのなら。


世界の全ては、彼女に拠る。


だから、もう、いっそのこと。





(君がいない世界へと迷い込む前に、さぁ、早く。)









痛む頭の中で構成された、めちゃくちゃな思考回路のぐちゃぐちゃな物語。




20130517


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