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黙って歩き出した俺に、レッドは何も言ってこなかった。

面と向かって言葉を交わせば、また喧嘩になるだろう事はお互い分かっていたらしい。

放って置いてくれた事が有り難いと思ったし、逆に分かったようなレッドの態度が癪に障ったりもした。

認めたくねーけど、今回の件は俺が悪いと思ってる。
…6割ほどは。

こんな時に喧嘩すること無いと思うが、そもそも何故こんなにレッドに対してイラついているか理由を問われれば、それは朝のレッドとの会話から既に始まっていた。


陽もまだ登り切っていない早朝からポケセンを出発した俺は、早歩きでヤマブキシティへと向かっていた。
一度自分の足で歩いて来た道はその長さを知っている為、戻る足がやたら重たく感じる。

ヤマブキに到着したらアイツ等にぜってー文句を言ってやると、完全に覚醒していない頭で考えながらまだまだ長い道程を歩いた。

ヤマブキに到着したのは、世間一般の人々はもう活動を始めているような時間だった。
真っ先に向かったポケセンで、とっくにヤマブキを離れてると思っていた赤いジャケットの後ろ姿を見つけ、俺はクタクタの足を更に早めてレッドの肩を掴んだ。

「お前、まだヤマブキにいたのかよ」
「…グリーン?」

少しだけ驚いた表情を見せたレッドだったが、それはほんの一瞬。
まだ驚いている俺を無視して次の瞬間、コイツの口から出た言葉は「ちょうど良かった」だ。

…何がちょうど良いのか、さっぱり分からねえ。

疑問を問うよりも早く、レッドが何かを手渡しながら更に驚く内容を口にした。

「ななしの事、見てて」
「・・・は?ななしって、お前等一緒だったのかよ!?」
「後で話すから」

そう言い残してポケセンを出ていたレッドを追い掛ける気力が今の俺に残っている筈もなく、いつもの事だと諦めた。
勢いのまま受け取ってしまった物を見れば、それは部屋のカードキーだった。


「・・・・・」

状況を整理する暇もなく到着してしまった部屋ではレッドの言葉通り、ベッドで気持ちよさそうに眠るななしの姿。

…おい、ちょっとまて。俺はファイアとななしが一緒だって話しか聞いてねーぞ。

訳が分からず、押し寄せてきた疲労感にぐったりとソファーに倒れ込んだ。

仮眠ともいえない浅い意識の中で、部屋のドアを叩く音に俺はゆっくりと身体を起き上がらせた。

レッドが戻ったのかと思い時計を見やれば、あれから意外にも時間が経っていた。
音をたてないよう注意してななしの様子を伺うと、規則正しい寝息をたてて起きる気配すら無い。

気怠い足取りでドアへ向かい、開けた先に立っていたのはファイアだった。
お互いにいくらか間を置いてから、俺の方が先にファイアへと声を掛けた。


「わりーな、待ち合わせ遅れて?」

何も言わず突っ立っているファイアに、此処へ来た理由を遠回しに伝えてやった。分かりきっていると態度に出す俺に、ファイアが眉間に皺を寄せる。

「…やっぱりグリーンには通用しなかったか」

「通用しなかったか、じゃねえ!!お前っ、俺が此処まで来るのにどんだけ大変だったと思ってんだ!!」

悪びれる様子もない態度と、帽子を外しているせいか小憎たらしい表情が普段よりもハッキリと見えてしまうため、本気で怒りが湧いてきた時だ。


「二人とも、声が向こうまで響いてる」

俺たちの周りを取り巻く空気とは真逆のものを背負って、レッドが何食わぬ顔でやってきた。

「ああー…このパターン何度か経験したぞ」

「パターン?」

「なんでもねえよッ」

こいつと全く話がかみ合わないものだから、俺は強制的にこの話を切った。はあぁー…と大きな溜め息をつく俺に、レッドはまるで分からないといった様子で不思議そうに首を傾げている。

「つかお前、何処行ってたんだよ」
「ジム戦」

淡々と話すレッドにがっくりと力が抜け、おれは身体を支えるように壁に背を預けた。何でとか、どうしてとか疑問に思う事の観点がこいつはどうもずれているような気がしてならない。

「…取りあえず場所変えるか。俺としては、お前らに文句を言わねーと気が済まないわけ」

これでもかと嫌味ったらしく言ってやるが、ファイアはおれとレッドに背を向けて歩き出してしまった。

「説教なら後でななしと一緒に聞くから」
「あっ、てめ!ファイア…!!」

「ピジョットの事は謝るよ…ごめん。これに関しては僕も共犯だし、暫くしたら呼びに行くよ」

そう言うと、自室がある方へさっさと歩いて行ってしまった。

「…あいつ、変なとこで律儀なんだよな」

「俺も、グリーンに言いたいことある」
「あ、おいっ!」

今度はレッドがおれの横を通り過ぎ、スタスタと部屋へ入っていってしまった。

どいつもこいつも…!!
イラつきながらもななしが寝ているため、静かに部屋のドアを閉めてレッドの後を追った。


レッドの話とやらは、昨日起きた出来事だった。

ななしが俺たちを心配して、ヤマブキにやって来たこと。シルフカンパニーにまで乗り込んだこと。
更には一晩中、泣いていたことも。

こいつなりに説明してくれた内容からでも、ななしやファイアがどんなことを考えていたのか、少しだけ想像できた。

話しつつも、何だかすっきりとした表情のレッド。
ななしとレッドとの間でどんな会話があったのか、その全ては分からない。でも、伝えるべき事をレッドは伝えたのだろう。

頭を掠めたのはななしとの約束。
あの時、受話器越しに精一杯制御してななしへと伝えた言葉。

泣くよりは、笑っていて欲しいと願ったのに、結果どうだ。
ななしが我慢して笑っていたことも、悲しみから解放されて無い事に全く気が付いてやれなかった。

自分の手のひらを見つめて思ったことは恐らくレッドと同じ。なんの、力も持ってねえ無力な手。


「…強くなりたい」

小さく、でもはっきりと聞こえてきたレッドの声に俺は顔を上げる。 芯の真っ直ぐな瞳は、俺の更に向こう側を見据えていた。


俺も誰より強くなりたい。

一日でも早く、胸張ってマサラタウンに帰れるように。







***

とまぁ、そんなやり取りもあったせいで気持ちが急いていたことは間違いなかった。

本日何度目か分からない溜め息。
…らしくねえ。
横たわった木の幹に腰掛け項垂れているこんな自分の姿は、誰にも見せたくないと思う。

此処、ハナダの岬に来るのだってもう少し気持ちを整理してからだって十分良かったはずだ。


「はぁ…」

「ああああ!いたーー!!!!」
「どああああ!?!?!?」

物思いに耽る中、突然聞こえた声に俺は心臓が飛び出るかと思うくらい驚いた。
目をやれば、肩で息してるななしの姿。

「おまえ、脅かすなよっ!!!!」
「ご、ごめん…」

呼吸を整えているななしに、普段見慣れた物なのに俺の視界で違和感を主張する存在に目が止まる。

「…なんでレッドの帽子なんか被ってんだ?」
「これは目印というか…その、」
「ああ、何となく理解した」

言葉を濁すななしだが、こいつは前科が多すぎる。もう暗くなりそうな辺りを初めて認識し、俺は全ての察しが着いた。

すぐさま納得した様子の俺に少し膨れ面だったななしだが、こんどはその眉を下げると心配するような表情でこちらを覗き込んでくる。

「グリーンくんも…その…、体調悪そうだったけど平気?」
「は?・・・!?」

あの情けない姿を見られた事をすっかりと忘れていた。

「…体調は、悪くねーから」

意気消沈しきっている俺をまだ心配そうな瞳が見つめていたが、何故追ってきたのか疑問を問いかければ、思い出したかのように「あ!」という声と同時にななしの肩が跳ねた。

「わたし、グリーンくんに言いたいことがあったの。それで、レッドくんに行き先を聞いたらこっちの方にいるって教えてくれて」

あいつ…!!
あっさり場所教えてんなよ!!

無言の送り出しはてっきり『後の事は俺に任せろ』って意味だと思っていたが、全くの検討違いだったらしい事に頭を抱えるしかない。
再びその場に座り直した俺の隣にななしも腰掛けた。

「ねぇグリーンくん。岬から見る景色はね、テレビで見るよりもずっとずっと綺麗だったよ」

「…連れてきた方としちゃ、喜んでんなら良かった」

空を仰ぎながら、ななしは満足そうに岬は綺麗だったと話す。そんなななしを横目に見ながら、俺も同じように空を仰いだ。ちらほらと星が輝き始めている。

そろそろ戻らねえと、あいつらが捜しに来ちまう。

「戻ろうぜ」と立ち上がれば、ななしは空を見つめていたその瞳を、真っ直ぐおれに向け微笑んだ。


「グリーンくん、…本当にありがとう」

「・・・・・」


揺らいでいく想いが分かった。
何も伝えないと決めた気持ちの均衡が、自分でうまく取ることが出来ずにいる。



「グリーンくん?どうしたの?」

「なんでもねぇ、行くぞ」


壊すことは望まない。
願うものが、全員同じものなのも知っている。

だから、
この胸に宿った想いが真実なら、
俺はそれだけで構わない。



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