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『人見知りが治ったと思ったらお代を支払いにきてください』
料金の話をしたら、凪さんにそう言われ店から出されてしまった。
仕方ないので、若干二日酔いになった頭を抱えて今日も僕は会社に出勤した。
社内に入り同僚や部下、上司らに挨拶をする。ただ、社内の人間はほとんど人見知りの対象にならないので効果がよくわからない。小さい会社だし、知らない人間なんてほとんどいない。それこそ春の入社シーズンでもない限りは。

社内で少し事務作業をした後、本業の営業業務に移る。ここからが本番だ。


何回目かになるその会社に、僕は正面から入っていく。そして受付嬢に用件を伝えると、応接室に通される。
そこで相手を待つこと数分。取引相手の人が現れた。
「やあ、お久しぶりです多木さん」
「こちらこそお久しぶりです」
互いに知っている相手なので、名刺は渡さない。挨拶だけに済ませる。
「ところで、今日のご用事は?」
「本日は我が社の新商品の件で参りました。サンプルがこれとこれで……──」
ここまできて、僕はあることに気がついた。会話が途切れない。というか、僕がしゃべれなくなるということがない…ここはまだ付き合いが短いから慣れていないはずなのに。
本当に、治ったのだろうか? 長年僕を苦しめ続けてきた厄介な人見知りが…


「凪さん!」
「おや、お早い御越しで」
重たいドアを勢いよく開けると、そこには凪さんが優雅に椅子に座っていて。その目の前には湯気を上げる紅茶のカップ。
「本当に、人見知り治ったんですよ!」
「それはそれは…」
テーブルに置いてあったソーサーからカップを持ち上げ、一口紅茶を啜る。
「『慰め屋』にはご満足頂けましたか?」
「それはもちろん!」
「それでは、お代をいただきましょうか」

…忘れてた。今日は財布にほとんどお金が入っていない。なんせ給料日三日前だ。財布が軽すぎて泣きたい。
「……えーっと、大体いくらくらいですか…?」
とんでもない金額が出てきたらどうしよう…ローン組めないかな…。
「はい、大体五万七千円くらいですね。初回サービスです」
「さんまんごせんえん……」
鞄に手を突っ込み財布を取り出す。残高確認──千五百円しか入ってない。

「あのー、今持ち合わせがないんですけども」
「どうしましょうか…」
思案する凪さん。利子付けて貸しますよとか言われたらどうしよう…しかも十一だったりしたらっ。
「…ところで、比良都のことどう思います? 淫乱で恥ずかしいやつだと?」
「へ?」
いきなりそんなことを聞かれて、変な声が出てしまった。
「別に、恥ずかしいやつだなんて…」

と、頭に昨日のことがおふわりと浮かんできた。
…比良都くんのナカ、気持ちよかったなあ。というか、ちょっと虐めたい…あれ?
「…僕ってSだったっけ?」
ぽそりとつぶやく。が、凪さんには聞こえていたらしい。急に椅子から立ち上がった。
「対処を思いつきました」
「はい……」
どうか、不可能なことを言われませんように! ただただ、僕はそう願う。

「あなたを我が『慰め屋』の非常勤として採用します」
「はあっ!?」
一体どうしたらそこに行きつくんだ! 凪さんの思考回路がわからない…
「比良都のこと虐めたいと思ったでしょう?」
「うっ!」
「うちって人足りないんですよ。比良都は役に立たないし。そこで、役に立ちそうなあなたに手伝ってもらおうかと。料金はチャラにしますし、もちろん給料も出しますよ」
「……わかりました。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ」
にこりと笑う凪さん。それにつられて、僕もひきつったような笑みを浮かべる。

なんだかんだで、人見知り克服のために僕は大変なものを支払ってしまったようです。







11.08.28.Sun


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