全てを包み込む博愛主義者は、人畜無害で温かな存在かもしれないが、時として残酷だ。 そう思い始めたのは、この男が私の前に現れてからだろう。 「おはよう」 にこにこと、空気の澄んだ朝に相応しい、爽やかな笑顔で挨拶をしてくるコイツ。 「……おはよ」 無愛想で人付き合いの悪い私にでさえ、その笑顔を惜しみ無く振り撒く姿は周りの人にはどう映っているのだろう。 きっと、誰にでも優しく接する善人に見られているに違いない。 でも、私は知っている。 彼が、悲しき孤独な道化師だということを。 笑顔の仮面を外すことすら許されない彼は、酷く滑稽で痛々しい。 教室には、まだ人が疎らだ。三分の一程度しかいないのだろう。 その少ないクラスメートの中から、一人。私の後方へと座る彼に近付く、女生徒。 「おはよう、風見」 「おはよう」 カザミ、と、甘い声で彼の名を歌うように発する。 当のカザミくんは、お得意の笑顔で温かくそんな彼女を受け入れた。 一言二言交わした後、彼らは仲良く教室を後にする。 昨日は、違う人だった。その前の日も。 可哀想だと思った。 色んな人に求められそれに応えるカザミくんも、そんなカザミくんに利用されている彼女たちも。 「可哀想だね」 ぽつり、と、呟く。 夕陽に染められた教室で、彼はぴたりと動きを止めた。 「……何が?」 私に向けられる、いつもの笑顔。 手元の本を、静かに閉じた。 「風見くんが」 「どうして?」 間髪入れずに返してくるのは、どんな心理状況の表れなのだろう。 心当たりが少なからずあるからだろうか。 私の不可解なはずである発言にも、彼は眉を寄せたりはせず笑顔のままだ。 道化師の仮面は、接着剤か何かでくっ付けられているに違いない。 「周りに必要とされるから、返す。周りはそれに甘える。嫌われるのを恐れて応え続ける。無限ループだね」 言い終えたとき、椅子に腰を下ろしている私の前には、彼の広い胸元があった。 私の机に手をついて、見下している彼。 顔を上に向ければ、彼と視線が交わる。 「可哀想なのは、そんな俺に騙される馬鹿な人たちだよ」 そう言う彼の瞳は、酷く寂しそうに見えた。 (騙されているのは、私もなのか) |