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ともすれば穢したくなるその無邪気さ

街の喧騒から離れた場所にひっそりとある隠れ家のようなカフェ。樹と花々に囲まれた洋風でお洒落な外装は、女子には少なからず憧れのようなものがあるのではないだろうか。

一歩足を踏み入れると異国に来たような雰囲気は、わたしのようなお子様には些か敷居が高いようにも思える。けれど、すっかり顔馴染みとなってしまった店員さんは笑顔で向かい入れてくれた。

決して広いとは言えないけれど落ち着いた店内。お店と隣接する小さくても噴水のある庭には数席だけテラス席があり晴れた日には気持ちいい特等席だ。
慣れた足取りでそこへ向かうと、捜していた後ろ姿。

「ごめんね、待った?」

「待ち合わせしてた覚えがないんだけど」

こちらを振り向きもしないまま、しなやかな動作でカップを置くジュリオ。脚を組んでお茶をする様子はさながら女性のようだが、彼はれっきとした男子である。

「こんな頻繁に出て来れるなんて、相当な暇人ね。アッシステンテ失格なんじゃない?」

向かいの席へ腰掛けると、長いまつ毛を伏せながらそんな事を言われてしまう。

元々馴れ合いはしないし、他チームを煽るような言動が多い彼等はビクトリーズとの関係だってお世辞にも良いとは言えない。豪がレースでの不正をいち早く見破っていたこともあるし、それが明るみに出てしまった事によりロッソストラーダは現在出場停止処分中だった。

そんな理由もあって、わたしがビクトリーズの一員であることを知っているから最初こそ殆ど口もきいてくれなかったけれど、今ではジュリオと会っている事でわたしがメンバーに何か言われるんじゃないかとすごーく遠回しに心配してくれているようだった。

こうして話す内に彼が根っから悪い人じゃないって知れた事が嬉しくて、時間を見つけては此処へ寄ってしまうんだ。

「みんなには女子会だって言って来てるから大丈夫」
「…なによソレ」
「間違ってないでしょ?」

そもそもどうして自分がジュリオと顔を合わせてお茶をしているかと言えば、前々からここのケーキが食べたいと思っていたわたしが勇気を振り絞って入った日がまさかの大混雑だった事が原因だった。

今のような落ち着いた雰囲気は見る影もなく、周りは大人の女性ばかりで店内は満席状態。
研究所に行く予定もあった為、今度また改めようと思ったけれど店員さんに声をかけられてしまい店を出るに出られなくなってしまった。テラス席で良ければ直ぐに通せるとの事で、コクコクと勢いで頷いてしまったわたしを笑顔で案内する店員さん。

少しは過ごしやすい気温になったとはいえ、まだ日差しも煌々と降り注ぐ季節。紫外線を気にする乙女が多いのだろう、店内と違いテラス席はガラガラだった。
そんな中、一人優雅にお茶をする人物を見つけてわたしは声をあげて驚いたんだ。

しばらく一方的に話し掛けるだけだったが、そのうち反応を返してくれるようになり、本人は待ち合わせしてるつもりは無いと言っていたけど、わたしがやってくるだろう時間を過ぎてもこうやって座っている辺り少しは仲良くなれたのかな?と自惚れてしまう。


少ししてから運ばれて来た紅茶とケーキ。店員さんにお礼を言って最初の一口を頬張った。

「やっぱりここのケーキ美味しいよね〜!幸せ!」
「アンタ…」

言いかけたまま何も言わないジュリオに、わたしは返事もせずフォークを咥えたまま首を傾げた。

そして一つ溜息を吐き出したジュリオは「…やっぱりいいわ」と話を切ってしまった。

よく分からなかったが、ジュリオがいいと言うならしつこく聞く事はしない。
話を変える様にこの間ジュリオに教わったネイルを綺麗に塗れる方法が上手く出来た事を伝えてみる。

一方的に喋り続けるわたしに対して、ジュリオはたまに相槌を打つ程度。疑問などには答えてくれるから内容は聞いてくれてるんだろう。何も変わらないいつも通りの光景なのに、何かが変わってしまったような違和感があった。






***

顔を見て連中と何かあったのだと直ぐに分かった。
何を言われたかなんてだいたい予想がつくけど、女子会で誤魔化せるような奴はビクトリーズではマグナム野郎くらいだろう。

本人に聞いたところで無駄と思ったのは予想通りで、間抜け顔でこちらを見るななしにもういいと言い放てば言葉の通り気にも止めず、この間アタシが教えた事を嬉しそうに話し始める。

誰かを連想させる赤く塗られた指先が妙に癪に触ってその頬を軽く抓ってやった。

「いっ!?」
「女子会なんて建前で、本当は情報収集が目的なんじゃないの?小鼠ちゃん」

瞳を細め、探るような視線を向けてやれば面白いくらいに眉を下げてそうではないと訴えかけてくる。

「そ、そんな事考えてないっ!チームの力にはなりたいけど…、烈達だってそんな騙すような事して勝ちたいなんて、」

「あら、アンタの目の前にいるのは卑怯な手を使って出場停止になってるチームの人間よ?逆にアタシがアンタを利用してるとか考えなかったわけ?」
「ジュリオ…」

意地悪く言ってやればいよいよ泣きそうに眉を歪めるから面白くて仕方がない。



「…冗談よ。アンタが情報収集なんてそんな器用な事出来る人間だなんてこっちも思ってないわ」

決して褒めた内容ではないのに、安心したように険しかった表情が普段の緩いものになったから本当にどこまで単純なのかと呆れてしまう。冷めてしまった紅茶の入ったカップを指でなぞっていれば、再びななしの情けない声が届いた。

「わたしはビクトリーズの走りが好き。だから、応援したい。それに、わたしだってジュリオがそんな事するなんて思ってないもの…」
「・・・・・・」


ななしがマグナム野郎と同じで単純なヤツだなんて分かり切ってる。

気に入らないのはワタシ達を否定しないのに、そうやって自分は完全にビクトリーズ側にいる事。


「バカ正直な分、マグナム野郎の方がまだ好感持てるわね」
「え?」

「はっきり言いなさいよ、あの坊やの走りだけが特別だって」

言葉の意味を理解した途端、真っ赤に頬を染め上げるななしにフツフツと湧き上がってくるもの。目を逸らしたななしをこれでもかと睨みつけた。

「特別って、言えたら…良いなって思う。でも、そうしたら…わたしはわたしの役目を放棄する事になっちゃう。わたしは、ビクトリーズみんなに優勝してほしい、力になりたいの」

瞳を伏せて言うななしはアタシの知らない感情と表情の持ち主で、その特別な位置にビクトリーズがいるのは当たり前の事なのだと認識させられる。

そしてななしは、最も残酷な言葉をアタシに言い放った。


「チームでは敵同士でも、ジュリオとこうして過ごしている時間だってわたしには大切なものだよ?それに、レースにだってまた出て欲しいって思ってる」


勝たなければ意味のないレース。
ロッソストラーダに正当な走りは必要なく、結果が全て。負ければその先に待っているのはドン底の人生へ逆戻り。

ビクトリーズに優勝して欲しいと言うその口で、アタシにもレースに出て欲しいと言うななしは、やっぱり自分とは違う世界の人間で…


どこまでも世間知らずだわ。





***


「…そろそろ研究所に行く時間だから、わたし行くね」

続く沈黙の中、顔も見ず返事もしないアタシに申し訳なさそうに言うななしだが、なかなか席を立とうとしない。こちらを気にしている様子だけれど、いよいよ時間が迫ってきたのか静かに立ち上がる。

その腕を強引に引き寄せれば、突然の事に驚いた顔と瞳いっぱいにアタシを映したななしの顔があまりに間抜けだったから、一人でイラついているのも馬鹿らしくなってしまった。

「ジュリオ…?」

状況が理解出来ていないななしの両頬を包むように逃げ場を奪ってあげれば、途端身体を強張らせるのに平然を装って「どうしたの?」なんて聞いてくるから、更に近づくとピクリとも動かなくなった。

「連中にアタシと会うなって言われたんでしょ?良い子でいたいなら、次からはリーダーの忠告は聞くべきね」

「え、なんで知って、」

言い終わらないうちに挨拶のような軽いキスをしてやれば力が抜けたように椅子へ座り込んだ。

「ジ、ジュリオ…っ!!」

真っ赤になって騒ぎ立てるななしを開放してやると、それはぎこちない動きで勢いよく立ち上がって「もう!からかわないで!」と恥ずかしそうにこちらを睨み付けるから、悪びれも無く聞こえない振りをした。だいたいキスくらいで騒ぎ過ぎなのよ。

側から見ればビクトリーズのリーダーとななしが互いを意識してるのなんて丸わかりで、それに気付いていない当人達もまた滑稽だった。

まだ赤くなってむくれているななしはこんな状況でも隙だらけで、本当にからかわれただけだと思っているらしいその思考にイラ立ちしか沸いてこない。

思い描いてるアタシなんて所詮ななしの幻想でしかないのよ。

あんたの事なんていつでもズタズタにしてやれるから、もう少しだけこの茶番に付き合ってあげる。


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