塗りつぶされる日常 03




「あ、綾人…いくらなんでも先生に入るようなメイド服なんて…」
「え、あるけど?」
 ツッコミどころが違うような気がしつつツッコんだけど、綾人に一蹴されてしまう。…わざわざ用意したのか…?
「男らしい先生が女装なんて、すっごいおもしろそうだと思ってさ。こっそり用意してたんだよ」
「…………」
 用意していた言葉が、全て喉の奥に飲み込まれていった。…何て言ったらいいのか、僕にはわからないよ…

「というわけで先生。着て下さい」
 近くに置いてあった袋から3Lサイズくらいはありそうなメイド服を取り出すと、先生に向ってずいっと差し出す綾人。その空気には誰も入り込めない。綾人の奇行を昔から見てきた僕でさえ。

 昔から、綾人には唐突に変なことを言い出し実行するという癖があった。
 幼稚園にパジャマのまま登園したり、ジャングルジムの上で何時間も過ごしたり。……それだけならまだよかった。人に迷惑をかけない程度なら。
 だが、年を追うにつれ綾人の奇行はエスカレートしていった。主に、人様に迷惑をかける方向に…
 何があったかは言いたくない。というか、思い出したくない…。記憶の底に封印させたままでいさせてほしい。

「さあ、先生早く。下校時間になりますから」
 そう言って一歩前へ進む綾人。それに合わせて一歩後ずさる先生。一歩進む綾人。一歩下がる先生。ひたすらその繰り返し。
 しかし、教室の中であったため先生の背中が壁にぶつかった。下がろうにも下がれなくなった先生は、あっけなく綾人に捕まってしまう。
「あ、東…さすがに先生それは着れないかなーって…」
「着て下さい」
 190センチ近くある男の先生を壁際に押しつけて、メイド服を着ろと迫る178センチの麗人(女)。……なんとシュールな光景であろうか。どこかのびっくり映像番組に送ったら採用されそうなくらいの光景だ。

「…着てくれないんですか。俺だって執事服着てるんですよ…!?」
 いや、お前は似合うからいいだろ。そうツッコんでしまったのは間違いではないはずだ。…多分。
「先生がこれ着てる姿見てみたいんです。…明も見たいって言ってたし」
「っ! 言ってねえよこの馬鹿野郎!!」
 勝手に僕を巻き込むんじゃない! そんなこと一言も言ってないぞ僕は!
 ……見てみたいような気も、少しはするような…って、んなことないない。気の迷いだっ!

「…お前らがそこまで言うなら…」
 とうとう綾人の押しに根負けしたのか、先生が降参とでも云うように両手を上げた。
「本当ですか先生!」
 おい、さっきまでのしおらしさはどこ行った。…あいつお得意の演技だな。全く、したいと思ったことのためなら手段を選ばない綾人らしいっちゃあ綾人らしいんだが。
…巻き込まれる方からしたら、勘弁してほしいだけなんだけどな。

「似合ってなくても知らないからな」
 うんざりとした声と表情で、先生は僕も着替えた教室の隅の間仕切りされた空間に入って行った。

「…綾人。何考えてんだ一体」
「え、先生のメイド服が見たいだけだけど?」
 …特に深い意味がなくやる行為ほどタチの悪いものはない。
綾人の奇行に深い意味があったためしはないが。
「そんなん見て楽しいか…?」
「ああ、楽しいね。俺筋肉フェチだし」
「……あっそ」
 もう何も言うまい。言ったって無駄なことはわかりきっている。10年も昔から。



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