くちびるよりおしゃべり

 布擦れと、浅い息。立ち昇る熱を助長する、濡れた音。それから所々で思わずといった具合にこぼされる、耐え難いと言いたげななまえの震える喘ぎ。それだけが狭く暗い部屋を満たしていた。
 誰に隠すわけでもない行為は、激しくだがひっそりとしている。人ふたり分の重みに、ベッドの安いスプリングが軋んだ。

「んっ、ん」

 なまえは、唇を噛んだまま、それでも堪え切れない刺激の波を吐き出す。自分に覆い被さる男の首筋に腕を回していっぱいに引き寄せ、そこに額を押し当てながら声を殺していた。耳元では、浅く、短く、まるで獣のもののような息遣いが堪えず続いている。すでに繋がっている中心部をぐいと抉ると、噛み締められたなまえの唇が開いて、泣き声のような声を発する。するとその他に何を言われたわけでもないのに、男の喉はごくんと唾を飲んで、殊更に彼女を責め立てるのだ。

「うる、せえな、おまえは…っ」

 そう言って、奥へ押し当てたまま、なまえの首筋に歯を立てる。突然の刺激になまえはがくんと顎を上げた。その反応に気を良くして、噛み跡をべろりと撫で上げる男は口角を上げる。なまえの首筋に突き立てられていた歯は普通より尖り気味で、彼女に覆い被さり首に歯を立てるすがたは、血をすする怪物のそれを彷彿とさせた。
 なまえは堪らず上がってしまった顎を引いて、いやいやと首を振る。恥ずかしくて、同時にひどく気持ちが良かった。慎ましい喘ぎも、ほとんど発しない意志を持った言葉も、「うるさい」と言われるには程遠いはずのものなのに、この男に限っては、そんなこと言い訳にはならないのだ。

 自分に向けられた感情が実際の感覚として身体に刺さるという、彼だけの特別な体質。なまえが彼を欲するだけ、彼を愛おしむだけ、その思いは感覚となって彼に刺激をもたらす。彼女から与えられるそれを、影浦が快感として拾い上げることは抗いようのないことだった。こうやって身体を繋げているときに向けられる思いは一層強いもので、実際に行為として受ける快感に、彼女の欲望が明確な刺激として上乗せされる感覚は、もう言葉になど言い表せないほど、たまらなかった。

「っは、…咥えられるより、よっぽどいいな」

 身体を起こして、唇を塞ぐ。声も息も止めてしまっても、身体へと刺さる女の感情は止まなかった。深く、早く、何度も何度も繰り返し穿つ。女のなかが脈を打つように蠢いて、加えて突き立てられる感情に堪らず熱が上ってきた。
 息継ぎのたびに漏れる女の声は甲高く変わってゆき、頂上のありかを見つける。けれど彼女の思いに果てなどはないのだ。

「っあ! ああ、まさと…」

 ――まさと、雅人。もっと触って。
 ひっきりなしに思う。どこもかしこも濡れそぼった自分に、頭の中を抑制することなど出来ない。でも、それでよかった。この理性の効かない劣情が、浅ましい欲望が、言葉なんて億劫なものを飛び越えて、直接男に突き刺さってゆく。「気持ちいい」も、「離さないで」も、「好き」も、すべて。

「っ、うるせえんだよ、クソ」

 耳を塞いでも、意味がないの。
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