虹の予感
※微原作沿い、トリップ設定です。
※救済夢ではありません。
※ヒロインに若干の特殊設定があります。
※天魁星の名前はデフォ固定です。
貴方と出会った時の夢を見たの。
人と触れ合うことを嫌うその手とは逆の手を差し伸べてくれたのも、わたしの止まらない涙を優しく拭ってくれたのも紛れもなく“貴方”だったの。
その顔、信じてないでしょう?
ねぇ、お願いだから…
わたしの想いを最後まで聞いて。
一生の、お願いだから。
***
「ななし、今日はテッドのところじゃないんだね」
甲板から見上げる空は見渡す限りの快晴、風向きは良好。絶好の航海日和だというのに、背後から聞こえたラズロの一言でわたしの気持ちはスコールにでも遭遇したようにかき乱された。
「ラズロも意地悪なこと言うのね。テッドがわたしの事を厄介者だと思ってるのよく知ってる癖に」
海を眺めていていた視線をラズロへと向け、不機嫌さを隠すこともなくそう言い放ったけれど、ラズロは気にも止めていない様子でこちらへ歩み寄ってくる。
「そんな風に思ったこと一度もないけど」
「なら相当の鈍感さんだよ」
相変わらず読みとれない表情のまま隣へとやってきたラズロが、慰めなのかそんな事を言うものだから、わたしはますますむくれてそっぽを向いた。
ラズロがリーダーを努める軍の拠点であるこの船、根性丸に身を置いてなかなかの月日が経ったと思う。
軍の船でその名前はどうなのか?と当初こそ思ったのだが、お世話になってる身としてはこの際気にしない事にしようと考えた。しかし、こうして月日が流れればなかなかに愛着も湧いてくるものだ。不思議なことに。
まあ、船の名前すら掠れてしまうくらい搭乗している人達も相当個性的で変わり者が多いからかもしれないが。
そんな軍の船に剣術も魔術も、むしろ何かしら特化した才があるわけでもないわたしが乗っているのかと言えば、早い話、強引に乗り込んだということになるだろう。
身の上を話せば長くなるし、色々と私情を挟むので渋っていたのだが、ひたすら乗せてくれと切羽詰まるわたしの熱意だけは伝わってくれたようで、身元も何も分からない自分を二つ返事で「良いよ」と船に乗せてくれた目の前の群島諸国をまとめるリーダーもといラズロは、寛大なのか危機感が無いのか。
ひとまず見知らぬ土地で路頭に迷う不安要素が無くなり有り難くもあったが、些かこのリーダーが心配になってしまったのはここだけの話だ。
最初こそ疑われていたけれどこの船には優秀な忍びがいるらしく、問題ないと判断されたのか今は船の雑用なんかを手伝いながら自由に過ごしている。
「ラズロは?見回り?」
「うん。ラインホルトさんのところで鍛錬してきたけど軍議までは時間あるから」
「細身な見た目の癖にほんと体力あるよね」
「これでも騎士団にいたから」
この時、ラズロが寂しそうに目を細めたのを甲板の手摺りに腕を預け海を眺めていたわたしは見ることは無かった。
「それで、ななしは何してるの?」
声色も変わらないままラズロも手摺りへと寄りかかり、完全に話を聞く体勢に入ってしまった。
せっかく話を逸らせたと思ったのに、ラズロのこーゆーところが少し意地悪だ。
「見ての通り何もしてない。ぼんやり海を眺めてただけ」
「思い詰めた顔をして?」
「…いつもこんな顔よ」
普段と変わりない受け答えで、あまりにも直球に言われたものだからわたしは少し戸惑ったけれど、ザザンと船体へ波の当たる大きな音に紛れ込ませるよう小さく呟いた。
ラズロから逸らせた視線の先で、水面がきらきらと光る。
「そう、ななしはいつもそんなだ。テッドに関わることでは」
ほんの少し間を置いた後、ぴしゃり言い当てられ否定も出来ないけど肯定もしたくないわたしは少しだけ眉を寄せた。
この話題になると黙りを決め込むわたしにラズロも動く様子がない。しばらく沈黙が続くけど、いつもなら大抵ここでラズロが折れて乗り切ってきたのに、今日は少し違うようだ。
ラズロだってリーダーとして忙しい身だ。こんな非戦闘員であるわたしなんかを構ったり気遣ったりしている暇も無いだろうに。
ラズロが優しいのは十分過ぎるほど分かっているし、目の当たりにしてきた。その身に背負った運命の重さも本人から聞いて知っている。
だから、わたしなんかの事でラズロに余計な心配など掛けたくはないのに。
手摺りを強く握るこの手を、何度無力だと思えば良いのだろうか。
頬を撫でる潮風が、一瞬止んだ。
「まだ、理由を話してはくれない?」
「あのねラズロ、…!!」
その先は言葉が出てこなかった。顔を上げればラズロを挟んだその向こう、まさに話の中心人物が立っていたのだから。
瞳がかち合ったのは僅かに一瞬。
わたしなど気にも止めないように彼は、テッドはラズロへの用件だけを淡々と述べる。
「ラズロ、軍師が話あるって」
「分かった、わざわざありがとう。でも、テッドが来るなんて珍しいね?」
「すれ違い様に無理矢理押しつけられたんだよ」
「エレノアさん相手じゃ君も断れなさそうだ」
「じゃあ、伝えたから」
わたしの為、なのか。ラズロがテッドを引き留めるように会話を続けるも、テッドは一刻も早くここから去りたいようで、言いながら既にこちらに背を向けて歩き始めている。
風の音も波の音も、もはやわたしの耳には入っていなくて、彼が去っていく足音だけがやたら大きく響いていた。
言葉が出るのと身体が動いたのは同時だった。
「テッド!!あの…っ」
「放って置いてくれって、言った筈だけど」
眉を歪められ射抜くような視線と、間髪入れず放たれた言葉。明らかにわたしへと向けられた完全な拒絶。
これ以上、踏み入ってくるなと。
「ラズロには恩がある。この戦いが終わるまで協力する約束だ。けど、それ以外で人と慣れ合ったりはしたくない。だから、」
もう、話しかけないでくれ。
遠ざかっていく背中を、今のわたしに引き留める術は見つからなかった。
「ななし、テッドは…」
俯くわたしへと向き直り、手摺りを握ったラズロの左手に力が込められるが視界の隅に見えた。手袋で見えないがその手の甲には宿された紋章がある。
27の真の紋章、その一つである罰の紋章。
いつかの白兵戦の時、ラズロは自分がその持ち主であるとわたしがその力を見た際に教えてくれた。
そしてこの戦いが、罰の紋章の為に引き起こされていることも。
真の紋章の持ち主は老いる事のない肉体と、紋章の持つ超越された圧倒的な力を与えられる。戦の権力者達は喉から手が出るほど欲しい代物で、その強大な力を巡って常に戦いへと身を置くようになるのだ。
本人の意志に、関わらず。
ラズロは、テッドが何故あんな態度を取るのか話してくれるつもりだったのだろう。
テッド本人がそれを望んでいないことを知っていても。それでも話そうと思った訳はきっと、テッドのその右手に真の紋章が宿されている事をわたしが知っていると気付いていたから。
「知ってるよ…」
顔を上げ、やっとのことで絞り出すように言えば、ラズロはやはりかといった様子で「そう」と静かな声を発して海を見やった。
テッドの身に宿るのは生と死を司ると言われている紋章、ソウルイーター。
その宿主と近しいの者の魂を喰らうとされる恐ろしい紋章。
ラズロには、真の紋章を持つ者同士何か通じるものがあるのだろう。
この船へテッドを連れてきたのも彼だと聞いている。
ここへ来る前テッドは、紋章の力が及ぶことない時の止まった暗い空間に150年という気の遠くなる時間をさ迷っていたのだという。
たった、一人で。
「ななし?」
涙が、溢れて止まらなかった。
少し驚いた様子で名前を呼ぶラズロに、わたし自身も止まらない涙に戸惑いつつも慌てて目を擦る。
そんなわたしの手をやんわりと掴み止めると、ラズロはわたしがずっと避けてきた話題へ疑問を投げた。
「ななしがテッドを心配して放っておけないって気持ちも分かる。でもそうやって周りを突き放すのはテッドの優しさなのはななしも分かってるんだろう?」
「・・・・・・」
ラズロが言っていることは正しい。これは、わたしの一方通行な事情だから。
端から見れば、わたしは人を避けるテッドに好意でも寄せて世話をやいて話しかけている女子の一人でしかないのだろう。
「でも俺には、二人がまったくの初対面とも思えないんだ。だってななしは、テッドがいるからこの船に乗ったんだよね?」
その言葉にはっとして顔を上げる。
珍しく困ったように微笑むラズロはわたしの頭を撫でるように手を置くと優しく瞳を細める。
「ななしにとってテッドが特別な存在だって事だけは、見ていれば分かるよ」
「・・・・っ、」
もう、限界だった。
あっという間に止まらなくなった涙の行き場が分からなくて、わたしはただひたすら泣いた。
ずっと頭を撫でていてくれたラズロの手が、いつかのあの日と重なって、ますます苦しかった。
ずっと呼びかけてきたの。
貴方が手を差し伸べてくれたように。
ずっと隣を歩いていきたいの。
貴方を救いたいから。
「…話すよ、わたしがここへ来た理由」
全てを擲ってでもわたしは、
絶対に貴方を失いたくないの。
(更新停止中)
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