04
「ああ、そうか。いや、無事に行けたのならいいんだ。…それじゃあな」
ピッっとポケギアの電源を切る。
「ななしから?」
背後から突然掛けられた声。相手は分かっているから、特に驚く事もなくその疑問に答えた。
「律儀なもんだろう。わざわざ連絡してくるなんて」
「私の方にもさっきあったわ」
「・・・」
可愛らしいストラップの付いた電話型のポケギアを、黙り込んでしまったワタルに振って見せる。
「で、何か用事なのか?カンナ」
「あら怒らないで」
にっこりと微笑むが次の瞬間、指先でスッと眼鏡を上げた時の瞳は真剣そのものだ。
カンナの纏う空気が張りつめたものに変わる。
「…ななしの過去に関する事よ」
***
初日はあっという間で、外もすっかり暗くなってしまった。
ジムも終了し、今トキワジムに残っているのはわたしとグリーンさんだけである。
時計を見ればなかなか遅い時間だ。
わたしはジムに住み込みだから問題ないけれど、グリーンさんやジムトレーナーさん達は自宅から通っていると聞いた。
「グリーンさん、その…帰らなくて大丈夫ですか?」
「ん?あぁ、もう終わらせる」
「えっと、戸締りなら問題ないですので」
「そこは心配してねーよ。ただ、あいつらが居たんじゃ聞けなかったからな」
「?」
書類をファイルに挟み棚に入れると、此方へと向き直るグリーンさん。聞けなかった、とは何の事だろう。少し言い難そうにしているけど、次の言葉を聞いてその意味を理解した。
「ななしの記憶の事だ」
「あ…」
「ジムの人間のことは立場上知っとかなきゃなんねーからさ。あんまし気分の良いもんじゃねぇと思うけど」
申し訳無さそうに言うグリーンさんにわたしはフルフルと首を振った。それに少しばかり安堵した様子のグリーンさん。
どっちみち此処へ来ると決まった時に、わたしのデータなど送られていたのだろうし。
「あの、気にしないで下さい…別に隠してるわけでもないので。ただ、その…気を使わせてしまうと思うので皆さんには…」
「んな顔しなくてもペラペラ喋ったりしねーって」
ポンポンと頭を撫でられる。こんな事、ワタルさん以外の男の人にして貰ったことが無いから、わたしはビックリしてしまって固まる事しか出来ない。
わたしが何も言わないものだから、まだ信用されてないと思ったのか「俺そんな口軽そうに見えるか?」と眉を寄せたグリーンさん。
わたしが慌てて「そ、そうじゃないです!えっと…その…」と言葉を詰まらせていると、少しばかり高い位置から笑い声が降ってくる。
「心配すんなよ。まあ、知ってるのが俺だけってのは不便かもしんねーけど、何かあったら言えよな」
そうしてまたポンと軽く頭を撫でられた。
「は、はい…ありがとう、ございます」
「じゃあ俺は帰っけど、寝る前にもう一度戸締まり確認しろよ」
「大丈夫ですよ?ちゃんと確認しましたから」
「念の為だっつの!お前、此処は本部じゃねーんだからもう少し危機感をだな…」
先程心配はしてないと言ったグリーンさん。なのに戸締まりと、危機管理について長々と説明をされてしまった。
「分かったか?」
「は、はい…ちゃんと確認します」
「よし。じゃあ、また明日なー」
結局、彼が帰路に就いたのはその説明―30分程度―が終わってからだった。
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