×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

やんごとなき我儘とお願い

明日に控えた遠征の為、共に行くメンバーを酒場にいるレオナに伝えに来たリオウ。そのメンバーの内の一人にと考えていたティルは、現在城を留守にしているとレオナから伝えられた。

(また帰っちゃったのかな…)

ティルがグレックミンスターの自宅へ帰ることはそんなに珍しくない。今回もそうだと思ったリオウは、頼れる戦力不在という知らせと、もう一度メンバー編成を考え直さなくてはいけないという事実に大きく肩を落とした。


「ティルなら直ぐに帰ってくると思うぜ」

話を聞いていたのだろう、カウンターに座っていたシーナが手にあるグラスをくるくると回し声を掛けてきた。

「何処に行ったのか知ってるのかい?」
「知らないけどさ“直ぐ戻る”って言ってたし」
「明日までに戻って来てくれれば良いけど」

おおよそ頼りにならないシーナの返答に、リオウは淡い望みと共に苦笑いを零す。

しかし、シーナがある人物の名前を口にした途端、その表情は普段のリオウからは想像も付かない貼り付いた綺麗な笑みを作り出した。


「ななしも一緒だし、遠くには行ってないと思、」
「シーナ、その話詳しく聞きたいな」

飲んでいたせいですっかり頭から消え失せていたが、ななしが絡んだときのリオウの恐ろしさを、シーナは身を持って体験していた。
その笑顔の裏に見え隠れするドス黒いものに、いっそ記憶が無くなるほど酔っていたなら良かったのにと、シーナはグラスを握り締めた。



***

「すごいね、レナンカンプのお酒まで売ってるなんて!」

ティルの誘いで、ななしはデュナン領内の小さな村で行われている市へと来ていた。城からも徒歩で行ける距離の場所だ。商売人たちの活気ある声が、至るところから聞こえてくる。

小さな村とはいえ規模もなかなかのもので、遠い国の民芸品も数多く取り扱われているようだ。勿論トランの品も例外ではない。

ななしがトランにもう一度行きたいと呟いていたのを、ティルは以前からずっと気にかけていた。

ティルが同行すれば行くのは不可能では無いが、ななしにとっては酷な道程だろう。
ビッキーに頼めば話は早いのだが、手鏡を待たない今となっては、どうにも遠慮したい選択肢だった。ななしを危険に晒す事はティルも望んでいない。

「ここからトランまで行くのは結構大変だからさ」
「一人でさっさと帰っちゃう人がよく言いますよ」

「お望みなら無理やり連れ帰ってもいいんだけど?」

ティルはその整った顔をななしへ近付けると、にこりと言い放った。
一方ななしは慌てた様子もなく、ティルの行動にきょとんした表情のまま。そして再び品物へ視線を戻すと、普段通りの声で言う。


「わたしが今は戻らないって、分かってるくせに」

相変わらずの反応に肩を竦めると、此処へ誘うまでの出来事がティルの脳内で思い返された。

ななしは「リオウも職務中だから」と申し訳無さそうに言いながら、断固として誘いには了承してくれず。最後の手段だと、自身の演技力を頼りに 「久しぶりにななしと二人で話がしたいんだ」と、しおらしく言ってみせればティルの狙い通り、こうして一緒に来てくれたわけである。
伊達に解放軍リーダーやってなかったなと、微妙な心境であったが。

しかし、こんな事でもしないとななしを連れ出せない事にティルは我ながら呆れ、乾いた笑いが込み上げた。


「交易も兼ねてって伝えたら、シュウさんも了承してくれたし」

「仕事熱心だね、本当に」
「ティルが不真面目過ぎなの!」

ほぼ部屋に居る事のなかった解放軍リーダーの姿を思い出し、ななしは呆れた視線を向けた。執務をほっぽり出してカイさんと手合わせしていた時は、マシューさんに同情する他なかった。なにも座学が物凄く不得意という訳でもないのに。

「適材適所って言葉があるだろ。リーダーの仕事は何もデスクの上だけに限らないさ」
「誇らしげに言わないで!」

ばっさりと言われ、ティルは内心“…少しアップルに似てきたんじゃないか?”と、再び品物を物色するななしの背を見詰め冷や汗を垂らした。

「あ、これ…」
「トラン製の弓だね」

扱う人物の側で、ずっと見てきた物だからこそ直ぐに分かってしまう。 かつての親友であり、家族も同然であった人物が、得意としていた武器。

ななしが懐かしそうな眼差しで手に取った。


「二人の手合わせ見てるの、大好きだったなあ」
「でも、俺の方が格好良かったよね」
「ふふっ、“いいや、俺だね”ってテッドなら言うと思う」


違いない、そう思うと可笑しくてななしと一緒に笑った。

戦う術を持っていないななしは、俺達の手合わせを毎日のように眺めていた。その事に、ななしがもどかしさを感じていたのを気付いていなかったわけじゃない。
なにより武器を持たせる事に反対だったのも事実だし、ななしは守るべき存在だと疑いもしていなかったから。


強くなりたいと願うこと、痛いくらいに分かってた筈なのに。








「今でもななしが戦いに身を置くこと、本当は嫌で嫌で堪らない」

城へと帰る途中、伝えた俺の本心。
夕焼けに染まった平原の中の道で、立ち止まった俺を振り返るななし。

「それは、」
「同盟軍の一員としてもう守られているだけじゃないって理解はしていても、俺のなかでななしは守るべき存在なんだ」
「ティル…」

その認識を変える事は、きっともう出来ない。

誰よりも守りたいと思う存在、大切な親友と守ると約束したから。

右手を強く握り締める。



「俺と一緒の時はああやって笑ってよ。同盟軍のななしじゃなく、マクドール家の一員としてのななしで」

「…ありがとう、ティル」

笑ったななしの背後に見える空には、星が輝き始めていた。
迷い無く向けられたななしの瞳は、もうティルの望むものではなくなっていた。


「折角だし、星でも見て帰ろうか」
「え!何言ってるの!今日中に帰れなくなっちゃ、ぅわ!」

制止も聞かないままななしを横抱きに抱えると、近くの高台へと歩き出す。

「いいじゃないか、たまには独り占めさせて貰わないと。我慢するの、得意じゃないんだ」
「もう!子供みたいなこと言わないで…!」
「見た目は子供だからさ」

目の前でにこりと言い放つティルに、ななしは引きつった表情のまま言葉が出て来なかった。



***

翌朝二人が城に戻ると、一番にリオウが迎えてくれた。その笑顔と真逆のオーラをティルに放ちながら。

そんな事を知る由も無いななしはリオウに散々謝った後、シュウの元へも大急ぎで駆けていった。

残された二人はお互いにこにこと笑顔を絶やさないが、周りの空気は痛いほどピリピリしている。

「ななしを連れて朝帰りなんて、何考えてるんですかマクドールさん」
「さて、どうだろうね」

じとりと向けられた視線から、リオウがあえて俺がそう返答するであろう聞き方をした事が理解出来た。
全く…物分かりが良すぎるのも問題だと、ティルは困ったように笑った。

ありがとうとと言ってくれたななし。
そう言った時のななしの瞳を見て、自分の中で何か一つ踏ん切りが着いた気がしたんだ。


守るだけなら俺でも出来る。

でも、幸せにするのは、目の前の彼にしか出来ないことなのだ。


「悔しいけどね」
「え?」
「まあ、だからって遠慮はしないから」
「…して貰わなくて結構です」

試すような余裕の笑みのティルと、挑むのを楽しんでいるかのように笑ったリオウ。

その後、ただの手合わせにも関わらず本気を出し始めた二人。
城内では天魁星同士が暴れていると、とんでもない騒ぎになり、それを聞きつけたフリックが二人を止めに入るも飛ばっちりを喰らいボロボロになったのは言うまでもない。



***

「もう!二人ともフリックさんにちゃんと謝って!」

「悪かったよ、フリック」
「ごめんね、フリック」

(こいつら、全然反省してないな…!)


back to top