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「…だってさ、良かったねレッド」
ファイアくんがそう言うので、レッドくんを見るけれど、何故だか逃げるように一向に目を合わせてくれない。
ストレートな気持ちをぶつけたつもりだったのだが、わたしは訳が分からなくてオロオロするばかり。
「ななし…、その、ごめん」
「あ、のレッ…」
照れた顔を隠すようにに片腕で口元を覆うレッドくんを見て、わたしも何だか急に恥ずかしくなってきてしまった。
ピカチュウとゾロアもお互い不思議そうに首を傾げている。
「…なんだよこの妙な空気は」
「さぁ、レッドに聞いたら?」
ファイアくんだけは理由を知っているみたいで、純粋に気になったわたしはファイアくんの言葉通りレッドくんに疑問を投げかけようとしたのだが、幾分かグリーンくんの方が早かった。
「おい、レ」
「もう帰ろう」
しかし、間髪入れずにグリーンくんの言葉を遮ってポケモン達をボールに戻すと、スタスタと歩き出してしまったレッドくん。
納得のいかないグリーンくんはその背に向かって何やら不満をぶつけているけれど、わたしとしては先程から高鳴る胸の内まで見透かされてしまいそうで、それ以上を聞くことが出来なかった。
「なんつーか、あいつ少し変わったな」
「懸念してた悩み事が一つ解消したみたいだよ」
「それはつまり俺様にとって良くないことの前兆だ」
レッドとそれを追うななしの背を見ながらまだ不満そうに悪態をつくグリーン。ファイアもやれやれといったように肩を竦めるとロコンをボールへと戻し、レッド達の後を追うように歩き始めた。
「グリーンも同じ悩みだったんじゃないの」
「?、なんか言ったか?」
「いいから、はやく帰る準備してよ」
「・・・・・」
と、そんな会話を二人がしていたことは高鳴る心臓の音から必死に気を紛らわせようとするななしは知る由も無かった。
帰りも同じ組み合わせでは二人がまた騒ぎ出すかと思い、どうしようと頭を抱えていれば「リザードンに乗せて貰いなよ」と、やれやれといった様子のファイアくんが言ってくれたことによって帰路につく組分けが決定してしまった。ファイアくんもわたしと同じ事を考えていたのだろうか?
グリーンくんも案外すんなりと受け入れてくれたので不思議に思いじっと見やると「…分かりやすい奴だな」と少しムッとしていた。
「リザードンをあれだけガン見してたら、誰だって分かるっつの」
思いもよらない言葉と一緒にグリーンくんに人差し指でおでこをツンと弾かれる。なるほど、どうやら自分で思っていたよりもリザードンの乗り心地への興味が表に溢れていたらしい。
「ななし、…ちゃんと捕まってて」
「そ、そんなに心配しなくても大丈夫だからっ!」
わたしをリザードンへと乗せながら、これでもかと心配そうな瞳を向けてくるレッドくん。
しっかり乗れたのを確認してくれると、自分も慣れた動作でリザードンに乗る。身動ぎする暇も無いまま、わたしが振り落とされないように後ろから支えられてしまった。
「その〜…レッドくん?そこまで力を込めなくても平気だから…、」
「レッド!!遅れんなよ!!」
「…グリーンこそ」
グリーンくんの掛け声と共にリザードンとピジョットが一気に飛び上がった。
前言撤回。
まるで絶叫マシーンのような急激な浮遊感に、腰に回されているレッドくんの手をこれでもかと握った。
行きがどれほどスピードを抑えて飛んでくれていたのかということが分かり、リザードンとピジョットの潜在能力が凄いことも分かったけれど…今のわたしに感動している余裕など無い。
月が綺麗な夜間飛行は、絶景を楽しむ間も無くほぼ終わりに近づいているようだった。
「ななし」
ようやくスピードが緩んだので、レッドくんの呼びかけに恐る恐る目を開ける。
「ごめん、怖かった?」
「そりゃもう世界一の絶叫マシーンも一瞬で凌駕する貴重な体験をしたと思うよ」
「?、なら良かった」
全然良くないけど、抗議を入れる元気も残ってない。ぐったりとするわたしに「もうすぐニビに着くよ」と言うレッドくん。
聞き間違いで無ければ今“ニビ”って聞こえた気がする。
「ヤマブキに戻るんじゃないの?」
「ニビに向かった方が早いから」
「この時間ヤマブキに戻ったら、マサラ帰んのに倍の時間かかるだろ」
ピジョットに乗り隣を飛ぶグリーンくんもその理由を説明してくれた。確かに、もうすぐ夜も更ける頃ではないだろうか?
けど、ヤマブキで研究員さんが来ると言っていたけど大丈夫なのかな?するとファイアくんが岬に行く前に連絡したと付け足してくれた。…さすが抜かりない。
もうすぐと言ったレッドくんの言葉通り、月明かりに照らされた森の木々の先に小さくだけど人工的な街の灯りが見えてきた。
少しスピードをあげたピジョットにリザードンもそうするだろうと身構えているけれど、一向にレッドくんは指示を出さなかった。
「ななし、聞いて」
「?、どうしたの?」
おもむろにレッドくんがわたしの名前を呼ぶ。何かいつもとは違う雰囲気を背中越しに感じ取り、どうしたのかと振り返った。
これだけ密着していれば顔の距離が近いのは当然で、レッドくんを目の前にわたしは今更前を向き直すことも、瞳を逸らすことも出来なくなってしまった。
「最初は、ポケモンがいるこの世界を嫌いになって欲しくないって単純な理由だったけど、だんだんと欲張りになって我が儘になる自分が許せなかった」
いつになく言葉を繋いで話し始めたレッドくんに、わたしは驚きを隠せないままその瞳をジッと見つめてしまう。
そして、自分を我が儘と言うレッドくんの言葉の意味を考えてみるけれど、どうにも結びつかないことだらけだ。
自分自身を許せないと、欲張りだと言ったその手は今もこうしてわたしを助けてくれているのに。
どうして…、我が儘だとレッドくんを責められるのだろうか?
「この世界が大好きになったのは、レッドくん達がいてくれたから…だから、こうして一歩踏み出す勇気を貰ったんだよ」
わたしがそう言うと、目を細め少し困ったように微笑むレッドくん。何故か直視出来なくなって、わたしはたまらず視線だけを泳がせる。
何か喋らないとと焦って考えるも、絡まった思考から言葉が出てこない。
「…ななしが、幸せって言ってくれて、やっと自分を許せるような気がしたんだ」
「レッドく、ぅわっ」
レッドくんの声にようやくその瞳を見ることが出来たけれど、すぐさま自分の帽子をわたしに被せると鍔を下げられ視界を遮られてしまった。
前にも…、同じような事があったっけ。
レッドくんとグリーンくんが旅立った日だ。
「…俺が言ったこと覚えてる?」
耳に届いたのはあの日を思い出させる柔らかく優しい声。
レッドくんの指す“言ったこと”も、わたしの中で答えは直ぐに導き出された。
「忘れないよ。今ね、その時の事を思い出してたんだ。…昨日もそうだけど、レッドくんって恥ずかしがり屋だよね」
そっと帽子を上げるとあの日のまっさらな空と虹とは対照的な、一面の星空と淡い光を纏う月が浮かんでいた。
ちらりとレッドくんを伺うと、少し不名誉だと言いたそうな表情で「…それなら、ななしは泣き虫」と呟いた。
「そっ、そんな事!!ある、かも、しれないけど…」
グリーンくんに言われたときはこんちくしょう!と思ったのに、レッドくんに言われてしまってはどうしてだか強く否定する事が出来なかった。
語尾に向かっていくにつれ小さくなるわたしの声は一瞬にして宙に消えてしまう。
「言葉は同じでも、想いはきっとあの日と違うから…」
真っ直ぐにこちらを見て言うレッドくんに、再びわたしの鼓動は早くなる。
胸が締め付けられるような感覚にどうしたらいいのか分からなくて、また言葉に詰まってしまった。
何も答えないわたしから帽子を外し被り直すと、リザードンのスピードを早める。身構えてなかったわたしは少しバランスを崩しレッドくんにもたれ掛かる体勢になってしまった。
慌てて離れようとすれば、支える腕に力が込められた。
「マサラに帰ったら、もう一度ななしに伝えるから…だから待ってて」
どうしてだろうなんてもう誤魔化せなくて、わたしの中でついに見つけてしまった感情。
わたしは…
その腕が幸福だと確かに知っていたんだ。
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