短編 | ナノ


「好きな物を好きって言いたいな」

「言えば良いじゃない」

「そんな簡単なことじゃないんだよ」

よくわからない、と呆れたように息を吐いてから彼女は前を向いた。
輝く金の髪が、どんよりとした世界には不釣り合いだ。

さしていた傘を頭上から少しずらすと、彼女は傘を閉じる。
かち、という音を聞きながら、私は辺りを見回した。まだ、周囲の人は傘を開いたまま。

「雨、やんだ?」

「まだ。ぽつぽつ、降ってるよ」

天を仰いで、彼女は瞼を閉じる。
さらりと流れる、彼女の髪。平凡な私の黒とは違う、目立つ金。

「濡れちゃうよ」

「この程度なら大丈夫」

振り向いて綺麗に笑ってから、彼女は私の袖を引く。
彼女だからこそ許される、奇抜な容姿。平凡な私がしたところで、ただの笑い者だ。

「どうして、好きって言えないの?」

長い睫毛が、一度臥せられた。次に現れた瞳は、酷く透き通っていて。
私の中にある穢く醜い感情まで見透かされるのではないかと、少し恐くなった。

「周りと違ったら、恐いから」

「違うのが普通だよ?」

「そんなの綺麗事」

私の言葉に眉を寄せた彼女は、顎に手を当てて俯く。
白い肌に、影が差した。

「他の人と違うと、恐くなる。自分が異常者なんじゃないかって」

すると、彼女はぴん、と、細く長い人差し指を立てて。

「私のことは、好き?」

いきなりの質問に戸惑いながらも、小さく頷いた。
美しい彼女が、妬ましい。そして同時に、それだけでない彼女が、羨ましい。

でも、私は確かに彼女が好きだ。

「ほら、言えた」

「そうじゃなくて」

「同じだよ」

柔らかく、春の日差しのように笑いながら。

「好きなのは、変わらない。私を嫌いな人だっているのに、ちゃんと好きって言えた」

そんなの、本人を前にして悩めるわけがない。
大体が、私は彼女を嫌いだという人物を知らないのだ。

妬ましく思う人は沢山いても、その人たちだって結局は、彼女に惹かれているのだから。


「私は、美香が好き」

堂々と、何の躊躇いもなく。


「美香の綺麗な黒髪も、優しいとこも、好き」

恥ずかしくなるほど、私を真っ直ぐに見据えながら。


「周りと違ったって、それが美香なら、私は好きだよ」

全てを包み込むような笑顔で、彼女は私を見つめ、そして。



雲の合間から漏れる光の下、優しく私の頬にキスをした。



(雨上がり、ビニール傘の下。)


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