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09

本日は悪天候の影響もあってか、チャレンジャーの数はいつもより随分と少ない。
ジムは屋内なので関係ないとはいえ、こんな天気ではモチベーションだって下がってしまう。

それはジムでチャレンジャーを迎え撃つジムトレーナーも例外ではなかった。


「そりゃあ、勿論バトルは全力でやるけどさ。なんかなぁ…」
「気は滅入るわよね」

ヤスタカとアキエがそんな会話をしていると、ジムの扉が開かれた。

チャレンジャーかと思いそちらを見やると黒い帽子を深く被り、更には黒いロングコートを羽織った見るからに怪しい男が立っていた。

一瞬だけ眉をひそめたヤスタカがアキエの前に出ると、警戒をしながら男に尋ねる。

「チャレンジャーか?」
「此処にななしって女がいんだろ?」

男は質問には答えず、逆にそんな事を聞いてくる。どうも怪しさが拭えない。

「…いたらなんだ?」
「質問に答えろ」

帽子の下から鋭い目がヤスタカを睨み付けた。

「生憎今は留守よ。…あなたななしの知り合い?」
「なら用はねえ」
「おい…!」

出て行こうとする男をヤスタカが呼び止める。すると、意外にも男は立ち止まりこちらを振り返った。


「一つ、面白いことを教えてやろうか」





***

どんよりとした空の下、ポツポツと傘にあたる雨粒をはじく音。
まだ正午を過ぎて間もないというのに、点々と設置された電灯が雨によって濡らされた地面を照らしていた。

もう何度目となるのか分からない買い出しで、すっかり見慣れてしまった通りにはわたしとグリーンさんくらいしか歩いていない。

「今日は一日中雨だそうです」
「それでも買い出しを押しつけてくるアイツは容赦ねえな」

アイツとはきっと、アキエさんの事だろう。頷くことも出来なくて、わたしは苦笑いを返した。

初めて一緒に買い出しに行った日以来、何故だかわたしとグリーンさんの二人で行くのが決まりのようになってしまっている。

「で、でも、いつもよりは少ない荷物ですし…」

今日なんか、グリーンさんの片手に収まってしまうくらいの荷物なのに「ななし、行くぞ」と声を掛けられたものだから、そのままついて来てしまった。
つまり、今のわたしは傘の柄しか持っていないのだ。

「どうせチャレンジャーも来ねえだろーし、どっか寄っていくか」
「またそんな!この間も叱られたばかりじゃないですか!」
「大丈夫だろ、時間ならまだ…」

―ピピピ…

ある、と言いかけたのだろうところでグリーンさんのポケギアが鳴った。

ポケットへと恐る恐る手を伸ばしながら「アキエか…?」と若干眉を寄せてこちらを不安そうに見つめてくる。

怒られるのが恐いんだったら、サボるのをやめたらいいのに。呆れてしまったのと同時に、そんなグリーンさんを少し可愛いと思ってしまった。


しかしその不安そうな瞳は、ポケギアへ映し出された名前を見て直ぐに真剣なものへと変わる。

堅い表情のまま電話をとったグリーンさんを、今度はわたしが不安げに見つめた。短い会話を数回だけして、電話を切ってしまったグリーンさん。
何かあったことは一目瞭然で、迷ったけれどわたしは静かに訊ねた。

「何か、あったんですか…?」
「本部から呼び出しだ」

ポケギアを握り締めながら言うグリーンさんの表情はどこか険しい。
きっと、良くない事なんだ…。わたしは傘の柄をぎゅっと握り締める。

「ジムはもう閉めちまっていいから」

手渡された荷物を受け取るけれど、どうしてだろう素直に頷くことが出来ない。
わたしの言いたい事を察したのか「なるべくこき使われねえうちに帰るからよ」と、元来た方へ足を向けるグリーンさん。

「あ、あの…!」
「ん?どうした?」

引き留めるために掴んでしまった袖。
それでもグリーンさんの声色は優しかったのと、自分でも思った以上に力が入っていた事に驚いた。

「あ、その…いってらっしゃい」

震える唇から出た言葉は、望んでいたのとは全く逆のもの。かすれた声でも、この至近距離だから、グリーンにもきちんと届いてくれた。

「ああ。ななしも帰り気をつけろよ、あと戸締りな」

そう言い残し、雨の中に消えていく姿が見えなくなるまで目が逸らせなかった。

行って欲しくない、どうしてそう思ったのだろうか。やけに胸の辺りがざわついて、見えない何かに押しつぶされそうなこの不安はなんなのだろう。

雨の降り続く通りには、ついにわたししかいなくなってしまった。





***

「案の定、此処にいんのは俺だけだな」
「そう厭わしそうにするな。放って置く事も出来ないだろう」

呼び出されたリーグ本部。場所が近いからってこき使いやがって、というニュアンスを含む様に言い放てば、首を横に振れない返答をされる。

電話で聞かされたのは、ジョウトにてロケット団残党による活動が活発化して来ているというもの。その一つはワタルによって事なきを得たようだが。だとしたら、わざわざ自分に連絡をしてきた理由とは何なのか。考えるのも億劫になり、聞き流していたワタルの話へ再び意識を戻す。

「…目的は何にせよ、今まで以上に警戒をしなければならないと言うことだ」

「で?本題はなんだよ」

グリーンのその言葉にワタルは眉を寄せる。いよいよ話が核心に迫り、グリーンも崩していた姿勢を正した。

「トキワジムの前リーダーがロケット団のボスだった事は知っているだろう?」
「そりゃあ、な」
「トキワ周辺でロケット団おぼしき奴らを目撃したという報告も来ている」
「分かった、警戒は怠らねえようにするよ」
「…本題はここからだ」

しかしまだスッキリとしない表情のワタルに、グリーンは話がまだ続くのか…とげんなりしたが「ななしに、関わることかもしれん」と、ワタルの口から出た言葉にゆっくりと視線を上げた。


嫌な予感とは、
どうしてこうも当たってしまうものなのか。





***

「あの…何か、ご用ですか?」

進路を阻むように立ちはだかる黒いコートの男。知り合いでもないし、正直知らない男にこんな事をされては恐怖以外の何でもない。
警戒するように少しずつ男との距離を取り、腰のボールへとゆっくりと手をのばす。

「オレが捕まえてやったズバットは使えるか?」
「…え?」

この男は何を言っているのか。

捕まえてやった?いったい何のことだろう。
いつまでも返事を返さないわたしに 「なんだ、忘れちまったのか?」と男は少し笑った。



「ロケット団にいた時はよく世話してやったろ?」

「な、にを…」
「ああ、そうか。確か記憶がねえんだったか?お前は以前ロケット団にいて、オレの部下だったんだぜ。ななし」


感情というものが、雨と一緒に一気に下へと流れていってしまったようだった。

悲しさ、悔しさ、怒り。
そんなものが全部混じり合って、脳は驚く程冷静に男の言葉を理解をした。



その全てが、本当で、事実だと。


傘が力無く手元から離れて行く感覚と同時に、ふと浮かんだグリーンさんの笑顔にどうしようもなく逢いたくなった。



ああ、雨がわたしという全てを押し流してくれたらよかったのに。



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