「自分の体温で床が暖まったから移動したの?」 視線の先には、我が家でこの世のだらけを表現するかの如くまったりとしている猫がいた。 先程まではもう三十センチほど階段近くにいた気がしていたのに、彼はいつの間にか四十センチほど遠い場所で全く同じ体勢を取ったまま床の冷気を吸い取っている。 話し掛けても当然返事など無く、返ってくるのは黒目が細い猫眼だけ。 時間が時間な為にしょうがないのだが、やはり夜の方が彼は可愛らしい。 「何とか言えよう」 餌のやり過ぎでたぷついてしまった腹をつつく。 あまり鳴き声を発さない彼は、代わりに瞳を向けてきた。 自分の休息を邪魔されているからなのか、目付きが恐い。今にも噛み付かれそうだ。 「……何してんだ」 不意に聞こえた、声。 流石に彼が喋り出すなんてファンタジーな展開は望んでいないし、第一私はこの声を知っている。 「アテレコ?」 「俺がそんなお茶目なことをするとでも思ってんのか」 「君にはユーモアが足りない、というか皆無だね」 「余計なお世話だ」 背後に立つ彼、と言っても彼は人間なのだけれど、彼の瞳も鋭い。 ただ、寝転ぶ彼と異なる点は、夜になっても可愛らしさが増すだなんて天地がひっくり返っても有り得ないということ。 「で、何をしている」 「愛猫さんと話している」 即座に返した私のユーモア溢れる回答がお気に召さなかったのか何なのか、彼は額に手を当てながらぶつぶつと何事かを呟いていた。 独り言とは気味が悪い。 「お前にだけは言われたくない」 「聞こえてましたか」 「お前の眼が全てを物語っていた」 私の瞳は可愛らしいぱっちり二重なのに、失礼な奴だ。 20120624 愛猫さんの寝顔は、睡眠薬かと思うよね。 |