甘い瞳に心を奪われて (グリーン)
オーキド研究所へと向かう途中、運悪く突然の豪雨に降られてしまったわたし。
慌てて研究所へと走ったけれど既に遅く、ものの数分で頭から足先までびしょ濡れだった。
入口で向かえてくれた博士がわたしの姿を見るや否や、大慌てで着替えとタオルを持ってきてくれた。忙しいのに大変申し訳ない。
しかし手渡された着替えというのが、なんとグリーンくんの物である。
つい最近、研究所に来た時に置いて行ってしまった物らしく、今わたしが着れそうなものがこれしかないと申し訳なさそうに手渡されては断るわけにもいかない。
グリーンくんとは今更遠慮しあうような間柄ではないけれど、一応博士の前だし「着ちゃっても良いんですか?」と尋ねれば、「ななしくんが風邪を引く方が問題じゃよ」なんて笑顔で言われてしまった。
***
着替えも済ませ、博士の用意してくれた温かいお茶をご馳走になっている。お使いに来ただけなのに迷惑をかけっ放しだ。
先程よりは小降りになったものの、窓の外からはまだシトシトと降り続く雨の音が耳に届く。どんよりと重い空はまだ晴れる気配がない。
すると部屋の扉が開く音に、窓からそちらへと視線を向けた。
「ちくしょー…ついてねー」
そんな風に愚痴を零しながら部屋へと入ってきたのは、グリーンくん。
わたし程ではないけれど、髪など少し濡れてしまっている。
「グリーンくんも降られちゃったの?」
「ななし?なんだよお前も…」
わたしを見ると、目をまん丸にしてその動きを止めた。
「あ、ごめんね。服、勝手に借りて。タオル持ってくるから待ってて」
借りている身だから文句なんて言える立場じゃないが、なにせ服のサイズが大きい。
足が長いんだぜと主張するそれは、何重も巻くって更にたくし上げて歩く状態だ。しかも袖も長いものだから、何とも動きにくい。
ダボダボの服からなんとか手と足を出している状態は、この服がピッタリなグリーンくんから見たらさぞ可笑しい光景だろう。
「はい、そこ座って」
「おい、ななし…」
「髪、座ってくれないと届かないでしょ」
しぶしぶといった様子で、ソファーへと腰掛けたグリーンくん。手の届く位置に来た頭をタオルでわしゃわしゃと拭く。「乱暴だな」なんて文句が聞こえて来たけれど気にしない。
「あとは着替えだね!」
パサリとグリーンくんの頭にタオルをかけてからその場を離れようとすれば、グリーンくんの手によってやんわりとソファーへと沈められてしまった。
「いいから座ってろ」
「でも、」
「いいから!!」
なにをそんな必死になってるのか分からないが、凄い剣幕にとりあえず頷いておく。言うだけ言って、入って来た時のように慌しく部屋を出て行った。
***
「・・・・・・」
「あ、おかえり」
別室で着替えを済ませたグリーンくんが戻ってきた。
けれどその表情はなんだか険しく、もう雨も上がっている空とは反対に晴れない。
「どうしたの?」そう問い掛けるとこちらへ視線を向けた後、直ぐに逸らされたかと思えば片手で口元を覆い隠した。
「グリーンくん、大丈夫?なんか変だよ」
「変は余計。あー、その、何でそれ着てんの?」
「だからー、わたしも雨に降られて服が濡れちゃったの。さっき借りてるって言ったでしょ」
「いや、なんで俺の?」
「え?」
以前着ていた服ようなシンプルなシャツとズボンだけの彼を見たら、着替えが無くて困ったのかな?なんて思ってしまった。それでも妙に決まっているのが悔しいが。
「博士に渡されたの。わたしが着れるような服がグリーンくんのしか無かったんだって」
「…あ、そう」
「ごめんね、着替え取っちゃって」
まだ何かぶつぶつと言ってるけれど、はっきりとは聞き取れない。
「いまお茶入れるね」
放っておくことに決めたわたしは、彼の有無も聞かずに机の上のティーポットへと手を伸ばす。
しかし下がってきてしまった袖が手をすっぽりと隠してしまい、持つことが叶わなくなってしまった。
「っななし!お前もうその服脱げ!」
「えええ!!ここで素っ裸になれと!?」
「違うっつの!」
ガシッと腕を捕まれたかと思えば、目の前で信じられない発言をしたグリーンくん。混乱するわたしの腕は掴んだまま、さっきの勢いとは反対に項垂れている。忙しいなあ、なんて頭の隅で思ってしまったけど、絶対怒られるから言わないでおこう。
「いろいろと…良くねえんだよ…」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ」
叫んでばかりで疲れたのか、自分でお茶を入れはじめた。
取り合えず分かったのは、わたしがこの服を着ていることによってグリーンくんに問題が生じるらしい。
「他の女の匂いが付く、ってやつか…」
「ぶっっ!!」
わたしの言葉にグリーンくんが、まさに飲もうとしていたお茶を吹き出した。
「女物の香水の匂いがするんだけど!って喧嘩する話。ブルーと一緒に見てるドラマで言ってたの」
「どんなドラマを見てんだお前らは。つかななし香水つけてねえだろ」
「あ、そっか」
グリーンくんはメンズ物なのかな?稀に付けてたりするけど、わたしはまだそういうのはよく分からない。何故か恨めしそうな顔をしてから、グリーンくんは今度こそお茶を口へ運んだ。
カチャンと、陶器同士のぶつかり合う音。置かれたマグカップからゆっくりとグリーンくんの手が放れていく。
「それ、別に着てていい」
「あれ?どういった心境の変化です?」
「ななしなら良いって事だよ」
「え」
真っ直ぐこちらに向けられた深い緑色。
その綺麗な瞳に映るわたしは何とも間抜けな顔をしている。
「本当は、ね。グリーンくんが常に傍にいるみたいで、安心しちゃってね…」
段々と距離を縮めてくるグリーンくんにいつもとは違う雰囲気を感じ、逃げ腰になるわたしはソファーの端へと追いやられてしまった。
「変だね、わたしも…」
服のせいで動き難い上に、グリーンくんが若干覆い被さる様な体制なものだから、立ち上がる事も出来ない。
次の瞬間、
勢いよく引かれた腕と、痛いくらいの抱擁。
「俺は、ずいぶん前からおかしくなってる」
お互いが、お互いに染まってしまうまで、
そう時間はかからない。
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