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ロストバタフライ

順番とか順位だとかにこだわる方ではないけれど、折角なら一番の方が良いと思う。
そう考える時点でもうこだわってるって事なのかな?



ヒオウギジム。
チェレンさんとジムバトルをしたのも、僕が一番最初だった。

貴女に出会ったのも此処が最初の場所。

正確には僕が一方的に姿を見掛けただけ。お互い言葉も交わしていないし、名前すら知らない。チェレンさんと少し話をしたかと思えば「邪魔しちゃうね」と、足早にジムを出て行ってしまったから。
「知り合いですか?」そう訊ねてみると「幼馴染みなんだ」とどこか懐かしそうに話してくれたチェレンさん。それ以上は聞こうとしなかった。

その時の自分にとってはまだそれくらいの認識だったけど、無理して取り繕ったような笑顔が頭の隅に居座っていた。


次に見掛けたのはベルさんと一緒のところだった。しかし、入れ違いに何処かへ行ってしまったので向こうは僕の姿すら視界に入っていないだろう。チェレンさんとベルさんが幼馴染みな訳だから、きっとベルさんとあの人もそうなんだろうな。いきなり名前を訊ねるのは何だか恥ずかしくて、同じ質問をベルさんに投げ掛けた。

「チェレンさんのジムでも見掛けたけど、知り合いなんですか?」
「えっと、ななしちゃん?うん!幼馴染みなんだあ」

やっぱりそうなんだ、と一人納得をする。
初めて知ったあの人の名前は、驚く程にすんなり口に出すことが出来た。

「ななしさんは、トレーナーなの?」
「うん、そうだね!トレーナーだよ!」

いつものように笑顔で答えるベルさんだけど、どこか含みがあるように思えて僕は小首を傾げる。しかし、本人がいないのにあれやこれやと詮索するのは失礼だと思い、またそれ以上の事は聞かなかった。

それでも、自分の中で彼女を知りたいという気持ちは確実に大きくなっていった。



そんな気持ちを抱えたまま、ななしさんと話す機会は突然にやってきた。

煌びやかな印象のライモンシティ。
その地下では、常に熱いバトルが繰り広げられている。バトルサブウェイで偶然にもななしさんを見掛けた僕は、考えるよりも早くその腕を掴んでいた。

「!?」
「いや、その…」

当たり前だが、突然の事にびっくりしたのだろう表情で此方を振り返ったななしさん。そうして僕を見た瞬間、一瞬ではあるが悲しそうな酷く切ない表情を見せた事に今の状況に精一杯な僕が気付ける筈もなかった。

言葉を詰まらせている僕をじっと見詰めると、今度は何か思い出したように「あ!」と此方を指差した。

「確かチェレンくんのジムで!」
「あと、この間はベルさんと一緒のところも見掛けたんだけど」
「そうなの!?あの時は急いでて…」

ななしさんとこうして会話していることが、まだ信じられなかった。滅多に緊張なんてしないのに、いまは鼓動が早くて息が出来なくなるんじゃないかと思うくらいだ。

「わたしはななし、よろしくね!チェレンくんやベルちゃんとは幼馴染みなんだ」
「自分はキョウヘイです。トレーナーって聞いたんですけど、此処にはバトルしに?」
「そうなる、かな。滅法弱いんだけどね。今も負けちゃったから」

えへへと笑ったななしさん。

「それなら、…自分とマルチトレイン挑戦しませんか?」
「え?」

口から出た思いも寄らない言葉に、僕もななしさんと同じ反応をしたいと思った。

我ながらここぞと言うときの勢いと行動力だけはあると思っていたけれど、これでは如何にもという風に取られるのでは無いだろうか。
しかし、言ってしまった手前引き下がるつもりもない。

腕はまだ掴んだまま、真剣にななしさんを見詰めると「うん、いいよ」と笑顔を返してくれた。




***

「ふうー、楽しかった!」

時間の関係もあり、7戦したところでバトルサブウェイは切り上げてきた。公園のベンチへと腰掛け、すっきりしたように言うななしさん。僕もその隣へと腰掛けている。

「ななしさん、全然弱くなんてないよ」
「ポケモン達は強いよ!弱いっていうのは、わたしかな」

夜空を見上げながら言うななしさんの横顔は、どこか切なそうだった。なんて言葉を掛けたらよいのか分からなくて、それでも何か僕の中で伝えたい事は沢山あった。


「ななしさんと一緒に戦えて、自分も楽しかった」
「キョウヘイくん…」

「自分もまだまだ弱い。だから、そのっ、また一緒に来ようよ!」
「……ありがとう」

的外れ過ぎるだろう僕のそんな言葉にも、はにかんだ笑顔を見せてくれたななしさんを見て気が付いた。

ななしさんはもう気になる人じゃなくて、
好きな人なんだって。

きっと、初めて見掛けたあの日から。





そんな想いを秘めたままななしさんとはたまに連絡を取り、順調に各地を回っていたのだが僕には引っ掛かる事が一つある。

僕を見て「二年前の…」とか「いつだかの…」と言葉を零すトレーナーが居ることだ。ジムリーダーも例外じゃなかった。気にならなったと言えば嘘になるけれど、その人物の事を詳しく聞こうとは思わなかった。その人に重ねられて見られているんだと思ったら、何故だか無性にやるせなくて悔しかったから。

ずっと避け続けてきたその人物は、思いがけない形で僕にその正体を現した。


プラズマ団を倒し、チャンピオンになったトレーナーが消息不明になったという話を知らないわけじゃない。


英雄とも言えるそのトレーナーが、チェレンさんやベルさんの幼馴染みだなんて聞いてしまっては。いつも見ていたななしさんの背中。さらに先に浮かび上がる人物が同じなのだと分かってしまったから。

順番だとかはこだわらない方だと思っていたのに。こんなにもななしさんの一番だったら良いのにと思う自分がいる 。


メダルを集めて一番になったって、
トーナメントで一位になったって、
バッジを集めてチャンピオンになったって、

ななしさんの一番にだけは、
どんなに頑張ってもなることが出来ない。





「…よしっ」

草むらに寝転がり、物思いに耽っていた僕は勢い良く体を起こす。
何もしていないのに諦めるのは絶対に嫌だったから。

ライブキャスターの通話ボタンを押すと、ワンコールで繋がった。映し出されたのは、いつも通り“変わらない笑顔”で僕の名前を呼んでくれるななしさん。


『キョウヘイくん?どうしたの?』
「ななしさんが好きです」

『・・・・・は、え??え!!!?』

驚いて転びでもしたのか、画面の中の世界が一回転をした。慌てて「大丈夫ですか!?」と声を掛けると、ボロボロになったななしさんが画面へと戻ってくる。そんなに激しく転んでしまったのか…。


『あ、あんまし大丈夫じゃ…キョウヘイくんには驚かされてばっかりだね』

「冗談なんかじゃないですから」

苦笑いで言うななしさんに、本気だと伝える。すると、少し俯いて『…キョウヘイくんにはもっと、』繋ぐ言葉を僕は最後まで聞かなかった。

「ななしさんを初めて見たとき、悲しそうに笑うなって思ったんだ。それが、僕が知らない誰かの為だって事も…その誰かに、僕を重ねてる事も。全部知っても、僕は貴女が好きなんです」

顔を上げたななしさん。画面を見たその瞳は一瞬大きく開かれた。
本来僕が映る画面には、ライブキャスターを覗き込む自分自身が映っていたから。


「キョウヘイくん……」

涙を溜めたまま、ゆっくりとこちらへ向けられた瞳と、僕の瞳がかち合う。ここまで乗せてきてくれたポケモンをボールへと戻す。向かい合うようにして立っているが、僕は静かにななしさんに歩み寄っていく。


『自分が一番になれたらとか、関係なかったんだ。ただ…』


もう、ライブキャスターを使わなくても言葉が届く距離までやってきた。


「自分の一番大好きな人が、一番の笑顔で笑っていて欲しいって思うから」
「…キョウヘイくん」

「これからもずっと、そう望んでいます」



捨てられない想いを知っている。

大気に溶けた君の涙を
今でも忘れられない。



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