06
グリーンさんはよくジムを留守にするけれど、気になることが一つある。
何やらいろんなものを買い込んで、ピジョットに乗ってどこかへ行く時があるのだが、いったい何処に行っているのだろう。
なんとなく本人には聞けなくて、ジムのみなさんに聞いてみたところ…
ヤスタカさんは絶対これしかないと小指を立て、アキエさんは多分これよと小指を立て、ヨシノリさんも…以下略である。
結局、全員詳しくは知らないようだ。
わたしはますます気になり出してしまった。
運営を終えたトキワジムには、今日もわたしとグリーンさんの二人しか残っていない。住み込みのわたしが残るというのは可笑しな表現だけど。
チラリとグリーンさんを盗み見ると、仕事に集中しているようだった。
ジムの誰にも伝えてないのだから、言いたくない事なのかも。 わたしは訊ねても良いべきか考え倦ねていた。
「ななし」
「・・・」
「ななし!」
「は、はい!!」
「どーした?難しい顔して。具合でも悪いのか?」
「あ、いえ、なんっ、」
「何でもないは無しな。言いたくないなら聞かねーけど」
「い、いえ。それは寧ろグリーンさんの…」
「は?俺?」
咄嗟に出てしまった言葉に自分でハッとする。これでは何の意味も無いじゃないか。案の定「俺がなんだよ?」と完全に手を止めて、話を聞く体制に入ってしまったグリーンさん。
「その、えっと…」
躊躇い無く真っ直ぐに向けられた視線に、上手く誤魔化す言葉が出てこない。わたしは意を決して訊ねてみた。
「グ、グリーンさんは、いつも何処に行ってるのかなと思いまして」
「何処って言われてもなぁ。トキワを…」
「そ、そうではなくて!あの、ピジョットに乗ったとき、です」
どんどんと小さくなっていく声。最後の方なんてグリーンさんに聞こえたのだろうか。恐る恐るグリーンさんを見やれば、瞳をまん丸にしていた。
「そんな気になんの?」
にやりと言い放つグリーンさんに、わたしは純粋に気になって仕方がなったので「はい、とても」と真剣に返せば、「ななし、お前って読めねーわ」と片手で顔を覆い隠してしまった。
「き、聞かれたく無かった事ならすみません…!」
「別に隠してたわけじゃねえよ。そーだなあ、格好良く言やあ保護活動。悪く言えばパシリだな」
「な、なるほど…」
「分かんねーならそう言え」
「いっ!」
ペチリと良い音を立てておでこをはたかれた。涙目で額を押さえるわたしにはお構いなしに話を進めていくグリーンさん。
「同じ町出身の、所謂幼馴染みってやつがいるんだけどよ」
「その方に、会いに行ってるんですか?」
「ああ。山に篭もってる変人で、ポックリ逝かれてても困るしたまに様子見に行かねーと」
「しゅ、修行か何かされてるんですか…?」
「早い話それだな。シロガネ山だぜ?アホだろ」
「シ、シロガネ山!?」
修行と言うにはいささかハード過ぎる場所ではないだろうか。グリーンさんが冗談で言ってるのかと思ったけれど、げっそりとした表情が真実だと物語っている。
「でも、それだけグリーンさんはその方のことを気に掛けているんですね」
「腐れ縁だ」
そんな風に言うけれど、グリーンさんがどこか満足そうな顔をして言うものだから、わたしはそれ以上何も言わなかった。
きっとグリーンさんにとってその人は凄く大切で、逆もまた然りなのだと。
「なーに笑ってんだよ」
「え!わ、笑ってませんよ!」
それでもまだ訝しげな視線を送って来るものだから、わたしはずっと気になっていたもう一つの疑問を勢いで聞いてしまった。
「そ、そうですグリーンさん!“これ”ってなんですか?」
小指を立てた手をグリーンさんに向けて見せる。
「なんですかって、お前…」
どうしてそんなに驚いているのだろうか??
「お、怒らないで下さいね?じ、実は、グリーンさんに訊ねる前にジムの皆さんにもお聞きしたんです」
「…だいたい読めたぞ」
「そうしたらみなさん、“これ”に会いに行ってると…」
「死んでもごめんだ」
「ど、どういった意味なんですか?」
そんなに嫌なことなのだろうか。わたしが意味を求めると「さて、帰るか」と、帰り支度を始めてしまったグリーンさん。
「えええ!気になりますよ!」
「大きくなったら教えてやるよ」
「な、なんですかそれ!」
「まあ、ななしなら良いかもしんねーな」
「?」
子供扱いされたのも悔しいけれど、結局その意味も、わたしなら良いと言ったグリーンさんの真意も分からず仕舞いだ。
***
カンナから手渡されたデータにはななしに関する情報がびっしりと文字で書かれていた。
「調べるのに本当に苦労したわ。まるで、ななしの存在が無かったように上手く消されているの」
「誰が、なんの目的で…」
「そこまでは分からないわ。でも、ななしの生まれ育った場所も分かったし、」
――…
館内に響くアナウンス。その内容はワタルを呼び出しているものだった。
「呼ばれてるわよ」
「恐らくジョウトの怪電波の件だろう」
ななしを頼む。そうカンナへ言い残すと、マントを翻して歩いて行ってしまった。
頼む、じゃないわよ。
自分だって気になって仕方がない癖に。
自惚れかもしれないけれど、ここで過ごすななしは少なくとも幸せそうであった。今まで歩んできた過去。でも、ななしはその全てを覚えていない。
思い出すことで何かが変わってしまうと、どこかで怯えているのだろうか。一番不安なのはななしなのに。
「肝心なのは、ななしが本当に望んでいるのかって事よね」
くしゃりとデータの書かれた紙を握り締めた。
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