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傷つくこともできない

肌寒くなり布団から出るのが辛くなってきた季節。
風邪を拗らせたのはよりにもよって烈との約束がある休日。今日は行けなくなってしまったと連絡を入れれば、約束の事よりもわたしの体調を心配しての小言が直ぐさま返ってきた。

怒りを含んだ声色とは反対に、今から行くから待ってろ、欲しいものは無いか、暖かくしておけと、まるでお母さんのような言葉が次々飛び出してくる。悪いと思いつつもわたしの為に慌てて準備する烈を想像すれば、自然と上がってしまう口角。

言いつけをきちんと守って布団にくるまれば、一気にやってきた眠気が瞼を閉じさせた。

目が覚めた時にはきっと、大好きな赤色がそこにある。




***

再び目を覚ますとずっしりと重い身体。これは熱が上がったかな…と思いつつも水分を欲している身体を無理やりに起こす。そこでようやくここが自分の部屋で無い事に気が付いた。
驚きとか恐怖とかそんな次元も飛び越えてしまっていて、最早何も考えられないと言った方が今の脳内を表すには一番近い表現かもしれない。


「ななし?起きたのか?」

突然部屋へ入って来た知らない男の人に名前を呼ばれ、強張った身体は石のように固まって動かない。緊張はわたしから声すら奪っていってしまう。それでもまじまじと目の前の人物を見つめられたのは、あまりに現実離れした今の状況に混乱していたのと、ずっと見つめ続けてきた大好きな赤色を見つけたからだ。

「楽しみだとかはしゃいでて寝坊だもんなー」

腕時計を覗き込みながらぼやくと「さすがななしだよ」そう言って微笑んだ。

「ななし?」

何も言わずに固まったままのわたしに違和感を感じたのか、その人物は不思議そうにもう一度わたしの名前を呼んだ。

信じられない、けれど、確信があった。
思い当たる人物なんて一人しかいない。

恐る恐る、そして震える声で「…烈?」と呼べば、今度は心配そうに「どうしたんだ。具合でも悪いのか?」とわたしの額へ手を当てる。

「熱は、無いか。体調悪いなら無理するなよ」


…熱?

そう、そうだ。

今日は烈と二人で遊園地に出掛ける筈だったんだ。
なのにわたしったら熱を出して、行けなくなって。だからこんな、未練がましい夢を見ているんだ。

「無理しないで今日は、」
「大丈夫!こんなに元気よ!!」

勢いよく起き上がって見せれば、今度は烈が驚いたように固まっている。

夢だってなんだっていい。
今日をとても、とても楽しみにしてたんだもの!

「さ、早く行かなきゃ入れなくなっちゃうかもしれないでしょ!」

大慌てで申し訳程度にベッドを整える。苦笑いを浮かべて「いつまで経っても子供だよなぁ」そう言って呆れたように笑う烈に枕をぶつけてやった。

しかし夢とはいえ、大人になった烈の姿を想像してるなんて。

「・・・・・・」
「…なに?」

烈を無言で見ていれば、訝しげな視線を向けられる。


わたし、結構面食いだったのかも。


支度をするからと部屋から烈を追い出し、この見慣れない部屋をぐるりと見渡せば必要な物は全て用意されていた。おそらく昨日のうちにすべて準備した、という設定なんだろう。夢の中でも用意周到ね…わたし。
必要なものを揃えておくスキルはビクトリーズの手伝いをやっていた賜物だと思う。

着替えも済ませて鏡台へ腰掛けた途端、分かってはいても驚いた。鏡に映る自分は見慣れたそれでは無く烈と同じように成長した姿。表現良く言えば大人の女性だった。妄想もここまでいくと凄いものだ。

違和感はあるものの、夢だと割り切っている為自分の姿は然程気にならない。流石に目の前に並べられたスキンケアやメイク道具の使い方はあまり分からなかったが、それは身体が覚えているようにすんなりと使う事が出来て、大人になった自分はこういった事が出来るのが理想なのね…なんてぼんやりと考えていた。




「支度出来た?」

準備を終えてリビングへと向かえば朝食が並べられたテーブルに腰掛けた烈がコーヒーだろうか?をコップへと注いでいるところだった。

夢なのに視界に映るもの感じるもの何もかもやたら鮮明で、「ご飯はちゃんと食べなよ」そう言って椅子を引いてくれた烈にも無性に照れくさくなって、わたしの夢なのに「…ありがとう」と俯いたままお礼を言うのが精一杯だった。





***

「さてと!何処から回ろうか!」
「分かったから離れるなよ」

遊園地へ来た時の独特の高揚感。目の前に広がる可愛らしい世界と楽しそうな音楽。急かすように烈の腕を引けば、注意はして来るけれどわたしの行く方向へ歩いてくれる。

勿論此処へ来るのが楽しみだったのもあるけれど、隣に烈がいなければそんなの意味がない。嬉しくて嬉しくて仕方ないのに、何故か泣きたくなってしまうのはこれが夢だと…分かっているからかな。

目を覚ませば本当の烈がきっと心配そうにわたしが起きるのを待っていてくれるに違いないのに、まだこの夢から覚めたくないのは…

本当に、今日行けなかったことが悲しかったから?


まるでわたしのものとは違う別の感情が入り込んでいるようで、どうにも違和感が消えないままだ。


そもそもこれは本当に夢なのだろうか。


通り過ぎていくパレードと、それを隣で見ている烈をちらりと見遣ってから、自分の両手を見詰めた。




***


「疲れたんじゃないか?あんなにはしゃいで」

両手にドリンクを持ってベンチで待つわたしの隣へ腰掛けた烈は「はい」とその一つを差し出した。
何も伝えてはいないのに、口に広がる大好きな味。わたしの好みを分かり切ってる烈に、一緒に過ごしてきた時間の長さを改めて認識させられた。

それはきっと、大人になっても変わらないで欲しいわたしの願望のようなものなんだろう。


「…大人になっても、烈は、」
「何言ってるんだよ。もうとっくに大人じゃないか」

大人。そう、そうね。

見詰めたわたしの両の手も十分大人と言えるものだった。


「でも、うまく言えないんだけどさ…今日は子供に戻れたような、凄く懐かしい気持ちになったよ」

ななしのはしゃぎっぷりが特に、そう小さく笑った烈の横顔に、今のわたしは本当に大人じゃないのよ。なんて言ったらどんな返答をするのかな。

わたしに都合の良い答えが、帰ってくるのかな。

今見ている光景がわたし達の未来の姿というのなら、わたしはこれからも烈の隣にいられるの?

それはなんの確証もない、ただの可能性。
だから大人≠フ烈から明確な答えが欲しくて震える声で尋ねたんだ。



「これからもずっと一緒に、いてくれますか?」

少しだけ目を見開いた烈は、いつものように笑って言ってくれた。

「…決まってるだろ」

満たされた気持ちは確かに存在するのに、少し物悲しいような気がするのは大人のわたしのもの?なんて考えてしまった。
烈に寄りかかり肩口に頭を預ければ、一気に襲ってくる疲労感。

大人のわたしだって烈とのデートを楽しみにしていたに違いないのに邪魔をしてしまった。ごめんなさい…と心の中で呟きながら静かに瞳を閉じた。




***

暖かくて、なんだかいい匂いがする。
重い瞼を開け辺りを確認すれば、わたしは自分のよく知る部屋にいた。

「…ななし?食べれそうな物作ったけど起きられるか?」

横で本を広げていた烈が、わたしが起きた事に気付いてこちらへと視線を向ける。覗き込んでくる烈の姿は見慣れたもので、力が入らないながらも自分の手を見つめてみればその手も大人ではないわたしのものだった。

額へと触れた烈の手は大人の烈よりも幾分か小さいけれど、それでもわたしを包み込んでくれる安心感に涙が溢れる。


「ななし…?」

「夢をね、見たの。烈と遊園地へ行く夢。わたしはやっぱりはしゃいでいて、烈は困ったように笑ってた…」
「その光景、簡単に想像できるよ」

額にあてられていた手がわたしの頭を撫でる。

「体調が良くなってから、また行けばいいさ」

他の人には向けられない。わたしだけの特権。
この甘い声と笑顔が向けて貰えるなら、このままでも良いんじゃないかって思えてしまう。

けれど…

わたしはやっぱりその隣がいい。
これまでも、これから先も、烈の一番でありたいと願うの。

「うん、絶対よ」

差し出した小指に絡められた熱が離れるのを名残惜しいと思った。































※叶わなかった もう一つの未来






ぼんやりと覚醒していく意識に(あぁ…戻ってきたんだ)と思った。


「起きた?」

「うん。ごめんね、寝ちゃったみたいで」

「まったく、朝からあれだけ張り切ってれば夜までもたないだろ」


夕日が目の前の湖に反射して、起きたばかりの瞳には些か眩しくて目を細めた。

「…大目にみてあげてよ。本当に、楽しみにしてたんだから。でも、夢のような時間てあっという間よね」
「大袈裟だな〜」

そう言って笑う烈は夢の中の彼から何も変わってはいない。

「今もね夢を見たのよ。まだ子供だった頃、わたしが熱を出して此処へ来れなかった日。烈ってばアタフタしながら、でも慣れた手つきでわたしの看病してくれてた」

「あったなぁ、そんなこと」

今思えば豪にやってあげているそれとなんら変わらない。
キラキラした時間は確かに存在していたけれど、それは一方的なものでしかなくて。一番近い距離にいる事をこんなにも呪ったことはない。

「ありがとう。最後のワガママきいてくれて」

今日一日だけは、わたしの言う事を全部肯定して欲しいって言った時の烈の顔は忘れられない。

夢だと思っていた出来事が今日だという事を、経験したから気付いていた。大人になっても、ずっと一緒に。その言葉に希望をもって未来へ歩んでいくことも。


あの時のわたしが知らないのは、
この日が最後だったという事だけだ。

「ほんと、いつもとんでもない事ばかり言うよなななしは。こんな状況じゃなきゃ絶対了承しなかったよ」

そう言ってくれる烈の瞳はどこまでも優しくてあの日から何も変わらない。
それは家族や豪に向けるのと同じもので、これから先もわたしを映してくれる事はない。

「うん。ねぇ、烈…」

「ん?」

「おめでとう。幸せになってね」


大事に抱えてきた貴方への気持ちも置いていかないといけない。


「ああ、ありがとう。ななしはドイツへはいつ帰るんだ?」
「…約束だから、明日には帰るよ」

「ななしも身体に気を付けろよ」
「うん」


とても届かない想いだから、

傷つくこともできない。


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