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世界の終わりに

朝の仕事をいつも通りこなしたリオウは、午後に行われる会議の準備の為に一旦自室へと戻って来ていた。
 
珍しく早く終わったものだから、会議の時間まではまだ結構な時間がある。
この時間をどう有効に使おうかと考えながらベッドへと大の字に寝転がり、大きな窓越しに雲一つ無い青空を仰ぐ。

こんな姿がシュウに見つかりでもしたら、折角の空き時間にまた大量の仕事を任せられるに違いない。

身体を動かす方が好きなリオウは道場へ行くことも考えたのだが、今日はどうもそんな気分ではなかった。


― ななしはいま何をしているだろう

ここ最近忙しくて、会ったとしても一言・二言挨拶を交わす程度だったかもしれない。
考え出せば、頭の中を占めるのはななしの事ばかり。


― 会いたい


勢い良く起き上がると、膳は急げとばかりに足早に部屋を後にした。



***

この時間、ななしは城のメイド達と一緒に仕事をしている。それは勿論分担している訳だが、今日ななしがどこを任せられているのかまでは流石に分からない。
ただやみくもに捜すよりも、人に尋ねた方が早いとリオウが向かった先。
 
「何か用?」
「ルック、ななしを見なかった?」
「なんでそれを僕に聞くのさ」
「ずっとここにいるルックなら見かけたかと思って」
 
城の中央に位置する大広間。
人通りも多いその中央で石版を管理しているルックならばと思い声を掛けたのだが、やはり予想した通りの反応が返ってきて苦笑いしてしまう。
 
「一応軍のリーダーだろ?仕事配分くらい覚えておきなよ」
「そういうのあまり得意じゃないんだ」
 
がしがしと頭をかき、「あはは」と笑顔を絶やさないままに瞳を逸らすリオウ。
 
馴れ合いを好まない性格であり、はっきりと物を言うルック。そんな彼の態度に殆どが眉を寄せるか押し黙ってしまうのだが、リオウは気にしていないといった様子で嫌な顔ひとつしていない。

「天魁星ってこんなおめでたい奴ばかりだね」
「ルック、それは誰の事を言ってるのかな?」

大広間へ面している階段から、にこにことした表情で下りてきたのは解放軍リーダーであったティル・マクドールだった。

その姿を確認するや否や、ルックが更に眉を寄せた。

「驚いたね、自覚あるの?」

昔の仲間だからだろうか、二人が会話をしているところを見るのは少なくない。けれど端からは決して仲が良い風には見えなかった。
 
「得意なものを伸ばしていくの、俺は大いに賛成だな。ルックが魔法“しか”能が無いみたいにね」
「ああ、学問がお得意でないお坊ちゃんもいたよね。似非お貴族様」

淡々といつもの表情で言い放つルックと、表情を崩さないままにこにことしているティル。これがこの二人の普通なんだと理解してからは、リオウも止める事はしなくなっていた。

二人の間でバチバチと見えない火花が散る。
会話が一段落着いたところで、傍観役に回っていたリオウも、ようやく本来の目的をティルへ訊ねた。

「マクドールさん、ななしを見ませんでした?」
「ななし?うーん、今の時間なら洗濯場かな」

聞いた情報にお礼を言ってその場を後にしようとしたリオウが、ピタリと足を止め徐に口を開く。
 
「どうしてマクドールさんがそんな事を知ってるんですか」
「ん?仲良しだから」

階段の手摺りへと肘を預け、にこりと言い放つティルの表情からは何も読み取れない。
ただ、やはりこの人は一枚も二枚も自分より上手で食えない人だとリオウは思った。
 
 
「あ、リオウ」
 
こちらへと声を掛けて来たのはフッチだ。腕に抱えられたブライトが挨拶するかのようにキュウと鳴いた。
 
「向こうでななしが捜してたよ。シュウさんから部屋にいるって聞いたのに、いなかったって」
 
意外すぎるフッチの言葉。しかも向こうと指さす先は洗濯場とはまったく違う方角だ。
リオウはじとりと横目でティルを見やる。

危うく馬鹿正直に洗濯場へと足を運ぶところであった。この人の悪戯好きにも困ったものだと、リオウは心の中で溜息をつく。
 
どの辺りで会ったのかをフッチに訊ね、この場を後にしようとするリオウにティルが変わらない笑みのまま伝えた。

「リオウ、俺もななしを見かけたらきみが捜してるって伝えておいてあげるよ」

「…くれぐれも伝えるだけにして下さい!」

そう釘を差してから走り去る背を見つめ、軽く笑う。
そんなティルに、再びルックの毒舌が向けられた。

「いい加減往生際が悪いよ」
「そう簡単に譲れないだろ」

一連の会話を聞いていたフッチはティルもルックも昔から変わらずだなと、ブライトを抱え歩いて行ってしまった。


「なんでリオウだと思う?」
「自分で考えれば」

解放軍に入る前から、それこそ妹のように可愛がってきたのだ。ティルとしてはどこか納得する事が出来ない。大切な親友も、きっと同じ事を言うだろうと思うと少し可笑しかった。

「暫くすんなりと事は運ばせないよ」

「その暫くは“一生”だろ」
「ははっ、そうかもね」


紋章の宿された右手を、軽く握り締める。

時間ならいくらでもあるなんて、そんなのは夢物語だ。


「リオウは、大切にしてるね。繋がりってやつを」


失うことの辛さを、痛みを、嫌と言うほど知っているから。


「俺は、羨ましいだけかもしれないな…」
「君も差ほど変わらないと思うけど」

「それは、励ましてくれてる?」
「鬱陶しいって言ってるんだよ」

腕を組んでこちらを見もしないまま言い放つルックに、ティルは素直じゃないなと口元だけ笑った。




***


「よお、リオウ」
「あ、ビクトール」

結局フッチに言われた場所にななしの姿は見当たらず当てもなく歩いていれば、その場に響き渡るほどの大声で声を掛けてきたのはビクトールだった。

「どうしたこんな時間に。抜け出したりして、またシュウにどやされるぞ」
「朝の仕事はもう終わらせたんだ。それで、ななしを捜してて」

そう言った途端にこちらを覗き込んでくるニヤニヤとした顔に、ビクトールが何を考えているのか、リオウはなんとなく理解した。

「ほお、へえー、そういう事か。リオウお前もやっぱ男だなあ」
「変なこと考えてるよね、ビクトール」
「いんや、若いってのはいいな!」
(聞いてない…)

がはは、と笑ってリオウの背を叩く。

「ビクトール殿、廊下中に響いてますのでもう少し声を、」
「あ、マイクロトフ」
「これは、リオウ殿!ちょうど良かった。ななし殿が捜しておられました」

注意を促しにやってきたのは見回り中のマイクロトフだった。一方、注意されたビクトールは素知らぬ顔で「いいじゃねーか、まだ昼前だぜ?」と笑っている。

「どっちに行ったか分かる?」
「図書館の方へ歩いて行かれましたが…」

確かにななしはよく図書館へ行っている。
マイクロトフにお礼を言ったすぐ後に、背後から聞こえた「男ならガツンといけよ!!」と再び大声で言うビクトールを困りながら止めるマイクロトフに、心の中でエールを贈った。



***

「珍しいね。どうかしたの?」
「その様子だとここには来なかったのかな」
「?」

図書館に入って直ぐに見かけたのは、本の整理をしていたテンプルトン。不思議そうな顔をした彼に、ここへ来た理由を話す。

「ああ、ななしなら来たよ」
「僕を捜してるとか聞かれなかった?」

「別に。いるわけないよね、とはぼやいてたけどリオウの事か」

ちょっと心外だな…。


「ありがとう、テンプルトン」
「それよりも持って行った地図、早めに戻してよ。作業が進まないから」
「も、もう少ししたら」

自室の机に分厚い本と並べられている借りたままの地図を思い浮かべ、早く覚えないとなとリオウは歩きながら頭を抱えた。


***

それから城の至る所を捜し回っても、一向にななしと会うことが出来ない。
道場へと続く道の真ん中で、このままでは会議の時間になってしまうと無意識に出る溜め息。

すると突然頭上からの人の気配に、慌ててその場から飛び退く。

「流石だね」

目の前に現れたのはこの城で最年少忍者であるサスケだった。

「中庭だよ。捜してるんだろ?」
「もしかしてななし?」
「うん。何か困ってるみたいだったし」

照れ臭いのかそう言い残すと、また瞬時に姿を消してしまった。

その素早さに感心しながらリオウも、はっとして走り出す。せっかくサスケが教えてくれたのに、早くしないとまた入れ違いになってしまう。会議の時間も迫ってきていた。

ここまですれ違う事が何だか可笑しくて、走りながら少し笑ってしまった。


***

自分とは雰囲気そのものが違うと思い、足を踏み入れることを若干躊躇してしまう中庭。

広い花壇いっぱいに植えられた花々の前には、男女何組かが花を眺め会話をしていた。少し先からテンガアールとヒックスの声も聞こえてくる。

中央の噴水までやってくると、その先のテラスに見慣れた後ろ姿。
シモーヌやヴァンサンと共にテーブルでお茶をしていたのは、散々捜し回った人物。


「おや、ななし殿。お迎えが参りましたよ」
「え?」

こちらに気が付いたシモーヌがそう言うと、きょとんとした声を上げこちらを振り返った。

「ななし、捜したよ」
「リオウ!」

その姿を確認すると、ななしにしては珍しく声を荒げガタリと椅子から立ち上がった。

「シモーヌ、これ以上ここに留まるのは無粋というもの」
「分かっていますとも。想い通じ合うもの同士のなんと美しいことでしょう!」
「ワタシ達は別の場所にてお茶の続きを致しましょう」

優雅な足取りでその場を去っていった通称ナルシーの二人。その後ろ姿をポカンとしてリオウとななしが見つめた。彼等なりに気を利かせてくれたようなのだが、相変わらず仕草ひとつひとつが大袈裟だった。

急に静かになったテラスで、先に口を開いたのはリオウだ。

「ええと、僕を捜してくれてたって聞いて」
「う、うん。その途中であの二人にお茶に誘われちゃって…」

再び椅子に腰掛けたななしの隣にリオウも腰掛ける。

「聞いた時、嬉しかった。僕もななしに会いたかったから」
「え!えっと…そ、そうなの?」

ボンッ、と破裂した音が聞こえそうなくらい顔を真っ赤に染めるななし。

「最近忙しくて、全然話が出来なかったね。ごめん…」
「い、いいの!リオウはこの軍のリーダーだよ?忙しくて当然だもの」

わたしの事は気にしないで!と気丈に振る舞うななし。当然だと言ったななしの言葉がリオウに重くのしかかる。頭を掠めたのは、話すことも、気持ちすら伝えられないまま遠くへ行ってしまった幼馴染み。

自分はまた、同じ過ちをしようとしていたんだ。

リオウが自身の右手に宿した盾は、大切な人達を守る為に望んだ力。
なのに世界は、それらをいとも簡単に奪っていく。

ななしを捜して走り回る間、このまま会えなくなったらなんて、らしくもなく考えていた。


「失ってから悔やんだって、遅いんだ」

「…リオウ?」


伝えたいその時に、君が隣に居てくれるなんて分からない。

だから、

今この瞬間が、どんなに大切なのか。


「ありがとう、ななし。側にいてくれて」

「…!」

にこりと微笑むリオウに、返すべき言葉が出て来ないまま、黙り込んでしまったななし。
するとゆっくりと頷いて「側にいるよ、これからもずっと」と、静かに呟いた。


突然に来るかもしれない終わりの時まで、君と繋がっていたいから。

そして願うのは、
大切なその人達が笑顔で過ごせる未来。








***

「リオウ殿、浮かれるのは分かりますが会議くらいは集中なさって下さい」
「…シュウ、見てたの?」
「そんな暇人ではありません」
「・・・・・・」



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