恋も夢もGETしなくちゃ
少しでも言葉として伝えたい。
形として届けたい。
なのに、自分ではまだ解決策は見いだせないまま。
「タケシ…俺、最近おかしいんだ…」
いつものようにテキパキと昼食の準備を進めているタケシに、ご飯を待つ小さな子供のようにランチテーブルに顔を乗せていたサトシが不意に呟いた。
食事前のサトシがこうなるのはいつもの事であったため、特別何か言ったりはしなかったタケシ。
しかし、本人の口からこんな消沈しきった声を聞かされては手を止めるほか無い。
「どこか具合でも悪いのか?」
「多分そーゆーんじゃないと、思う」
自信がなさそうだが、体調によるものではないらしい。ならば、タケシに思い当たる節は一つしかないわけで。
一方サトシは答えが見つからない状況に、テーブルに額をくっつけてうんうんと悩みはじめてしまった。トレードマークの帽子が変な位置に来てしまっている。
(思ったより深刻だな…)
考えるよう顎へ手を当てるタケシ。ちらりと作りかけの昼ご飯を見やる。メニューはシチュー。出来るまではまだ少し時間がかかる。
ヒカリとななしは少し離れた場所で、ポケモン達のコンディションをチェックしているから、会話が聞こえることは無いだろう。
鍋に蓋をすると、サトシの前の席へと腰掛ける。
「サトシ、それはどういった時になるんだ?」
「え?」
「俺から見ても至って健康。つまり“おかしい”と思う決まった時があるんじゃないのか?」
今まで沈んでいた顔を上げ、驚きに目を見開いてタケシへと視線を向ける。
少し言い難そうにちらちらとななしの方を気にしながら、サトシにしては小さい声。
「…ななしといると、変なんだ。なんかモヤモヤして。今までこんなこと無かったのに」
「俺達もずいぶん長く一緒にいるからなー。でも、サトシがそう感じるのはななしだけなんだろ?」
「だから、さっきからそう言ってるじゃんか」
タケシなら分かると思い相談しているのだ。いまだ答えが見つからず核心に至らないため、帽子を被り直しながら少しふてくされた。
しかしそんな様子と反し、サトシの眉はいつもとは逆に綺麗に下がってしまっている。タケシが少し困ったように笑いながら言う。
「つまりサトシは、俺達とは違う気持ちをななしに対して持ってるんだよ」
「…違う?」
鍋がグツグツと音を強くする。
「おっといけない」そう言って席を立ってしまったタケシ。
その背を見つめたまま拳をぎゅうっと握りしめて考えてみるが、どうしてもその“違う何か”とやらが分からない。
「タケシ、もっとはっきり言ってくんなきゃ分かんないよ」
そのセリフに、おたまを持ったままズルッとコケるタケシ。
(かなり直球な言葉でアドバイスしたつもりだったんだが…)
どうしたらいい?と言いたげに、こちらへと向けられた視線は真剣そのものだ。
長年一緒にいる親友を、自分は少しなめていたのかもしれない。
「…俺はおねーさんが好きだ」
「?、知ってるけど」
「つまりそういうことだ」
「分かんないって!」
「何騒いでるのよー」
ポッチャマを腕に抱え、ヒカリが戻ってきた。どうやらポケモン達の様子は一通り見終わったらしい。
「もう終わったのか?」
「うん。ななしはまだ少しかかるみたい、向こうの湖にいるって」
「こっちももう少しかかるな」
「わたしお腹ペコペコー。…?」
すると、サトシからジッと見られている事に気がつき首を傾げる。
「どうしたの?」
「やっぱりななしにだけだと思って」
「ななしだけ?」
「ヒカリちょっと…」
腕を組んで何やら考え始めてしまったサトシを後にして、ちょいちょいと小さく手招きするタケシの方へ寄れば耳打ちでおおよその理由を教えてくれた。
「それで悩んでるのねー」
「まぁ、そんな訳だ。ヒカリも気にしてただろ」
「もちろん!ななしって分かりやすいでしょ?今までこうならなかったのが逆に不思議」
それを言うのであれば、カントーから一緒の自分は長いことそれを思っていたのであって。「あはは…」と乾いた笑いがこみ上げる。
ななしは確かに分かりやすい。
(マサトすら気付たからな)
しかし、本人を前にするとどうも上手くいかない性格と、サトシが人並み以上に鈍感なせいもあってか、何も変わらないまま現在に至るというわけだ。
「悩んでても始まらない!」
目をキラキラさせてサトシの方へ向き直るヒカリ。いまだに頭を抱えて悩むサトシを、ピカチュウが側で心配そう見つめている。
「直接本人に伝えるのがイチバンよ!」
「ヒ、ヒカリ?」
まさかと思ったタケシだが、どうやらそのまさからしい。ヒカリの言葉にサトシも顔を上げる。
すると妙にスッキリとした笑顔で「そうだな!」と立ち上がる。
「悩んでても仕方ないよな!ありがとなヒカリ!」
先程とは別人のように、迷うことなくななしのいる方へと走っていってしまった。
「ピカピ!」とピカチュウの呼ぶ声と、「サトシ!」とタケシの呼び止める声がその場に同時に消えていった。タケシの様子にヒカリが不思議そうな顔をする。
「そんなに慌てること?」
「ヒカリ…、サトシはまだその感情が何か分かってないんだ」
「うそ!?」
「まあ、なるようになる…か」
***
「ななし!!」
ランチをする場所より少し離れた、木々に囲まれた湖。その側にしゃがむようにしてななしはいた。名前を呼べばサトシの方へと顔を向ける。
ちょうどポケモンをボールに戻したところだったらしい。
「呼びに来てくれたんだ。ありが…」
「俺、分かんないんだ」
「サトシ?」
明らかにいつもと様子が違うサトシに少し戸惑いつつも、どうしたのかと訊ねる。
ななしへと向けられた視線は痛いほど真っ直ぐだ。皆がいるならなんとも思わないのだろうが、内心二人きりという今の状況に瞳を見つめ返すことが困難で、ななしは瞳をパチパチとさせている。
「最近、ななしといると苦しいんだ」
言葉が悪かったのか、驚きと同時に悲しそうな表情を浮かべたななし。自分もビックリしてすぐさま違う違う!と慌てて訂正を入れた。
「悪い意味じゃなくて!!その、」
「う、うん…」
「俺は、みんなの事を大事な仲間だと思ってる。…でも、ななしだけは違うんだ」
暫くの沈黙。
少し離れた茂みからポケモンだろうか?カサリと音がする。
「それは、わたしが幼馴染だから?」
「・・・分からない」
そう、それが分からないから、
こんなにもモヤモヤしているんだ。
「ああ゛ー!もう!イライラするわね!」
「ムサシ落ち着けって!しかし、やっと気が付いたんだなー」
「長かったニャー」
茂みから二人を覗き込んでいたのはロケット団。今すぐ飛び出していきそうなムサシをコジロウが宥める。
彼等もまたななしの気持ちを敵ながら知っていたわけで。
「ニャースはいつだか相談受けてたもんなぁ」
「恋愛においてこのニャースさまに敵う奴は他にいないニャ」
「そんな事どーでもいいわよ!ジャリボーイのニブチンのが問題じゃない」
「…そんにゃの今更だニャ」
「だよなー」
お互い顔を見合わせ「はあー」と大きな溜息。
それこそカントーの頃からななしの恋路を見守ってきたのだ。
本日のピカチュウ捕獲作戦は諦めたのか、立ち上がりその場を後にするムサシとコジロウ。それにニャースも続く。
「上手くいくと良いのニャー」
***
「わたしも、サトシといると…苦しいよ」
「え、ななしも?」
「うん。それはもう、ずぅーーっと前から」
「な、なんだよ!それなら言ってくれれば!」
「だってサトシってば全然気が付いてくれないから、結構暴走したりとかいろいろして、余計空回って…この間なんかシゲルにまで笑われるし…」
「…?」
ポツポツと小さい声で言い放つななし。無論サトシには聞こえていない為、頭に『?』を浮かべたような表情のまま首を傾げている。
「だからね!わたしは、ずっとサトシが、…!?」
「ななし!!!」
急に立ち上がったせいでバランスを崩したななし。このままでは湖に落っこちてしまうと、抜群の瞬発力でサトシが手を伸ばす。
しかし、腕は掴んだものの…
「うわっ!!」
―― バシャーン…!
いつもの彼ならば余裕で止められただろうが、流石に咄嗟のことで支えきれなかったらしい。二人揃って湖に落っこちてしまった。
「ななし、大丈夫か?」
「うぅ…ごめん…」
「なんだよ今更。こんなの慣れてるからな」
「そ、そんな毎回じゃないでしょ!!もう!」
そう言いつつも、自分のせいで全身ずぶ濡れになってしまったサトシをちらりと横目で見やる。
ビショビショになってしまった帽子を取った為見えた、先程とは違い此方には向けられていないけれど、真剣な瞳のサトシ。
「ななしもさ、そう思うのは俺にだけ?」
一瞬何の事かと思ったけれど、話の延長だろう。
望んでいたはずなのに、いざこうなると何故だか凄く恥ずかしくて。
そんなの、即答に決まってる。
ずっとそう。
きっと、旅に出る前から。
わたしが見ているのは…
「サトシだけだよ」
「そっ、か」
そっぽを向いたまま頬を指で掻いている。
「サトシ、照れてるの?」
「お、俺だってよく分から…っへくしゅ!」
「風邪引いちゃうから戻ろうか」
やっぱりサトシはサトシだ。
ふふっと込み上げる笑いを堪える事もしないまま戻ろうと言えば、「そうだな」とサトシも笑顔を返してくれた。
並んで歩く距離は、なんだかいつもより近いような気がした。
「俺、ななしにこのモヤモヤをずっと伝えたかったんだ。でも、それが何なのかすごい考えたけど分からなくて」
「いいじゃない、今すぐじゃなくたって」
わたしだってサトシの鈍さには慣れてるの。今すぐに、答えがほしい訳じゃない。
サトシが、その意味を理解したときで十分だから。
なのに…
「俺は今が良いんだ!」
これだもの。
「…でも、」
「?」
「ななしも、俺と同じように思ってくれてるって分かったら、モヤモヤが少しなくなった気がする」
ニカッと、これでもかと笑顔を向けられた。
幼なじみの特別だとしても、サトシが自分に他の子とは違う感情を抱いてくれている。
今までずっと一方通行だったななしにとって、今はこれ以上を望んでないのだから。
「あーあ、わたしの方はいつになったら苦しいのが無くなるのかなー」
「無くなんないよ」
「え」
「ななしといる時って言っただろ?」
「その、ぇっと…?」
「俺はななしが好きだからさ、これから先も一緒に…、ななし?ななし!!」
あまりに不意打ち過ぎて、嬉しさと絡まった思考と共に熱が顔に集まったまま倒れた後のことは覚えていない。
タケシに聞いた話では、凄い剣幕でわたしを背に抱えサトシが戻ってきたらしい。
木陰に横たわっていたわたしが、気が付いて真っ先に目にしたのはサトシのドアップ。
「ななし、俺の話聞いてた?もっかい言うけど、俺は」
「あああもう!!!ちょ、ちょっとまって!!少し整理させて…!」
「俺は出来たからな!」
「自信満々に言うなー!」
目が覚めたななしに詰め寄るサトシを見て、 ひとまず上手くはいったようだと胸を撫で下ろすタケシ達。
「しかし立場が逆転してるな。信じられん」
「ななしってとことん押しに弱いのねー」
「ピカァ」
「ポチャー」
普段からサトシは何に対しても一直線なのだ。気がついてしまえば簡単なもので、誰もが納得するくらいななしに対しても真っ直ぐであった。
「ななしが好きだ」
「〜〜っ」
赤くなった顔を隠しながら、頷くのが精一杯。
こんなに苦しくて、
こんなに愛しいのは、
きみを好きになれたからです。
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