memo ねたつめあせ。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 「愛してる」 何度吐けば本当になるのだろう。嘘から出た実なんて、いつ、あと何度嘘を言えば、これがマコトになってくれるのだろうか。 鼻をつんと刺激する嫌な匂い。苦手なのにな。この人が焼酎を飲むなんて意外だった。もしかしたら、わたしにぶっかけるためにわざと匂いのきついものを飲んでいたのかもしれない。 「酒も滴るいい女ね」 真っ赤になった瞳でわたしを見つめる。いったい何杯飲んだのだろうか。明日二日酔いになったりしないだろうか。わたしの心配なんて彼女には迷惑で、わたしへの殺意が助長されるものにしかならないのだろうけど。 「わたし、いつかあんたを殺すわ」 お店の人がざわざわとわたしと彼女を見ている。誰かが割って入ろうとして、それをマスターが止めた。ごめんなさい、営業妨害もいいところだね。 髪の毛から酒の雫がぽたりぽたりと落ちるのを目の端に映しながら、わたしは彼女を見ていた。今日もあなたは美しい、乱れた髪の毛すらわたしにとっては色香を漂わせている。そんなあなたを捨てる男なんて、嫌いになってしまえばいいのに。 「好きで愛されたんじゃない。あんな奴の、あんな薄っぺらい愛なんて」 欲しくもない。 わたしの言葉に彼女は目を見開いて、机の上にあった食器をわたしに振りかざす。それを見たマスターが、「やめなさい」と静かに止めた。今まで黙りだったマスターがついに口を挟んだからか、彼女は力が抜けたようにへたりと椅子に腰を落とした。 「あんたなんて、あんたなんて、」 マスターはわたしにタオルを渡して、それから今日は帰りなさいと言った。彼女の横顔は髪に遮られて見えなかったけれど、きっと泣いている。今までもそうしてきたように、泣いて、溢れた水分をアルコールで補充して、翌日にはなんてことない顔をして笑って、そうしてまた夜には泣くのだ。彼女は、きっとそうやって乗り越えてきた。わたしが彼女から男を奪うたび、そうやって夜を越えてきたのだろう。 静かな夜道を歩きながらオレンジ色の月を見上げた。怒りに震えた彼女のようだ。愛おしくなって腕を伸ばす。愛してる。愛してるよ。あの男にかけた言葉とはまったく異なった響きを持って放たれた言葉。ねぇ、あなたに向けられない愛してるがマコトになる日は来るのかな。 ポケットの中で振動したスマホ。画面には男の名前が表示されていた。 『いま会える?』 『ねぇあなた彼女がいたの? 女の子を大切にできない人とは付き合えないの、さようなら』 すべて知っていたくせに。何度も打った文章を苛立ちながら送りつける。何に苛立っているのかはよくわからなかった。 男なんてみんな馬鹿だ。ちょっと色気を見せれば、ちょっと甘えれば、ちょっと好きな素振りを見せれば、すぐに大切なものを見失う。 あんたみたいな奴があの子と付き合っちゃだめなの。男なんかと付き合わないでよ、わたしはずっと、あなたがすきなのに。 オレンジ色の月を再び見ると、あんたを殺すわと放った彼女の瞳を、震える唇を思い出した。 あなたになら殺されてもいいのにね。 わたしも今日はアルコールを摂取しよう。泣く資格はないから、ただただ身体の中にアルコールを溜めて眠ろう。香水とはかけ離れた可愛くも美しくもない焼酎の匂いを嗅ぎながら、わたしは彼女を想った。 |