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花明り

※夢というにはあまりにお粗末
※何でも許せる方
※何でも許せる方(重要)





















「もうお菓子食べてるの?」

委員会活動時間の真っただ中。部屋へ入るなり飛び込んできた光景に、つい出てしまった言葉に驚きも含まれない声と幸せそうな笑顔で此方へ向き直ったのは同じ学級委員長委員会の五年生、尾浜勘右衛門である。

「ここのお団子美味しいんだよなぁ〜、ななしも食べる?」

仕事が終わってから食べるよ。と呟いて後手に戸を閉める。特に報告の必要もない議題の用紙を見つめながらいつもの定位置へ着けば「真面目さんだなぁ」と委員会活動をしている部屋だとは信じられないような言葉が返ってきた。

結局、わたしが此処へ来ても彼から甘味への興味は削がれる事はなく、まだ幸せそうにもぐもぐと口を動かしている。

そんな様子を机に頬杖をつきながらぼんやりと眺めれば、こちらの視線に気がついたのか、ようやく相手をしてくれる気になったのか(おそらく後者だろう)「ななし?どうしたの?」なんて首を傾げてその手を止めてくれた。

「なんでお菓子ばかり食べてるのに太らないのかな、って」
「いやぁ〜、こうして頭使うと甘い物が欲しくならない?」
「・・・・何をいつ使ったの?」
「冗談冗談」

現在進行形で一年生達は実習で学園におらず、言い方は悪いが安定してお茶飲み委員会のダラけた活動が続いている。
後輩達にはとても見せられない。

それに拍車を掛けているのが最近彼の好きな物ばかりが出される委員会のお茶菓子。そりゃい組として真面目と言ったって委員会活動そっちのけで好物を頬張りたくもなるだろう。

普段から活動する程の仕事があるのかと問われると何とも言えないが。



「やっぱり食べたいんじゃないの?」

じっと見つめている事を食べたいと解釈しらしい。お団子を差し出して食べるか食べないかはっきりして欲しそうな煮え切らない顔をしている。
彼にとってその一本が自分の口に運ばれるか否か、とても重大な事なのだろう。

「いや、わたしは大丈ぅぐ…」
「遠慮とかしなくていいから」

だからって普通、問答無用で団子を口に突っ込みますか。

「な?美味しいだろ」

にっこりと言うその笑顔に胸の内の苦しさは増すばかりで、詰まる気持ちはどうしたって言葉に出来ないまま。

ああ、こんな状態ではいつか呼吸が出来なくなってしまう。そんな馬鹿なことを考える。

無理やり食べさせられたお団子を必死に飲み込んで視線を逸らしながら「…美味しいね」と答えれば、こちらの気も知らずにキラキラの満足そうな笑顔を再びわたしに向けるのだ。

その度に心の軋みは酷くなるばかりで、もう、限界なのだと訴えてくる。


苦しい。

苦しくて仕方ない。




「……あのね、」
「ん〜??あ、三郎」

わたしの呼び掛けから少し遅れて部屋の戸が引かれた。

そこに立つ今まで不在だった鉢屋くんは、わたし達の状況を確認すると「お邪魔だったか?」と悪戯っぽいニヤリとした表情を見せた。そしていつものように部屋の空気がほんの少し尖ったのを感じた。

それを知ってか知らずか「分かってるなら邪魔するなよ〜」なんて茶目っ気交じりに返答するものだからわたしは気が気じゃない。

目の前に置かれた皿にお団子はもう乗ってないからか「で、どうしたの?」とこちらに向き直ってくれたのだが、わたしは「いいの、何でもない」と小さく首を振った。

結局はいつも通り、鉢屋くんの委員長会議の報告だけでその活動を終えてしまった。
この後用事があるからと伝え、軽く部屋を片付けてからそそくさと出て行こうとするわたしを、何とも言えない表情で見つめる鉢屋くんと目が合った。


恐らくわたしも同じような表情をしてたんだろう。





***

眉間にシワを寄せ不機嫌そうにななしの出て行った部屋の入り口を三郎は見つめていた。

ここ最近のななしはいつもあれだ。
勘右衛門と笑顔で話していても、私の姿を確認するなり何かと理由を付けてはその場を離れてしまう。食堂、休み時間、委員会活動中…挙げればキリがない。

そしてすれ違い様にチラリと見える瞳は自分と勘右衛門との時間を邪魔されたとでも言いたげな不満を持ったものなのだ。
そんな遠回しなことをしないで、私が邪魔なのだとハッキリ言えばいいものを。


「全く、あれで隠しているつもりなのか?こちらが疲れる」

「何が?」
「ななしさ。私を避けているみたいだ」

胡座をかいていた体制を更に崩して、お手上げだと言いたげに天井を見上げた三郎。苦笑いする勘右衛門も同じように両手を投げて正座していた脚を伸ばし体制を崩した。

「ななしは理由なくそんな態度とったりしないよ。お前がまた何か意地悪したんじゃないの?」

「…ヤケにあいつの肩を持つじゃないか」
「二人には仲良くして欲しいってこと」

にこりと言った勘右衛門はどこから持って来たのだろう、再び菓子を頬張っている。

仲良くだなんて…、お気楽に言ってくれる。

勘右衛門を横目で見詰めながら「出来る事なら、私だってそうしたいさ…」ポソリと呟いた言葉は勘右衛門には届いてない。







***


長屋から離れにある木陰に腰を下せば、普段より随分と静かな空間だった。他の委員会はまだ活動中なのだろう。

委員会を終えてからこの場所で物思いに耽る、という一人反省会をするのがわたしのお決まりパターンになっていた。

脳内を埋め尽くすのは、またやってしまったという単語ばかり。

最初の頃こそ上手くやれていたのだが、ここ最近は態度に出てしまっている。気付いているのは鉢屋くんだけだろう。試験となれば上っ面を装うだでも何とかなる場合もあるので別問題だが、こればかりは自分ではどうしようも出来なかった。普通の態度でいようと思うのにどうにも上手くいかない自分自身に頭を抱える。


それでも、この気持ちだけは隠し通せている自信はあった。


隠さなければいけなかった。


さわさわと揺れる木々の音に混じって新しく目の前の草むらが揺れる音が聞こえたと思ったら、ひょっこりと顔を出したのは小さな来客。

「今日もここが散歩コースだったの?それとも、わたしみたいに逃げ出してきた?」

毛並みの綺麗な小さな狼、だろうか。生物委員会で飼っている子だと思って遊んでいるうちに懐いてくれたのか、今では良き相談相手だ。わたしが一方的に喋っているだけではあるのだが。

網や箸を持って学園中を駆け回っている生物委員会はよく見かける。
こんなところで一人反省会をするなら、彼らの手伝いをした方がよっぽど有意義な時間なのだろう。しかし最近のわたしは、委員会を終えた後にとても誰かと一緒に行動が出来るような心境ではない。どうしたって一人になりたかった。


「キミは特別だけどね」

わたしの隣に丸まってしまったその子を撫でながらそんな言葉が出てくる。

特別なんて、苦しいだけなのに。


「今日もね、うまくいかなかったんだ。どうしたら一番良いのか、答えは出てるんだよ。でも、でもね…わたしは、臆病者で…」

撫でる手を止めて、膝を抱え込んで座る。
何もかもを拒絶するように額を膝へとくっ付けた。


臆病者。

そんなのはきっと言い訳で、誰に言われずとも自分が一番理解してる。



「…自分勝手で、ズルくて、強欲な女なの」











「ななし!ななしったら!」

名前を呼ばれて顔を上げれば、その特徴的な髪を揺らしてこちらへ走ってくる人物は遠目でもすぐ分かる。

反省会の時には会いたく無い人。


一番、焦がれてる人。


わたしの隣へしゃがみ込むと、心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。


「ななしの、元気がなくなるような事があった?」

いきなり核心を突いてくるものだから、彼を見つめたまま固まってしまう。


「俺の思い違いなら、いいんだけどさ」

にこりとした笑顔はどこか寂しげで、ああ、自分がそんな顔をさせてしまっているかと思うと申し訳ないのと同時に苦しくて堪らない。

知らんぷりしたままは、もう限界だった。



気付いてしまった。


でも、失いたくなかった。


後悔しないと、決めた。




「…さっき言いかけた事、今言ってもいい?」
「ん?ああ、いいけどななし、」
「耳かして」

強引に引き寄せて胸の内を明かせば目を見開いて驚いている。次の瞬間には耳まで赤くなって片手で口元を覆い「……いつから?」と問われてしまえば、彼が委員会へ来た日からというのが正直な答えだ。
いつも私に対して余裕たっぷりなのに、そんな風に動揺してる様子が何だか可愛かった。

ニコリとしかしないわたしが質問に答える気がないと判断したのか、顔を隠すように俯いて前髪をガシガシとかくと、熱を冷ましてくると言ってこの場を去ってしまった。

その背をぼんやりと見送っていれば、こちらへ向けられた視線を感じて振り返ってみるも誰もいない。そしてそこにはもう、わたしの特別なあの子もいなかった。



後悔は、していない。






***


翌日の朝、委員会の集まりがあると鉢屋くんに呼び止められた。昨日今日と活動がある事に疑問は浮かんだけれど、また学園長の突然の思いつきでもあったのだろうとわたしは頷いた。

授業を終え、向かった学級委員長委員会が活動している部屋の前。
戸を開ければ部屋には珍しく鉢屋くん一人しかおらず、遅くなってしまった事への謝罪を伝えれば「構わない」と一言。素っ気ない返事をされた。


「…い組の仕事があって遅れるそうだ」

わたしが部屋を見まわしたものだから、尋ねる前にそう教えてくれた。
それ以降、これといって会話も無いまま時間だけが過ぎていく。黙々と自分の仕事をしてるわたしと、不破くんから借りたのだろうか?先ほどから本を読みながら少しも動かない鉢屋くん。

いつもとなんら変わらない、委員会活動中。

違う事といえば少し前までは当たり前だった、鉢屋くんと二人きりだということ。








「勘右衛門の事、どう思っている?」


わたしが顔を上げるよりも早く届いた言葉に、反射的に身体が強張った。いつか聞かれる日が来るんじゃないかと頭の片隅で考えていた、恐れていたこと。


「わたしは友達だと思ってるよ」

「少なくとも勘右衛門はそう思ってないと思うがな」


鉢屋くんの質問に抑揚のない声で答えれば、わたしの回答は不満だったのだろう。鉢屋くんにしては随分と早い答えをくれた。

見詰めてくる鉢屋くんの瞳に込められた感情に覚えがあった。


その目を、わたしは知っている。
そうして漸く、自分がしてきた事の重さを目の当たりにしたんだ。




「わたしは、友達としか思ってない」

作業している手を止め、顔を上げてキッパリと言い放てば、鉢屋くんはその眉間をさらに寄せて不機嫌さを露わにした。

「…そうか。ならば私も勘右衛門の友人として言わせて貰うが、今のような態度をとるのは止めろ。勘右衛門だって、」

「何故、鉢屋くんがそんな事を言うの?わたしは、」

お互いに言葉を遮っていたが、身を乗り出してきた鉢屋くんに肩口を掴まれわたしは壁際へと追いやられる。身動きも逃げられもしなくなったけれど、視線だけは決して外さなかった。



「普通に接していたらこんな事などしないだろう?」


わたしの耳元で囁くように言う鉢屋くんに目を見開く。


そうか、昨日感じた視線は。


恐らく見られていたのだ。
あのやり取りを。
鉢屋くんに。


「くのたまお得意の悪戯で、気持ちを弄ぶのは止めろと言ってる。友人としか思ってない♀ィ右衛門に何を言った?」

何も言わないのを否定する気がないと取ったらしい鉢屋くんが、その眼光を鋭いものに変えたのが分かった。



「お前は、他のくのたまとは違うと思っていたんだがな」



初めて、心臓が震えた。

絞り出そうとする声が震えて、うまく言葉が繋げない。いままで溜め込んでいたものを全て吐き出してしまいたかった。
鼻の奥がツンとしたけどここで泣くのは、卑怯だ。


「追い掛けて来てまで心配してくれるのが、勘ちゃんらしいよね」

「…何が言いたいんだ?」



失いたくないものがあった。

けれど、譲れないものもあった。








「好きなんでしょう?勘ちゃんの事が」



今度は鉢屋くんが驚いた顔をこちらに向けた。




「ごめんなさい。もう大丈夫、大丈夫だから…これ以上その瞳をわたしに向ける必要は…無いんだよ…」










わたしが、勘ちゃんに向けるのと同じ瞳を。
















***


ななしが言っている事を理解するまでに私にしては随分時間がかかった。
つまり、私は勘違いをしていた訳だ。観察力を鍛えているなど聞いて呆れる。

初めて合点がいった。
全ての辻褄が合わさった。


なぜ自分を避けるのか。
なぜ勘右衛門といるとき私が来るとバツが悪そうな顔をするのか。


なぜ不満そうな瞳をしてるのか。




「…お前の気の使い方は、分かり難過ぎる」


誰もいない部屋に響く自分の声はやたらと大きく聞こえた。


「すまなかったな、ななし…」




すでに閉められた戸から返事が来るはずも無い。













***


委員会の部屋を飛び出して、息を切らしながら向かうのはいつもの場所。やはり此処には誰もいない。

なりふり構わず走ってきたが、ぎりぎりで保っていた糸が切れたようにその場へ倒れ込んだ。握りしめた手の中で、枯れた葉がくしゃりと音を立てる。
今のわたしの心みたいに。



『勘右衛門の事、どう思っている?』

「嘘じゃない。大切な友達なの…本当に…」



『友人としか思ってない♀ィ右衛門に何を言った?』

「知らない振りを、しようと思ってた。そうすればこのまま貴方を好きでいられるって…」


耳打ちしたその言葉に素直に頬を染めた彼。

いつだって笑い合っていられる。

いつだってその隣を独占できる。



「妬ましかった、ズルいと思った。あの笑顔を向けられる度に自分の醜さが露わになっていくのが怖かった…」



こんなにも醜いわたし。


純粋に好意を向けられる、


向けてもらえる勘ちゃんが、




「羨ましくて、羨ましくて仕方なかったの…っ!!」



想い合っているのを知っていた。

叶わないと知っていた。

遠すぎて、
決して届かないと分かりきっていた。

失いたくなかった。

居場所も、関係も、気持ちも。



『お前は、他のくのたまとは違うと思っていたんだがな』


鉢屋くんの一番になれなくても、

例え嫉妬で向けられる感情でも、認識されない存在より全然良いと思えた。


この気持ちを伝えていたら何かが変わってた?

少しは純粋なまま、彼の瞳に残る事が出来た?



「ずっと好きだったの…」


どう足掻いたって彼は、
わたしを見てはくれないのだから。



今日もカサリと草むらが揺れた。




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