勝てる気がしない
「手伝わせてごめんね」
「き、気にしないで…」
・・・・・・・。
いやいや気にするでしょ!!
あの日トウヤくんに借りたハンカチ。傷口を拭いてしまったので洗って返すのもどうかと思って新しい物を購入した。今日はそれを渡そうと会う約束をしたのだが、わたしが来ると分かっているくせにこのタイミングで部屋の掃除を始めたトウヤくん。
ごめんねって(悔しいけどその整った顔で)笑顔で言ってくる辺り確信犯だろう。が、恐ろしいのでそんな事は勿論言えない。
部屋の散らかり具合からして、終わるのはいつになるやら。
トウコちゃんやチェレンくんはしっかりしてるけど、トウヤくんとベルちゃんはこういうところが結構大雑把だったりする。
というか、さっきから動き回って片してるの、わたしだけな気がする。怒られてもイヤなので、無言で手を動かしていれば目の前に差し出された手。
「ななし、これ」
「え、なに?」
恨めしくトウヤくんを盗み見してたものだから、慌てて表情を戻す。
手渡されたのはポケモンの置物。
「そこに置いて」
「…あぁ、うん」
・・・・・・・。
自分で置きなよ!!
と、言いたいけどやはり後が恐いので何も言えない。頷いて言う通りにしてしまうわたしの我ながら情けないこと。
「何かあまり進まないね」
…なんでこっち見て言うの。
「だってトウヤくん、これいつから片付けてないの?普段から、」
「ななし、これはそこの棚ね」
「…はい」
笑顔だけど恐いのは何でかな。
とにかく早く終わらせて、ハンカチを渡してさっさと帰りたいわたしは黙々と作業を続けた。というか、主にわたししか動いてないけど。
片付けが終わったのも時計の針が三周ほどした頃だった。
「終わったぁ…」
へたりとその場に座り込むと「自分の部屋じゃないみたいだ」なんて、ほぼ働いてくれなかった部屋の主の声が後ろから聞こえた。
「飲み物でも持ってくるよ。ジュースで良いよね」
「あ、うん」
トウヤくんが自ら!?
まあ、彼の家だからこれが普通…なんだよね?しかし、良いよねって決定権は最初からわたしに無いじゃないか。
部屋に一人残されたわたし。
思えばトウヤくんの部屋なんてどれくらいお邪魔してなかっただろう。小さい頃は皆で集まって遊んだりしたけど。最近は皆で遊んだりとか、それこそお互いの家に遊びに行く機会なんて滅多になくて。
(なんだか、懐かしいなあ)
部屋の惨状を見た時はどうしようと思ったけれど。
「おまたせ」
そう言って開かれたドア。反応がちょっと遅かったわたしに、トウヤくんがコップの乗ったトレーを置きながら聞いてくる。
「いつも以上にぼーっとしてるね」
い、いつも以上って。普段どう思われてるんだろ。
「考え事してた?」
「あ、大した事じゃ、」
「なに考えてたの?」
「・・・・」
…答えるまで無限ループなの?
「トウヤくんの家に遊びに来るの懐かしいなあって」
「ああ、確かに昔に比べて頻度は減ったね」
ジュースを一口飲んで、しばらく続く沈黙。
あ、あれ…会話が止まってしまった…。何か変な事言ったかな?どうしよどうしよと思考を巡らせていれば、トウヤくんの言葉に今度は思考が停止した。
「ななしが来るから少しは片付けようかと思ってさ。手伝わせちゃったけど、結果的に良かったよね」
何が良かったんだかまったく分からないけど、にっこり言われたからわたしは頷くしかない。
だって疑問形じゃないもの。
肯定しちゃってるもの。
「この状態をなるべく長く維持して欲しいですね…」
「あれ?次も手伝ってくれるんじゃないの?」
次 も ?
手 伝 う ?
「次って…、わたし以外の人が来た時どうするの…」
「ななし以外呼ぶつもり無いよ」
だってチェレンくんとか、それこそトウコちゃんとかベルちゃんとか…
・・・・え?
「ななし、意味分かるよね?」
「…意味、って」
トウヤくんの片手が頬を掠めたと思えば、包むように置かれた手。そして眼差しは真っ直ぐ逸らされないまま、こちらに距離を縮めてくる。
半分パニック状態のわたしは目をギュッと瞑った。身体が強張って手にも力が入る。そうしてくちびるではなく、すれすれの場所に当てられた熱。
ゆっくりと目を開ければ、
「次もよろしく」
にっこりと言い放つトウヤくん。
ここは普通「今日は手伝ってくれてありがとう」とお礼を言うもんじゃないの?
混乱しすぎて、冷静に心の中でそんな突っ込みを入れてしまった。
***
「そうだ、この間は有難う。ハンカチ汚しちゃったから…」
男の子に渡すにしては可愛らしくラッピングされた真新しいハンカチを手渡した。
「…あのハンカチ、お気に入りだったのに」
「え!?ごごごごめん!?(女子か!!)」
「冗談。ななし、本当予想通りの反応してくれるよね」
「・・・・・・」
にっこりと言う彼に
わたしは
勝てる気がしない
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