「なまえ、久しぶり」

 その人はまるで、昨日も、その前の日も、これまでずっとそうしてきたかのように、朗らかな表情を浮かべてわたしの前に現れた。
 高校三年の十月。大学受験まで残り半年を切り、一日の授業を終えて予備校へ向かおうとしていたわたしに、正門前で待ち構えていたその人はひらりと手を揺らして声をかけた。僅かに赤みがかった柔らかい金髪は、記憶と同じように肩の辺りまで伸びて、結い上げた前髪のおかげで大きな猫目が覗いている。彼のシンボルであった特攻服や、どこかの学校の制服ではない、オーバーサイズのパーカーに細身のパンツとスニーカーを履いて、佇んでいた。いつも跨がっていた大きなバイクは、今日はそばにはない。
 声をかけられ、その姿を視界に入れたまま立ち止まったわたしは、彼と数メートルの距離を保ったまま、動けなくなってしまった。自分の脇を通り抜けていく、同じ高校の生徒たちが、不審そうな目で自分のことを見ていることがわかっても、どうすることもできない。
 彼――佐野万次郎が、こうしてわたしの前に姿を見せたのは、およそ二年ぶりのことだった。

「……マイキー?」
「そーだよ、オレ以外に見える?」

 立ち尽くしたわたしの代わりに、ゆったりと近寄ってきた彼は、首を傾けるようにしてじっくりとわたしの顔を見つめる。彼に会うのは二年ぶりだったけれど、その月日を感じさせないほど、彼は変わらなかった。自分とほとんど違いのない視線の高さも、どこか達観しているようであどけない顔つきも、耳触りの良い中低音の声も、何も、あの頃と変わらない。だからこそ、形容できない不可解さが喉元に張りついて、首の裏がピリピリと粟立った。

「どうしたの、急に」
「いいじゃん。学校終わる頃かと思って、迎えに来ただけ。一緒に帰ろ」

 所在なく浮つくわたしをよそに、彼は目尻を下げて、息を吐くように呟く。眼差しも、声も、記憶の中にあった当時の彼のそれと同じもので、まるでタイムトラベルをしたみたいだなんて、馬鹿げたことが脳裏をよぎった。
 スニーカーのつま先で反転して、帰ろうとわたしを促す彼の目は、ひたすらに優しい。なのに、わたしはできる限り息を潜めて、彼の様子を伺っていることしかできなかった。この埋めようのない温度差を感じているのはどうやらわたしだけのようで、彼は鼻歌でも歌えそうなほど上機嫌だ。正門から駅までの道のりを歩き始める彼の、数歩後ろをついて歩きながら、その鼻筋をじっと見つめる。

「……わたし、今日予備校あるから、まだ家には帰らないよ」

 何とか紡ぎ出した言葉に、彼はぱっとこちらを振り向いて、目を丸くした。こうやって自分の行動に反応を返されると、どうしてか自然と身体が強張ってしまう。彼のきょとんとした表情は、猫みたいに愛らしくて、間違ってもわたしを傷つけようとか、怖がらせようとする態度ではない。それなのに。

「ヨビコー? 何それ、塾みたいな?」
「うん、そう」
「うわ、オマエそんなの行ってんの? 大学行くの?」
「うん……」

 顎を引くように頷く。わたしの顔からずっと目線を外さずにいた彼は、ツイと唇を尖らせて、数秒だけ視線を地面に落とした。

「フーン。じゃあそのヨビコーまで送る。どっち?」

 つまらなそうな、拗ねているみたいな声色。そんな声のまま、こちらに道を訊ねて身体ごと振り返る彼は、わたしの顔を覗き込むように首を傾ける。大して身長も変わらないのに、そうやって伺うような仕草をされると、困ってしまう。傾けられた首の流れに沿って肩から滑り落ちる金髪と、こちらの様子を見逃すまいと突き刺さる視線に、胸がぎゅっとした。

「……マイキー」
「ん?」

 わたしが彼を呼ぶと、それに応えるみたいに眩しそうに細まる視線から、逃げ出したくなる。柔らかい温度をした声に、耳を塞ぎたくなる。わたしの中にある、最後の記憶の彼とは似ても似つかなくて、頭の中が混濁して、鈍い頭痛がした。

「あの、ほんとに、どうしたの?」
「何が?」
「……すごい、久しぶりだし、何かあったのかなって」

 思わず口を突いて出てしまった言葉は酷く曖昧で、その意図が彼に伝わったかは分からない。けれど、この胸につっかえたものを解消しなければ、あの頃にタイムトラベルしたような姿を見せる彼を受け入れることは到底不可能であることだけは分かっていた。
 その「何か」がうまく言語化できずに、言葉はふわふわと宙に漂う。それが言葉として形になってしまっては、今目の前にいる彼の朗らかな空気が崩れてしまうのではないかとおそろしかった。なのにそれと同時に、いっそ崩れてしまえばいいのにと、わたしは感じていたのだ。

「べつに何もねぇよ。すげー暇になったから、会いたかっただけ」

 彼は、そう言って笑った。先程までの眩しさも、柔らかさも、そして恐れていた崩壊も閉じ込めた、凪いだ笑みだった。
 その顔を見て、周囲の音も聞こえないくらいざわついていた胸の中が、嘘みたいに静まり返るのを感じる。一歩遅れて、街の雑踏が追いついてきた。
 自分だって曖昧な言い方をして逃げたくせに、躱されてしまったことにわたしは落胆を覚えていた。どうにでもなれとすら思っていたはずだったのに、こうして何事も起こらなかったことに、安堵に似たものを感じていたのだ。自分を臆病者だと恥じ入る感情と、失望みたいなものが押し寄せて、今にも破裂しそうに膨れ上がっていたものが、急速に萎んでいく。
 先程までつっかえていたものを、あっけなく飲み下してしまった喉から、つるりと言葉が溢れた。どうだっていい、ただこの場の空気を途切れさせないための、薄っぺらい言葉だ。

「……マイキー、今何してるの? 高校とか行ってないよね?」
「うん。明日からバイトする」
「バイト? マイキーが?」

 思いもよらない言葉に、横にいる彼の顔をまじまじと見つめた。わたしの記憶にある彼は、この渋谷の不良たちをまとめ上げる暴走族チームを束ねていた男で、どう転んでも人の下に付くような人ではなかった。自分の前に立ちはだかる者は文字通り蹴散らして、涼しい顔で自分の道を作り上げる、中学生らしからぬ高潔な不良だったのだ。
 そんな彼が、誰かに雇われて仕事をするようになるなんて信じられなくて、先程までとは違い、月日の流れを感じてしまう。数年という時間は、あの「無敵のマイキー」すらも、ただの「アルバイター」に変えてしまうのだ。
 ぎょっとしたままのわたしのことなど気にもしない様子で、彼はあっさりと頷く。

「うん。バイトしねーと金ないし」
「何するの?」
「ガソリンスタンド」

 何のアルバイトをすると言われたって納得することはなかっただろうけれど、彼の答えを聞いても、やはりそれに合点がいくことはなかった。確かに彼はバイクが好きだったから、それに近しいと言えば近しいのかもしれない。とはいえ、そのバイク自体を扱うことと、バイクや車にガソリンを入れることでは全く違う。
 上手い返事が思いつかず、「そうなんだ」と下手くそな相槌を打つことしかできないわたしを尻目に、彼は易々と話題を変えてこちらに視線を向けた。

「予備校ってさ、何時まで?」
「九時だけど……」
「おっそ。危ないじゃん」

 形の良い眉をきゅっと顰めてまた唇を尖らせる彼に、わたしはそっと首をかしげる。夜は危ないと言ったって、駅からすぐの予備校付近は夜になっても明るくて人通りも多いし、最寄りから自宅までもそこまで遠くないうえに、ずっと通ってきた道ばかりだ。何にせよ、中学生の頃から無免許のうえノーヘルメットで夜中にバイクを乗り回していた彼に言われることではない。ただ、彼にそう言ったところで、「オレはいいけどなまえはダメ」と言われることは予想がついていた。
 あの頃からそうだった。わたしは彼と違って「不良」なんてものとは縁遠いただの学生だったから、彼に心配されるようなことは起こりようのない生活を送っていたのに、彼は自分のことを棚に上げて、必要以上に自分たち「不良」の世界からは遠ざけたがった。
 今みたいに、静かに目を細めて。

「オレ、毎日迎えに来ていい?」

 彼の横に並んで歩いていた足が、思わず一瞬動かなくなって、立ち止まる。往来で急に足を止めた自分の横を通りすぎて行く人々の視線に気づいて、慌てて小走りでまた彼の隣に並んだ。静かになっていたはずの心臓が、また大きな脈を刻み始める。

「え……でも、バイトあるんでしょ?」
「バイト、深夜だし。送ってからバイト行く」

 聞くと、彼のバイト先のガソリンスタンドは二十四時間営業の店舗で、彼はその夜勤スタッフとして雇われたらしかった。夜中のガソリンスタンドなんて、彼のほうがずっと危ないような気もするが、彼に対してそんな心配をするのは野暮であることは分かっていたから、唇を噛んでそれを我慢する。
 迎えに来てもいいかという彼の質問に答えないわたしに、検討の余地を与えることなく、彼は淡い色の唇を綻ばせて笑った。

「なまえのこと心配。な、決まり」

 天上天下唯我独尊であった彼のことを、止める術をわたしは持たない。にっこりと、完璧な笑顔で首をかしげられてしまえば、断ることはできなかった。
 頭の中に、彼と出会ってからの記憶がばらばらに散らかって、足の踏み場もなくなっていく。彼と最後に会ったあのときのことは、夢だったのだろうか。そんな錯覚すら起こしてしまいそうになる。
 予備校のあるビルに入っていくわたしに、彼はひらひらと手を振った。頭の中は、あらゆる思い出の中の彼のことでいっぱいになっていて、今日の授業の内容は、ひとつだって覚えていられないだろう。登っていくエレベーターの表示をぼうっと眺めながら、わたしは早々に、受験勉強に頭を切り替えることを放棄して、頭の中に散らばった記憶の中から、ひとつずつ順番に、彼との思い出を拾い上げるのだった。

 わたしは、彼と出会うまで、「無敵のマイキー」のことを噂程度にしか知らなかった。男の子たちの間では有名だったらしいけれど、わたしは男の子の友達が少なかったし、小学校だって彼とは違っていたから、「マイキー」のことを知る機会などあるはずもない。中学校に上がり、偶然彼と同じ学区のくくりになって、校内でその姿を認識してからも、「見た目は普通の男の子だな。金髪だけど」くらいの感想しか抱かずにいた。彼とはクラスが違ったし、ただのイチ生徒であるわたしと、有名人である彼の間に接点などなく、これから先彼と関わり合いになる未来なんて、想像することすらなかったのだ。
 そんな彼とわたしが初めて出会ったのは、彼と最後に言葉を交わした二年前からさらに二年ほど前、中学二年の夏のことだった。





 中学校から自宅へ帰るまでの通学路に、他の家とは異なる、広い敷地を持った日本家屋があった。その家は空手道場を営んでいるため、敷地内には大きな道場があるのだそうだ。確かに夕方になると、その家の立派な門から多くの生徒たちが帰宅して行ったり、その両親たちが迎えに来たりしている光景を何度も見たことがあった。
 ある日の下校中、いつも通りその家の近くに差し掛かったとき、その家の目印である大きな門のそばに、段ボールが置いてあるのを見かけたのだ。この辺りで一番大きな家の門にそんなものが置いてあるのは何だか不自然で、まさか爆弾でも入っているのではあるまいな、と突飛な想像をしながら、恐々とその段ボールの中を覗き込む。するとそこには、想像していた爆弾なんかよりもずっと重大なものが入っていたのだ。
 ニャア、と、その中身はひと鳴きして、潤んだ目でこちらを見つめている。わたしはその視線に一撃で射抜かれ、その場で動けなくなってしまった。
 古びた段ボールの中にいたのは、一匹の猫だったのだ。段ボールにはくたくたになったタオルが敷かれ、その上で猫はミイミイと甲高い鳴き声を上げている。赤茶けた毛色で、縞模様の入った身体は、わたしの両手の上に乗ってしまえそうなほど小さく、そこらで悠々と暮らしているただの野良猫と同じようには思えなかった。目は開いて、段ボールの中を動き回っている様子から、生まれたばかりというわけではないようだけれど、それでもまだ小さい子猫だ。そんな子猫がこうして段ボールに入れられ、路地に放置されている状況を見るに、その子猫がどうしてこんなところにいるのか、答えはすぐに想像がつく。あまり良くない想像だ。
 わたしはその猫に視線を釘付けにされ、しばらく見つめ合ったのち、段ボールのそばにしゃがみこんでしまった。夏の夕方は日が長く、座り込んで俯いたせいであらわになった項を、西日がジリジリと焼いていくのが分かる。それでも、そんな暑さなど意に介さず、わたしはその猫のそばから離れられなかった。
 おそらく、捨てられてしまったのだろう。それを分かっているのはきっとわたしだけで、この猫は自分がそんな境遇にあることなどまるで理解していない。そのとびきり綺麗なまなこで、こちらを見上げて鳴き続けている。
 小さな舌でぺろぺろと自分の口の周りを舐めていたから、喉が乾いているのだろうかと思って、慌ててスクールバッグの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。きっと水よりミルクのほうがいいのだろう。けれど、すぐに用意できるものでもなく、わたしは自分の手を皿のように丸めて段ボールの中に入れ、手の皿にペットボトルの水を注いだ。猫は、鼻先をわたしの手に近づけてしばらく何かを確かめたあと、小さな舌でそっと水を掬っていった。
 ただそれだけのことに、わたしは心底ホッとして、詰めていた息を静かに吐き出す。

「オマエ、何やってんの?」

 頭の上から、声がした。地面から飛び上がってしまいそうなくらいに驚いて、喉の奥から「ヒッ」とまるでサスペンス映画で聞いたような息を呑む音を出してしまう。肩が跳ね上がったせいで、手の皿から水は溢れ、指からぽたぽたと雫が垂れていた。
 驚いた勢いのまま、声の主を見上げる。わたしのすぐそばに立ってこちらを見下ろしているその人は、中学生ではそうそう見ない眩しいほどの金髪と、何を考えているのか読み取れない、深い夜色の目をしていた。その姿を見て、わたしの心臓は先程声をかけられたときよりもずっと盛大な鼓動を鳴らす。なぜなら、その人は学校――それどころかこの渋谷で最も有名な不良だと噂の、「マイキー」だったからだ。

「ここオレんちなんだけど」
「え、あ、あの、ごめんなさい」

 飛び上がるほど驚いているわたしを見ても、顔色ひとつ変えずにこちらを見下ろしたままの「マイキー」は、口に咥えていたチュッパチャプスを口から引き抜きながら言った。何でも、この空手道場を持つ家は、彼の自宅なのだそうだ。思わず門に提げられている表札を見る。表札には「佐野」と書いてあったけれど、わたしは「マイキー」の本名を知らないから、見たところでどうすることもできない。
 何を答えたらいいのか分からず、ひとしきり狼狽えたあと、自分の口は自動的に謝罪の言葉を吐き出した。しかし、彼はそんなものには何の反応も示さず、しばらくじっとわたしを見つめたあと、その視線を横にスライドさせる。そして、その先にあるものを見て、大きな目が丸く見開かれた。

「……猫?」

 ぽつりとした小さな呟きが頭の上から落ちてくる。わたしを見ていたときと同じように、彼はしばらく段ボールの中にいる猫を見つめてから、おもむろにわたしの横にしゃがみ込んだ。思わず、「えっ」と声を上げてしまう。まさか彼が猫に興味を示すとは、やはり少女漫画でお約束とされている、不良と捨て猫の親和性は揺るがないのだろうかなんて、この場にそぐわない突拍子もないことを考えた。自分が何とか現実逃避を図ろうとしていることが窺える。

「何こいつ、捨て猫?」
「……うん。この箱に入ってて」

 思いのほかフランクに話しかけてくるので、ついタメ口で返事をしてしまったが、彼はあまり気にしていないようだった。この家――彼の自宅前に捨てられていたことが分かると、「人んちの前に捨てんなよな」と悪態をつく。わたしはそんな彼の姿を、盗み見るようにしてそっと視界に映し続けた。
 噂の「マイキー」のことは、有名な不良であることくらいしか知らない。不良というからには、喧嘩をしたり、人を脅したりするものかと思っていたけれど、前者はともかく、今の彼にこちらを威圧するような素振りは見られなかった。チュッパチャプスを咥えたまま自分のすぐ横に並んで、一緒になって捨て猫を眺めるような、そんな人だなんて思いもしなかったのだ。
 しばらく黙って猫を見つめていたわたしたちだったが、そうしていても仕方がないと思ったのか、ついに彼が口を開く。

「……ほっとけば?」
「え、でも」
「じゃあ飼うの?」
「……うちのマンション、ペット禁止だから」
「だったら妙な情けかけんなよ」

 彼の言うことは、もっともだった。わたしが、こうして捨て猫を見つけて、そばから離れられなくて、水を与えてやっていても、家に連れて帰ることをしないのは、自分がこの猫を引き取って飼うことができないと頭から分かりきっているからだ。両親を説得する以前に、ペット禁止のマンションで、隠れて猫を飼うことの不可能さを最初から理解している。ならば、関わらないのが最適解だ。可哀想だというだけでいっときの間構ってやれたとして、結局見捨ててしまうのなら、彼の言うとおり、余計な情けをかけるほうが非情なことだと分かっている。

「……それはそう、なんだけど」

 自分が愚かな行動をとっていると分かって、でももう立ち止まってしまった。どうしていいか分からないから動けないのに、それこそがただの自己満足だと突きつけられて、どうしようもなくなってまた動けなくなる。その繰り返しだ。
 今日初めて話した人にそんな姿を見られていることが悔しくて、たまらず立てていた膝に顔を伏せた。悔しさと、恥ずかしさが込み上げて、何だか泣きそうになる。ただ居合わせただけの彼に申し訳ないような、腹立たしいような、遣る瀬ない気持ちで顔が上げられない。

「オマエが飼い主見つけるなら、それまでウチに置いてやってもいいよ」

 目を閉じた、真っ暗な視界の中に、静かな声が落ちてきた。思わず膝から顔を上げて目を開ける。開けた視界いっぱいに、背後にある西日で彼の金髪が縁取られている様が広がって、目が眩みそうにまぶしかった。

「……え、いいの?」
「オマエが世話するんだからな。オレんち、世話できるような奴いねーから」

 言い含めるような言葉に、わたしは何度も何度も頷く。あまりにも首を振るものだから、彼はそこで初めて、「首取れそう」と笑顔を見せた。
 大きな夜色の虹彩でまっすぐに見つめられているときは分からなかった、まだあどけない少年の表情に、色んなものが軽くなって今度こそ涙が溢れそうになる。そんなわたしの情けない顔を見て、彼はそっと、目を細めるのだ。

「オマエ、名前は?」

 その日、噂の「マイキー」はわたしの友達になった。わたしは彼のことを「マイキー」と呼ぶようになって、彼もわたしのことを「なまえ」と呼んだ。
 これが彼との初めての思い出だった。
 その次の日から、わたしは登校前と放課後、毎日彼の家を訪れた。マイキーは、彼の部屋であるプレハブの一角を猫の住処にしてくれたので、そこに空の衣装ケースを置かせてもらって、猫の世話をすることにした。自分は世話をしない、と明言していた彼は、言葉のとおりほとんど何もすることはなかったし、不良仲間と何やら集まりがあるとかで、家にいないことも多かった。彼が家にいなくとも、彼のおじいさんや一つ歳下の妹であるらしいエマちゃんに口利きをしておいてくれたので、わたしはしばらくの間、まるでこの家の住人のように通い詰めたのだった。
 放課後になると、一目散に彼の家へ向かい、まずはマイキーのおじいさんに挨拶をして、鍵のかかっていない彼の部屋に入る。猫の家である衣装ケースの掃除をしてから、餌をやって、あとは門限の時間になるまでずっと猫と遊んでいた。エマちゃんがお菓子を持ってやってくることもあって、ふたりでお菓子を食べながら猫と遊んで過ごした。特別親しい後輩がいるわけでもなかったわたしは、「年下の女の子」というものが可愛くて仕方なくて、彼女と過ごすのが楽しくてたまらなかった。
 そのエマちゃんに、わたしが帰ったあとの猫の様子を聞いたことがある。彼女は、笑いを堪えるようにして口元を手で覆い、それでも堪えきれない笑顔で教えてくれた。

「マイキー、部屋にいるときこの子に話しかけてることあるんだよ」

 それを聞いて、わたしはしばらくの間瞬きすることを忘れていた。マイキーとは、猫の一件から学校でもたまに話すようになったけれど、それで彼のことをよく分かるようになったかと言われれば、そういうわけでもない。わたしが勝手に想像していた「不良」のイメージよりずっと優しい男の子で、情の深い人だということは初めて会ったときに知ったけれど、猫に話しかけるような可愛い人だったなんて思いもしなかったのだ。
 自分と猫のふたりきりになった部屋で、マイキーが猫を覗き込み、何事かを話している様子を想像して、何だか身体の真ん中があたたかくなる。彼はただわたしの我儘に付き合っているだけで、どちらかと言えば猫がそばにいることを面倒に感じているだろうと思っていたから、そうやって柔らかい気持ちを猫に向けてくれていることに、わたしは何故だか、救われたような心地がした。

 猫を拾ってから数週間が過ぎた頃、ついに猫の貰い手が決まった。この家の空手道場に通っている生徒のひとりが、両親を説得してくれたのだそうだ。時折、道場の近くまで猫を連れて行き、道場の生徒たちやその両親に会わせていたから、それが功を奏したのだろう。
 貰い手のお宅で、猫を迎える準備が整い、いよいよ猫が貰われていく日。わたしはもちろん佐野家を訪れたが、そこにはおじいさんやエマちゃんだけでなく、マイキーの姿もあった。

「マイキーどうしたの」
「いーだろ別に。こいつとずっと一緒に住んでたのオレなんだから、お別れのときくらいちゃんといるよ」

 そう言って、彼はつんと唇を尖らせて衣装ケースの中で新しい家族を待つ猫の額をつつく。猫は大人しくその指先を受け止めていて、短い間だったとしても、同居人としての仲間意識みたいなものがふたりの間にあることが分かって、つい笑ってしまった。
 そうしているうちに、貰い手の家族が現れ、猫は衣装ケースから小さな男の子の腕の中へ連れられていった。その男の子も、一緒にいるその子の両親も、猫のことを優しい眼差しで見つめていて、わたしは心底安堵する。猫を見つけたときの心臓のざわめきや、自分にはどうしようもできない現実に、あの小さい身体が押しつぶされてしまうのではないかと不安で仕方なかった。それからようやく解放されたのだ。安心して、嬉しくて、その次に、不安で今まで見えなくなっていた感情が一気に押し寄せてくる。

「……何泣いてんの。家見つかってよかったじゃん」

 隣にいたマイキーが、ぽつりと呟いた。その呟きと同時に、自分の目からこぼれた涙が、頬を伝って地面へ落下する。ひとつこぼれてしまえば、あとは簡単なことだ。目の奥が熱くなって、喉が締め付けられる。次から次へと溢れてしまうから、俯いて息を止めてみた。それでも、だめだった。

「……うん、よかった。よかったけど……寂しいよ」
「……変なの」

 最後に猫の毛並みをそっと撫でて、お別れを言う。赤茶けた毛並みととびきり綺麗なまなこが、新しい家族と一緒に車に乗り込んで見えなくなっても、涙は止まらなかった。あの猫にとって、きっと幸福な生活が待っているはずで、そのことが嬉しくてたまらないのに、自分から離れていってしまうのは寂しい。どうしようもないことなのだから、涙の止め方もわからない。しゃくりを上げて泣き続けるわたしの横で、マイキーは黙ってそこにいてくれた。
 ポケットに突っ込んでいたままだった彼の手が、そっとわたしの頭の上に乗る。そのまま、まるであの猫の毛並みを撫でるときみたいに、頭の形に沿って髪を撫で下ろしていった。ゆっくりとマイキーへ目をやると、大きな瞳と視線がかち合う。色はまるで違うけれど、あの猫と同じ、とびきり綺麗なまなこ。その目が静かに細くなっていく。微笑んでいるはずなのに、どこか寂しそうな眼差しだと、そのときのわたしは感じていた。
 もしかしたら、マイキーも猫がいなくなって寂しいのかもしれない。寂しいと思うくらい、あの猫のことを大事に思っていたのかもしれない。そう思うと、鳩尾のあたりがぎゅっと苦しくなって、込み上げてくるものを何も考えずに吐き出していた。

「マイキー、ありがとう」

 猫を置いてくれて、わたしの我儘を聞いてくれて、今こうして横にいてくれて。いろんなことを思いながら、そう言葉にした。マイキーは、わずかに目を丸くしたあと、すぐにまた目尻を下げて笑う。わたしの髪を撫でていった手が、背中を軽く二回叩いて、彼の手が離れていったときにはもう、涙は止まっていた。
 猫のことがなくなってからも、マイキーとの関係は変わらずにいた。学校で会えば声をかけてくれたし、マイキーが放課後そのまま家に帰る気分のときは、一緒に帰ることだってあった。周りの友達には、マイキーとわたしが友人関係にあることには知らないふりをするような態度をとられることもあったけれど、そんなことは気にもならないくらい、マイキーはわたしの日常に入り込んでいたのだ。

 それが変わったのは、中学三年の、秋の終わりだった。
 それなりに学校をサボることはありつつも、週に三・四日は絶対に学校に顔を出していたマイキーが、ぱったり姿を見せなくなったのだ。文化祭の日も、給食の献立がマイキーの好きな揚げパンの日も、マイキーは学校に現れない。家を覗いてみても当然のように部屋は空で、何度メールをしても、数通に一通の割合で返ってくるのは「大丈夫だからなまえは大人しくしとけ」という短い返事だけだった。
 クリスマスが過ぎて、年が明ける。それからさらにひと月が経った頃、わたしは何も知らないまま、その知らせを聞いた。
 エマちゃんが、死んでしまったのだ。
 わたしはその通夜で、久しぶりに彼の顔を見た。喪主を務める彼は精悍な顔つきをしていて、ここが通夜の場でなければ、わたしはその顔をずっと見ていただろう。色んな人の、あらゆる悲しみの声がして、わたしもその中に紛れて泣いた。けれどマイキーは通夜の最後まで、泣くことはなかった。
 きっと涙を流していなくても、彼はずっと深い悲しみの中にいたのだろうし、わたしの知らないところで涙を流していたのかもしれない。そんなマイキーに、わたしは何を言ってあげられるのか、どんな顔をして彼の前に立てばいいのか。そう思ったら、途端に彼の顔を見れなくなってしまった。
 焼香をあげる間も、すぐ横にいるはずの彼をできるだけ視界に入れないようエマちゃんの遺影をじっと見つめていたし、通夜が終わってからも、結局彼に言葉をかけることができないままだった。わたしは、そんな自分が不甲斐なくて、足早に通夜の会場を抜け出した。
 とぼとぼと帰路を歩きながら、霞みがかった思考の中で思う。猫の世話をするために佐野家に通い詰めていたことが、遠い昔のことみたいだ。猫を見つけて、マイキーと初めて言葉を交わしたこと、エマちゃんと一緒に世話をしたこと、猫と別れる日のこと。ひとつひとつを思い返して、わたしはもう、マイキーに会うことはできないと悟った。
 自分にはどうすることもできなくて困り果てたとき、彼はわたしを助けてくれた。別れが辛くて涙が溢れたとき、彼はわたしの横にいてくれた。わたしにとって確かに、彼は特別な人だったはずなのに、わたしは、彼がわたしにしてくれたことを、してあげられなかったのだ。猫を見つけたときと同じだ。どうしたらいいのか分からなくて、動けない。そのうえ、今日はこうして逃げ出している。自分が不甲斐なくて情けなくて、もう自分は彼に会うべきではないなんて、被害者ぶった考えに囚われてしまったのだ。そうしたほうが、楽だったから。
 その日を最後に、わたしはマイキーに連絡をするのをやめた。
 連絡するのをやめたことで、彼との繋がりは簡単になくなってしまった。彼から連絡が来ることはないので、わたしが連絡をしなければ話をすることもない。もうずっと学校にも来ていないから、姿を見ることもなかった。彼との関わりがなくなったことで、無力感に苛まれることもなくなったけれど、頭の中の霞みが晴れる瞬間が訪れることもありはしなかった。
 マイキーと会うことはないまま、わたしは中学を卒業した。彼は卒業式にも出席していない。きっと高校受験なんてしていないだろうから、彼がこの先どうするのか、これでいよいよ分からなくなってしまう。それでも、わたしにはどうしようもないことだし、わたしが彼のそばにいたとしても、何の助けにもなれない。
 ――けれど、「もしも」のことを考えてしまう。もし、また彼に会うことができて、彼があの瞳を暗く曇らせていたとしたら。そのときはきっと、彼の横に立っていよう。もしも、そんなときが訪れたら、きっと。

 そう願った矢先のことだった。進学した先の高校で、ある噂を聞いた。あの「無敵のマイキー」が新しいチームを作り、人が変わったみたいに酷い行いを繰り返しているというのだ。
 いつだったか、マイキー自身が教えてくれた自分の仲間や、そのチームの話とは全く違っていて、自分の手が少しずつ冷たくなっていくのが分かった。聞けば、マイキーはわたしに語ってくれたそのチームを解散させ、仲間たちと離れて新たなチームを作ったらしい。
 自分の記憶の中にいるマイキーの姿とその噂の中の彼が、重なり合うことなく乖離して、思考がめちゃめちゃになる。もしも彼に会うことがあって、そのとき彼が悲しい顔をしていたら、以前彼がしてくれたように、その隣で寄り添っていようと決めた。
 今、マイキーは、どんな顔をしているのだろうか。表情の見えない彼の姿を想像する。足を踏み出さずにはいられなかった。
 それから、わたしはしばらく彼の家へ通った。彼がまだあの家にいるのかも分からなかったけれど、朝方や放課後、帰宅した後にまた家を出たりして、何度も、あの家を訪れた。さすがにもうあの頃のように家の中に入っていくことはできなかったから、門の前でただ立ち尽くして、マイキーが現れるのを待っていた。
 数日が経って、一週間、二週間が経っても彼に会うことはできなかった。いつも同じ時間に出入りしているわけではないだろうし、すれ違っていることもあるのだろう。それでも変わらずマイキーを待ち続けて、数週間が経った頃。そばにある街灯が光り始める時間になっても門の前で立ち竦むわたしの耳に、懐かしいバイクのエンジン音が聞こえたのだ。
 その姿を視界に捉えたとき、痛みを感じるほどに自分の心臓が締めつけられるのを感じた。最後に会ったエマちゃんの通夜の日から、数ヶ月しか経っていないというのに、もうずっと長いこと会えずにいた人に会えたような感覚だった。
 マイキーは、見慣れない白い特攻服を着て、わたしの前でバイクを停めた。どんな顔をしているのだろう、と何度も想像した彼の表情は、見たこともないほど無感情に冷え切っている。

「……何しに来た」

 その目はじっとこちらを捉えて、訝しげに歪む。ひどく淡白な言葉は、わたしを突き放すように頑なだ。
 わたしは、そのとき初めて、今までマイキーがどんなに柔らかい眼差しでわたしを見つめて、なだらかな声でわたしの名前を呼んでいたのかを知った。今目の前にいるこの人を、誰なのだろうと思う。けれど、紛れもなく彼はマイキーだ。本物の夜に紛れてうまく捉えることができないけれど、大きな夜色の目が、こんなにも歪に澱んでいる。初めて会ったあのとき、西日を受けて輝いていた髪が、今は暗い影に沈んでいるのがたまらなく悲しかった。

「マイキー、ごめん」

 絶対に泣くまいと思っていたのに、早速声が震えている。歯を食いしばって、涙の代わりに熱くて湿った息を吐き出した。頭では分かっていることが、こんなにも難しい。
 言いたいことは、もっと別なことのはずだった。今どうしているのか、つらくはないか。そして、マイキーがつらいなら、近くにいてもいいかと言いたかった。でも、できなかった。
 目の前にいる、冷たい表情をしたマイキーは、わたしの言葉を聞いて身体の動きを止める。夜が深まる時間帯の、誰もいない路地は静かで、彼の唇から息を飲むような音が聞こえた。

「エマちゃんが死んじゃったとき、わたし、何も言えなくてごめんね」

 わたしは、本当はずっと、「ごめん」と言いたかったのだ。マイキーが悲しい顔をしていたらそばにいてあげたいなんて、ただ格好つけただけだ。動けずにいたわたしに手を差し伸べて、泣いているわたしの隣にいてくれたのに、その彼が本当に苦しいときに何もできなかった自分のことを、許してほしかった。どこまでいっても自分のことばかりのわたしが、今更のこのこ現れてこんなことを言うのは愚かしいだろう。けれど、言わずにはいられなかった。
 ただの精算だと思われたとしても、わたしはあの日、彼に何も言葉をかけられないまま背を向けてしまったことを、後悔していたから。

「……帰れ。もう来るな」

 マイキーは、そっと息を吐き出すようにして、そう言った。自分の視界は少し滲んでいたけれど、かろうじて涙をこぼす一歩手前で踏み止まっている。一度、ぎゅっとまぶたを強く瞑って、再び開く。開けた視界に映った彼の表情は、無感情に冷え切った、わたしの知らないマイキーのままだった。

「オマエ、もうつまんねぇよ」

 そしてわたしは、わたしの思いが本当にただの独りよがりで、彼にとって何の力にもならないことを知ったのだ。





 もう、大学受験まで時間がない。
 毎日学校へ行って、そのうちの月曜日と水曜日と金曜日は予備校へ行く。毎週土曜日は予備校で模試と過去問をやって、その繰り返しだ。わたしが第一志望にしている大学は、そこまで難しいところではないから、受験勉強もこの程度で済んでいるけれど、難関大学を目指している友達はもっとストイックで、毎日暇さえあれば予備校の自習室へ行っているらしい。そんな周りの受験生たちのように、わたしももっと受験勉強に打ち込まなければならないのに、最近どうもうまく行かない。
 マイキーが突然わたしの前に現れてからこっち、わたしの頭は受験生にあるまじき浮つきようだ。彼がそばにいると心臓が嫌な音を立てて落ち着かないし、彼がいないときだって、気付けばぼんやりと彼のことを考えている。けれど、分からないのだから、仕方がない。どうしようもなくなったとき立ち止まってしまうのは、わたしの悪い癖だった。
 高校一年の頃、彼の言葉をきっかけにして、わたしと彼の交流は一切が絶たれた。あのとき、わたしはもう決して元通りになることのない別離を経験したのだ。まだ十六年ぽっちしか生きていなかったけれど、わたしにはそれくらいの出来事だった。だから、先日彼がそんな別離など存在していないような顔をして自分の前に現れたとき、わたしは、それこそ夢を見ているのだろうかとすら思ったものだ。
 だが、あいにくこれは夢ではないらしい。
 マイキーは、先日告げられた言葉通り、予備校のある日は毎日わたしのことを迎えに来るようになった。中学でバイクを乗り回していたときとは違い、きちんとヘルメットを被り、免許も取ったのだそうだ。話を聞くたび、あまりにも様変わりしていて、いちいち驚いてしまう。マイキーは、そうして目を白黒させるわたしを見て、おかしそうに笑っていた。
 けれどわたしは、同じように笑顔を返すことはできずにいる。たとえマイキーが自分のそばで笑っていたって、わたしはずっと、あの冷たい目をしたマイキーを忘れられないままだ。わたしの幼くて自分本位な、でも本心からの言葉が、彼には触れられることなく透過していってしまったことを知っているから、今目の前にいるマイキーを、受け止めることもできない。
 ただ、だからと言って、彼から再び離れることも、わたしにはできなかった。

 その日、予備校を終えてケータイを開くと、ちょうどマイキーからメールが届いた。迎えに行くのが少し遅くなるから、待っているようにと書いてある。けれど、わたしはそもそも彼に家まで送ってもらう必要性を感じていなかったから、すぐにそのメールに、「今日は電車で帰るから大丈夫だよ」と返信した。そして予備校から駅までの短い道のりを、偶然ビルを出る際に鉢合わせた、同じ予備校の男の子と一緒に帰ることになったのだ。
 歩きがてら、最近の模試の結果や滑り止めの大学はどうするか、そんなごく普通の受験生の会話をする。大学とか、模試とか、微分積分とか。そういうことを話していると落ち着く気がした。受験のことを話していると落ち着くなんて、世の受験生には口が裂けても言えないけれど、マイキーのことを少しでも頭から追いやることで、わたしの心臓は静寂を取り戻すのだ。そのことに、わたしはひどく安堵している。

 もうすぐ駅に辿り着こうというところで、突然何かが地面に叩きつけられるような、大きな音がした。弾かれたように肩が跳ねて、そのまま音のした方向へ視線をやる。視線の先の駅のロータリーには、一台の見慣れたバイクが停まっていた。
 バイクに跨っていたマイキーと、地面に転がっているヘルメットが見える。先程の音は、おそらくマイキーがヘルメットを取り落としたときのものなのだろう。そのときの音がまだ耳にこびり付いている。ヘルメットには、傷がついているかもしれない。バイクから降りて、こちらに歩み寄ってくるマイキーを見ながら、わたしは自分の思考がまたぼんやりしていくのを感じていた。

「なに、オマエ」

 近寄ってきたマイキーが声をかけたのは、わたしではなく、一緒にいた同じ予備校の男の子だった。その声は二年前にわたしが聞いたあのときのような冷たさと、それに加えて重たい圧を孕んでいる。彼がそんな行動を取るだなんて思いもせず、わたしは慌ててマイキーの前に立ち塞がった。
 
「ちょっと、マイキーやめて。予備校から駅まで一緒だっただけだよ」
「だったら早く消えろよ。もう用ねえだろ」

 わたしの言葉を聞きながらも、マイキーの目は彼の姿を捉えて、強い口調で吐き捨てる。視線が向けられていないわたしですら、ゾッとしてしまうくらいの眼光に睨みつけられて、彼はすっかり萎縮してしまっているようだ。彼がわたしに何か危害を加えているわけでもないのに、何がマイキーの気に障ったのか、見当もつかない状況に頭が混乱する。
 マイキーは昔から渋谷で一番有名な不良で、中学の頃からそこかしこで喧嘩をしていたらしいけれど、マイキーが実際に喧嘩をしたり、誰かと争っているところをわたしに見せることはなかった。わたしがそういったところにはついて行かなかったというのもあるし、マイキー自身がわたしをそういうものから遠ざけようとしていた部分が大きかっただろう。だから、わたしはマイキーがこうして誰かに荒々しい言葉を使ったり、威圧するような態度を取るところをあまり見たことがない。
 言葉を失っている間に、予備校の同級生はマイキーの言葉通り足早に消えていって、険しい表情をしたままの彼と、頭を混乱させたままのわたしがその場に残される。
 マイキーは、睨み続けていた視線をパッと逸らし、小さく舌打ちをしてからまるで責めるような目をしてわたしを見つめた。

「……なにあれ。オマエの男?」
「そんなんじゃない。やめてよ、あんなこと言うの」
「は? なに庇ってんの?」

 意味が分からないと言わんばかりの様子で、彼はその柳眉を歪ませる。でも、分からないのはこちらのほうだった。ただ駅まで一緒に歩いただけの同級生を、あんなふうに威圧しておいて、わたしが彼を庇うことに腹を立てる意味を理解することができない。
 唇を噛み締めているわたしに気付かないマイキーは、まだ収まらない苛立ちをもう一度吐き捨てる。

「あんなつまんねえ男の何がいいんだよ」

 その言葉を聞いて、頭のてっぺんから血の気が引いていくような感覚がした。背後からバケツいっぱいの水を全身に浴びせられて、気が遠くなっていくような錯覚すら起こしてしまいそうになる。
 マイキーは、覚えているのだろうか。タイムトラベルをしてきたような顔をしている彼にとっては、記憶の辺境に追いやられてしまうような出来事だったのだろうか。
 でも、わたしは一度だって忘れたことがない。

「……わたしだって、そうじゃないの」
「あ?」

 呟いた声に、煩わしそうな相槌が聞こえる。けれど、そんなものは耳に入らなかった。腹が立ってたまらなくて、目の前が明滅する。怒鳴りつけてやりたかったけれど、怒りと同じくらいの寂しさが込み上げてきて、あっという間に怒りを追い越してしまう。怒鳴り声より、先に溢れてしまったのは涙だった。
 わたしは、マイキーの前では情けない姿を見せてばかりいる。でも、それもマイキーはもう忘れてしまったかな。

「わたしだって、あの人と一緒だよ。『つまんない』って、マイキーが言ったんだよ」

 わたしは、忘れない。彼が言ってくれたこと、彼がそばにいてくれたこと、そして、彼がわたしを突き放したことも、ずっと忘れずに過ごしてきた。けれど、マイキーは違うのだ。
 わたしにとって、あのときのことは決定的な出来事だったけれど、彼にとってはそうではない。そのことをこうやって無意識に突きつけてしまうくらい、忘れ去られた記憶なのだろう。
 息を止めて、その間に無理矢理涙を拭い取る。そして再び涙が滲み出てしまう前に、彼に背を向けて走り出した。マイキーはバイクを置いていけはしないから、追っては来ない。いつも使うエスカレーターを無視して、駅の階段を駆け上がる。受験勉強ばかりで運動なんてずっとしていないせいで、呼吸ができないほど息が上がった。でも、それでよかった。息が上がっている間は、涙がこぼれてくることはなかったから。

 次の予備校の日の帰り、マイキーが迎えに来ることはなかった。不良だった彼のことだから、あんな風に捨て台詞を吐いたわたしのことを待ち構えているのではないかと思っていたけれど、当てが外れた。予備校のビルを出ても、大きなバイクに跨って、わたし用のヘルメットを用意して待っているマイキーはいない。誰もいないガードレールを見て、ほっとしたような、寂しいような複雑な気分だった。
 この前のように電車に乗って、最寄り駅までの短い時間を電車のドアに寄りかかりながらやり過ごす。先日一緒に駅まで帰ったあの男の子は、今日の予備校で顔を合わせても、目を逸らして何も言っては来なかった。そのことを謝ろうと近づくと、避けるようにその場から離れてしまったので、もうきっと話をすることはできないだろう。
 マイキーはこれで満足だったのだろうか。そんな捻くれたことを考える。マイキーがあんな態度をとった理由ももちろんだけれど、それよりもっと分からないことがある。どうして二年前のことを忘れてしまったような顔をしているのか。どうして、またわたしの前に現れたのか。
 考えても答えの出ない問題を、いつまでも頭の中で繰り返した。開いている参考書の中身は少しも入ってこないし、目はページの表面をただ滑るだけで、書かれている文字を認識することができない。わたしはマイキーのことを考えると、いつもこうなってしまう。二年前も、エマちゃんが死んだときも、初めて会ったときも、いつも。
 結局何の結論も出ないまま、自宅のマンションまでたどり着いた。とっぷりと夜の更けた空は晴れているから、星が見えるのかもしれなかっらけれど、数メートルに一本の間隔で立っている街頭の明かりで見えそうにない。ぼうっと空を眺めていた視線を、街灯づたいに下ろすと、マンションに一番近い街灯の根元に、誰かが座り込んでいるのが見えた。
 蛍光灯の明かりを受けて、その金髪が浮かび上がる。彼は、わたしが近づいてくるのに気付くと、こちらを見上げてまるで月の明かりみたいにほのかに笑った。心臓が、ぎゅっと痛んだ。
 彼のことなど無視して、通り過ぎてしまおうかと思った。わたしにとっては忘れ難い記憶を、まるで知らないことのように朗らかに振る舞う彼を見るたび、自分が傷つくのがわかる。心臓から嫌な音がして、わたしの思いが彼にとって取るに足らないものであると思い知らされるのがおそろしい。
 なのに、座り込んだままこちらを見上げて、とびきり綺麗な夜色の目に見つめられると、わたしの足は動けなくなるのだ。まるで、彼の家の前で捨て猫を拾った、あのときみたいに。

「……何してるの」
「こうやってたら、なまえが拾ってくれるかと思って」
「……ばか」

 どうしたらいいか分からなくて、言葉が出てこない。あんなふうに捨て台詞を吐いて去ってしまった手前、こうしてわたしを待っていたマイキーの前で、どんな顔をしたらいいのか分からなかった。
 けれど、マイキーはそっと立ち上がりながら、そんなわたしのことを見透かしたように笑う。その顔が、あの日捨て猫を前に途方に暮れていたわたしに手を差し伸べて、名前を聞いてくれたときのものと同じだったから、わたしはその表情から目を離すことができなくなった。

「ごめんな」

 しんとした路地に雨粒のように落ちる、小さな声だ。それでも、わたしはその声を聞き逃さない。

「昨日も……その前も」

 彼の目が、今にも崩れそうに揺れているのに気がついたから、ひとつだって取りこぼしてはいけないと思った。
 呟いたあと、マイキーは視線を外して少し俯いたけれど、わたしは変わらず彼のことを見つめ続ける。そのまま、彼の言った言葉を反芻した。

「……覚えてるの」
「当たり前だろ」

 呆然と言葉をこぼしたわたしに、彼は息を吐くように返事をする。彼の言う「その前」が、本当に自分の記憶にある出来事と重なっているのか、まだ信じられない。
 マイキーは、記憶を思い起こすように視線を宙に投げて、「エマが死んでから、ずっと会ってなかったもんな」と呟いた。彼が過去のことを話す姿を見ていると、何だか泣きたくなる。過去を忘れたように振る舞われたことを、あんなに苦しいと思っていたのに、実際にそうして過去のことを思う様子を見ても、苦しいことに変わりはなかった。彼にとって、過去は非情な思い出でもあるからだ。
 それなのに、彼は静かに微笑んで再びまっすぐにわたしを見つめる。

「あのとき、なまえがごめんって言ってくれたとき、オレ嬉しくて泣きそうだったよ」
「……うそだ」

 話しているほうと、聞いているほうの表情がちぐはぐだ。「泣きそうだった」と離す彼は微かに笑んで、それを嘘だと否定するわたしのほうが今にも泣きそうになっている。彼の言っていることを、信じられない。だって、今でも思い出せる。無感情で冷たい表情、抑揚のない声。わたしの知らないマイキーが、明確にわたしを突き放したのだ。
 実際に経験して、その事実は揺らがないはずなのに、目の前にいる彼の顔を見ていると、信じたくなってしまう。微笑んでいるのに、過去を思い返すその目が途方もない悲嘆に沈んでいるように思えて、言葉を続けられない。

「オレ、あの頃自分でああなったんだ。オマエとか、仲間から離れて、自分でそうしようって決めた。でも、途中からよくわかんなくなってて、ずーっと止まってるみたいだった」

 息をしていることでやっとのわたしを視界に捉えながら、彼は滔々と言葉を連ねた。彼の言うことを、わたしは完全には理解できないでいる。「ああなった」と言う彼が、あのときどうしていたのかも、自分で決めたというその目的も、わたしが知ることはない。彼がわたしに、その全てを教えてくれることはないだろう。
 だって彼はいつも、わたしを彼のいる世界からは遠ざけたがったから。いいから、なまえはそこにいて。そう笑って、いつもわたしを守ってくれていた。そんなこと、分かっていた。
 彼の葛藤をわたしは知らない。彼の苦しみを、分かち合ってあげることはできなかった。それが不甲斐なくて情けなくて、立ち止まって逃げ出してしまったけれど、でも、違ったのだ。
 唇を噛んで堪えるわたしに、マイキーが教えてくれる。

「そんなときに、オマエが来てくれたから」

 カッコつけた顔するのに必死だったよ。そう言って彼は息を吐いて笑った。そして、「でも、酷いこと言ってごめんな」と僅かに眉を下げる。その顔を見て、あんなの格好をつけたわけでもなんでもないと文句を言ってやりたかったのに、そんな言葉はひとつだって出てこなかった。
 わたしの言葉は、ただ幼く自分本位で、彼を救うことはできなかったけれど、彼の中に蓄積することなく、取るに足らないものとして消えていったわけではなかったのだ。それがわかっただけで、わたしはもう何も要らなかった。
 溢れてしまいそうな涙を飲み込んでいると、マイキーは「なのにさあ」と不満そうな声を上げ、今までと一変してむっと唇を尖らせ拗ねたような顔をする。眉毛をぎゅっと寄せて、ひどくつまらなそうな顔でじっとわたしを睨みつけた。

「やっと戻って来られたと思ったら、オマエ男と一緒にいるし」

 何を言うかと思えば、先日のことを蒸し返して、マイキーはあたかもわたしと予備校の彼に「何か」あるような含みのある言い方をする。今といい、先日といい、「男と一緒にいる」だとか「オマエの男?」だとか、言い方にいちいち嫌な勘ぐりがあるようでなんだかもどかしい。自分だって男のくせに、中学生の頃だって言わなかった、思春期の男の子みたいな発言がくすぐったくて、どこか恥ずかしかった。

「だからあれはそんなんじゃないってば」
「それでもやだったの」

 尖った唇は戻らないまま、マイキーはツンと視線を逸らす。すっかり気が抜けて、涙も引いてしまったわたしは、蛍光灯に照らされた彼の鼻筋と、ツイと尖る淡い色の唇を見つめていた。
 じっと見つめている視線に気付いたのか、マイキーは横目にわたしを捉え、逸らした視線をもう一度こちらへ向ける。夜色の大きな猫目は、街灯の光を浴びているからなのか、それともそれ以外の理由なのか、星が瞬くように明滅して、わたしは目が眩んでしまいそうだった。

「なまえのこと、オレが最初に好きだったのに」

 このまま見つめていたら、吸い込まれていってしまいそうな夜色の瞳。目が眩みそうに瞬いて、もしかしたら、その奥には夜空が広がっているのかもしれないとすら思う。
 マイキーがそう言ったっきり、しばらくの間ふたりとも呼吸を忘れてしまったみたいに、あたりには静寂が流れた。息を呑んで、たまらずまばたきをしたと同時に、声がこぼれていく。

「……え?」
「ハァ? ちゃんと聞いとけよ」
「聞いてたよ、聞いてたけど、びっくりして」

 思わず聞き返してしまって、マイキーは不機嫌そうにしてこちらを睨みつけてくる。慌てて弁解をするけれど、あまりその意味はない。彼の言葉はしっかりと聞いていた。わたしが彼の言葉を聞き逃すはずがない。けれど、その言葉はあまりにも鮮明で、嘘みたいで、わたしはしばらく呆然と彼の顔を見つめていた。
 ほんの僅かに彼の眦が赤く染まっているように見えたけれど、相手があのマイキーだと思うとそんなことも信じられない。でもその肌の色を見ていると急激に鼓動が駆け足になっていくのが分かる。
 マイキーは、わたしの視線をどこか居心地が悪そうに受け止めながら、まるで大事なものを拾い上げるときみたいに、小さな声でそっと呟いた。

「あのさ、覚えてる? 拾った猫がもらわれていったとき」

 その言葉に、わたしは息を呑んで瞠目する。彼がこうして昔のことを話すのは珍しかったし、そのときのことが、わたしにとってどうしようもなく、他に変えがたいほどの思い出だったから。

「……覚えてるよ」
「オマエすげー泣いてさ、里親見つかって嬉しいのに、離れたくないって」
「もう、忘れてよ。恥ずかしいな」
「ヤダ」

 そのときのことを思い返すように、宙を仰ぎながら話す彼の姿に、あのとき涙が止まらなかった自分の横にいてくれた彼のことを思い出していた。赤茶けた毛色の小さな猫が、家族を見つけて自分のもとから離れていくのが、嬉しくて、寂しかった。俯いて涙をこぼすわたしの髪に触れた彼の手の感触も、忘れたことはない。
 自分にとって大事な思い出であることは確かだったけれど、あのときの自分のことを、こうやって他でもないマイキーに語られると、どうにも気恥ずかしい。彼の前で情けない姿ばかり見せているのはもう今更のことだと分かっている。でも、だからと言って何も感じないというわけではないのだ。
 楽しげに話す彼に忘れてほしいと口を尖らせると、マイキーは何が嬉しいのか、こちらをじっと見つめてから静かに息をこぼした。

「忘れねーよ。忘れたことない」

 とろとろと、何かが溶けてこぼれ出してしまいそうな柔らかな眼差しが、確かにわたしを捉える。何かをひとつずつ触って確かめるみたいに同じ言葉を繰り返した彼は、そのときの光景を反芻するように、目を伏せた。
 ふっくらとした白いまぶたを縁取る長い睫毛が震えるのを見て、また自分の奥底から、熱いものが込み上げてくる。心臓の鼓動で胸が震えて、その震えが喉元まで駆け上がって、息を止めていなければ、もう耐えられなかった。

「オレあのとき、あの猫のこと羨ましいって思ったんだよね。そんときはそれが何でかわかんなかったけど、すぐわかった」

 伏せられていた夜色の目は、ゆっくりとわたしを捉えて、細くなっていく。この光景を、今まで何度も見てきたけれど、何度見たって、きっと見飽きることはないのだろう。
 マイキーの目の中に、きちんとあのときのわたしが映っていた。初めて会ったときも、エマちゃんが死んでしまったときも、わたしのことを突き放したときも、今も、わたしがマイキーのことをいつだって見つめて、決して忘れないように、彼もいつかのわたしのことを忘れないでいてくれたのだろうか。

「オレも、なまえに大事にされて、ああやって泣くくらい思われたかった」

 そして、彼の心を救えなかったとしても、彼が今ここにいるだけの理由になることができていたのだろうか。
 何か返事をしたいのに、今声を出したら、すぐにでも溢れてしまいそうで、唇を噛んだ。ひとつひとつ、種明かしをするように言葉を形づくるマイキーの声を、ひとつだって聞き逃したくなかったから。

「今でもそうだよ」

 静かで、穏やかな声を紡ぎ続けながら、マイキーの手がそっとわたしの手を取った。引き寄せられるように向かい合って、もう片方の手も重ね合わせる。そして、わたしの両手を繋いだ彼は、その手にぎゅっと力を込めてそのまま自分の胸元へ引き寄せたのだ。
 額を触れ合わせて、彼の夜色の目がすぐそこにある。もう、涙で視界が滲んでしまいそうだ。けれどわたしは、そのときのマイキーの表情から、一瞬でも目を離していたくなかった。

「たまに、オレのこと思い出して泣かれたい。なまえに一番に思われたい」
「……何、それ」
「だから、また会いに来ちゃった」

 そう言って、目尻を下げて悪戯に笑うから、わたしもつられて笑ってしまう。笑ってしまって、その弾みで自分の目尻から涙が伝っていくのが分かった。マイキーはその涙を目にして、満足げな表情を浮かべるのだ。

「やった。泣かせた」

 人を泣かせておいて、ひどい言い草だ。けれど、悲しくはない。嬉し涙とも少し違う。それが何かわたし自身も例えることはできないけれど、彼がこうやって笑うなら、何度泣かされたって構わないだなんて思ってしまう。
 いつもふらりとどこかへ行ってしまいそうな儚い人で、そんな自分を思って泣いてほしいだなんて願う酷い人だ。それでも、彼はずっとわたしの特別な人であり続ける。今までだって、そうだったから。

「……マイキーが、また居なくなっちゃいそうなこと言うからでしょ」
「……居なくなんねぇよ。もう、居なくなんないから」

 低くなった声が、わたしの耳元でそっと呟く。初めて聞く、彼の声帯が作り出す甘やかな声色だった。

「オレのこと好きって言って」

 両手を握り合って、額を合わせて。まるで、祈りを捧げている姿みたいだ。けれど、わたしたちが祈るのは、神様でもなければ、仏様でもない。他ならないわたしたち自身に、願い事をする。
 もう居なくならないこと、そして、彼の言葉に対する答えを、夜色の目に祈るように。

スタンドバイミー

- ナノ -