×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

放課後ヒーロー

わたしは人より少しトラブルに巻き込まれやすい体質だと思う。
それは決して被害妄想なんかではない、と思いたい。

「・・・・・・」

下校途中、犬に靴を持って行かれるなんて体験はしない人の方が圧倒的に多いのでは無いだろうか。寧ろ自分以外に存在するのか疑問だ。

「あああ〜、どうしよう…」

その場から動くことが出来ずに頭を抱えて道の真ん中にしゃがみ込んだ。

学校も終わり、今は放課後。
もう家に帰るだけだが、流石に片足だけ靴を履かずに歩いていける距離ではない。

お犬様…どうせなら家の近くで取って行ってよ。と、見当違いな考えが過ぎったところで首をフルフルと振ってその考えを追い出した。

人通りが無いことも運が良いのか悪いのか。誰にも助けを求める事が出来ないが、逆にこんな間抜けな状況を他人に知られる事もない。

八方塞がりで暫くうんうんと唸って悩んでいたけれど打開策も見つからず、諦めてこのまま歩いて帰るという選択肢をわたしは選んだ。

心を決めてすくっと立ち上がれば、おっきな瞳とかち合う。


「靴、片方どうしたんだ?」

わたしより頭一つ分程背の小さい少年が後ろ手に鞄を担ぎながらこちらの様子を伺っていた。

あれはパッと見た感じ学ラン?だろうか。少々人目を引くその服装と頬の絆創膏、両腕に巻かれた包帯に不良少年…?と脳が導き出した単語に警戒心を強くする。

とは言え、声を掛けてくれたのだから無視するわけにもいかない。「平気平気、大丈夫だから」と笑顔で少年に言えばまるで聞こえていないのか直ぐ傍まで歩み寄ってくる。
放って置いてくれという意思はどうやら少年には伝わらなかったようだ。

「大丈夫っつたって、ここ道の真ん中だぜ?家は?」
「直ぐ近くだから!ほんと!気にしないで!」

自分より明らかに年下だろう少年に、心配そうに家は何処か?と尋ねられているというどう考えても可笑しな光景。ここはお姉さんとしてしっかりしたところを見せなければ、と思った矢先に少年から予想もしない提案が出された。

「オレの家そこだから、靴持ってきてやる!待ってろ!」
「え、あ、ちょっと!!」

名案だと言わんばかりに、とても良い笑顔でそう言い残し駆け出した少年。わたしの制止などお構いなしだ。
良心は痛むがこの隙に行ってしまおうかと不安定な足取りで歩き出せば、思っていた以上の早さで少年が靴を持って戻ってきてしまった。

「あんま使ってねえから見てくれはアレだけど、無いよりマシだろ!」
「え、あ、ありがとう…」

「・・・・?」
「・・・・えっと」

少年は靴を持ってしゃがみ込んだまま動こうとしない。
不思議そうな顔をしてこちらを見上げてくる少年に沈黙が絶えられず戸惑いの声をあげれば、ようやく少年はこちらの疑問を理解してくれたようだった。

「持ってっから、そのまま履いて良いぜ」

更には自分の肩に手を置いていいとまで言い始めるものだから、外見からは想像もつかない紳士っぷりとその眩しい笑顔を向けられ、これは落ちない女の子もいないのでは無いだろうか、と自分のクラスメイトの男子達を思い浮かべて涙が出てきてしまった。

「なんかごめんね…」
「気にすんな!なんたってオレは番長だからな!!」
「は、はぁ…」

わたしがきちんと履けた事を確認すると、「返すのはいつでも…」そう言い掛けたところで遠くから女性の声で怒号が響き渡った。

「牙王ちゃーーん!!」
「あ、やべぇ…」

急に青ざめた顔になったかと思えば「じゃあ、気を付けてな!」とあっという間に少年は自宅へと走り去って行ってしまった。

「な、なんだったの…」

結局きちんとしたお礼も言えないまま、わたしはその場にポツンと取り残された。面倒ごとに巻き込まれやすいと思ってはいたけれど、今日のこれはかなり特殊な部類に入るだろう。

帰り道に犬に靴を取られ、道のど真ん中で番長を名乗る少年にお姫様のように靴を履かせて貰うという、とんでも体験をこの短時間の内に体験してしまった訳だが…足元を見ればそれが夢でないのは明白だった。

そろりと脚を進め、少年が入って行ったであろうお家の様子を伺う。和風な造りで道場のような建物が併設されていて、いかにも番長くんが住んでいそうな佇まいだった。
表札には達筆な文字で“未門”と書かれている。女性の声は確か、牙王と呼んでいたっけ。


(未門、牙王くんか…)


明日お礼を持って、靴を返しに来よう。




***


「・・・・・・」

昨日と同じ帰り道。借りた靴は綺麗にし、手土産も持って帰路についた。抜かりない万全の体制だった訳だけど、わたしはまた一定の場所から動けなくなっていた。

木の上からこちらを見る猫ちゃんの咥えているもの。先程までわたしの鞄にぶら下がっていた小さなあみぐるみの人形である。
今日の家庭科の授業で友人と交換したものだ。鞄に付けた途端にこんな事態を招くことになろうとは。

「ね?良い子だから返して〜」

情けない声で木の上に呼び掛けるも、猫ちゃんが降りてくる気配は全くない。連日こんな事が起こるなんて、いよいよ自分の体質を認めざる負えないのかもしれない。

意味が無いことは承知で背伸びをして腕を目一杯伸ばしてみるが、やはりわたしの手に人形が戻ってくる事はない。諦めようと一つ溜息を漏らせば、聞き覚えのある声が背後から耳に届いた。


「姉ちゃん昨日の…。今度は何やってんだ?」
「あ、えっと、」

まずい。これは昨日と同じシチュエーションじゃないか。
違う事と言えば、わたしはまさに目の前にいる牙王くんにお礼を言いにやって来たのであって、助けを求めていた訳じゃない。これでは本末転倒である。

そわそわと目を合わせようとしないわたしの足元をチラリと見た牙王くんは「靴、今日はちゃんと履いてんな」と、ニカッと歯を見せて笑った。

「そ、そんな毎日取られてたらたまったもんじゃないよ」
「は?取られる?」

靴を履いてなかった理由までは話して無かったので、取られるという単語に首を傾げた牙王くんだったけれど、今わたしが見上げていた木を同じ様に覗き込むと「ああ、なるほどな」と呟いた。
…そこで納得しないで欲しい。

「昨日の犯人はあの猫ちゃんじゃ無いけどね」
「で、今度はあの咥えてるやつ取られちまったのか?」

ニヤリと言い放った牙王くんに、わたしは渋々頷くしかない。「そっか、待ってろ」と鞄をドサリと置くとあろう事か牙王くんは塀によじ登り始めた。危ないと注意するも、牙王くんは聞く耳を持っちゃいない。昨日の時点でほぼ存在しなかった年上の威厳というものはこの短時間で完全に消滅してしまったようだ。

足を踏み外すんじゃないかとハラハラしながら見守っていたが、どうやら運動神経が抜群に良いのだろう牙王くんは木の上の猫に手が届いたようだ。引っ掻かれでもしたのか時折小さい声で「ぁいで!」と葉の間から聞こえてくるのだが、わたしが助けに入れる筈も無い。

葉が大きく揺れたと思えば、目の前で見事な着地を披露してくれた牙王くんの手には奪われてしまった人形が握られていた。

「少し汚れちまったけど、破れたりはして無いぜ」
「ありがとう、本当に…」

人形と一緒で少し汚れてしまっている包帯の巻かれた手。
お礼しか言えずに申し訳なさそうにしていれば突然目の前で牙王くんが叫ぶものだから驚いて目をやれば、学ランの裾が解れてしまっていた。おそらく木に登った時に枝に引っ掛けてしまったのだろう。

「やべぇ…かーちゃんにぶん投げられる!!」
「投げ…!?」

とてつもなく物騒な単語が聞こえて来たのだが気のせいだろうか。お母さんが相当怖い人なのかは分からないが、昨日の様に青い顔をした牙王くんの腕を掴み「ちょっと来て!」と歩き出せば、戸惑いながらも牙王くんはなにも言わずについて来る。


近くの公園にやって来たわたしはひとまず適当なベンチに腰を下ろした。牙王くんは座ることはせず、鞄を漁るわたしを不思議そうに見詰めている。

いつもなら持ち歩かないであろう簡易的な裁縫道具が、家庭科の授業もあったので鞄に入ったままなのだ。何が起こるか分からないからと、念には念をいれた準備が役に立った!ポーチから針と糸を取り出したところでようやく牙王くんもわたしが何をしようとしているのか理解したようだ。

「直してくれんのか?」
「そう。だから上着貸し…、」
「本当か!!ありがとな!!」

わたしの言葉を遮って満面の笑みでお礼を言う牙王くんに、こちらも笑顔で「全然、いいから」としか返せなかった。

受け取った上着は裏返しでも着れる様になっており、背中部分には何か大きなマークが入っている。何故こちら側を表に着ないのだろうか?マークを気にしてる素振りが伝わってしまったのか「それは番長の証だぜ!」と恥ずかしげもなく言い放った。

すると思い出したように「そいや、まだ名乗ってなかったよな」と言って牙王くんはわたしの隣に腰掛けた。まぁ、こちらはもう知ってる訳だけど。

「オレは未門牙王!姉ちゃんは?」
「わたしはななし。牙王くんみたいなカッコいい肩書きは無いけど、しいて言うなら…トラブル体質?」
「なんだよそりゃ」

手を止めることなくチクチクと縫い進めながら昨日今日の出来事を含め、いままで巻き込まれてきた出来事を挙げてみる。我ながら凄い確率で遭遇してるんだなぁと、話しながらどこか他人事のように感じた。

「けど、そのおかげでこうしてななし先輩と、じゃなかった…ななしさんと知り会うことが出来たんだぜ?」
「ふふっ、先輩でいいよ。はい、出来た。着てみて下さいな番長さん」

「おおお!!すげぇ!!元に戻ってる!!」
「ほつれたところ縫っただけだよ。わたし基本無器用だし…」

上着に袖を通すと、全身で喜びを伝えてくる牙王くんに無性に照れ臭くなって、可愛げのない言葉しか出てこない。でも本当にその通りで、こんなのわたしじゃなくたって出来てしまう事なのだ。

「不器用とか関係ねぇ!ななし先輩はこうして直してくれた、それで良いじゃねえか」

袖を捲り、キュッと学帽を被り直した牙王くん。

「トラブル体質だって言うなら、その時はオレを呼べよな!直ぐ助けに行ってやるから」

あまりに真っ直ぐな視線を向けて言うものだから、わたしは少し…ほんの少しだけ、胸を締め付けられたような感覚を覚えた。

「あ!時間!?平気?」
「…っやべぇ!!!」

「ま、待って牙王くん!これ!借りた靴まだ返してないか、うぁ!」

駆け出した牙王くんを慌てて追いかけようとすれば、いつの間に解けたのか靴の紐を踏んづけてしまった。地面に倒れると思った瞬間、おもいっきり引かれた腕と身体は絶妙なバランスで牙王くんに支えられていた。

「ななし先輩が言ったことの意味が少し分かった気がすんな」
「どーゆー意味…。はぁ、わたしって本当にツいてないのね」


「ななし先輩、運ってのはつかまえる準備をしてないと絶対に来ないんだぜ」


笑顔の中に見えた息を呑むくらい、射抜くような強い視線。夕日色に反射する瞳が先程気になった学ランのマークをわたしに思い出させた。



太陽。

キミを象徴するのにこれ程ぴったりなものもないと思ったんだ。


back to top