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朝の気配にゆっくりと目を開ける。

いつの間に入ったのだろう布団から半分だけ顔を出せば、身支度を整えているレッドくんがこちらに気が付いたのだろう瞳と目が合った。


「おはよう、ななし」
「…お、はよう」

朝一番に交わした挨拶はレッドくんと。同室に泊まったのだから当たり前なんだけど…

これでもないってくらいに

恥ずかしい…!


今更言っても遅いけれど、わたしはレッドくんとまともに顔が合わせられない。
逃げるように布団を頭まで勢いよく被れば「ななし?」と、いつもと変わらないトーンの声がベッドの横から降って来る。


「寝られた?」
「…うん」

どうしてレッドくんはそんな普通にしてられるんだろうと、寝起きのせいじゃない顔のほてりを誤魔化すように枕へと顔をうずめた。

「風邪引かなくて良かった」そう耳に届いた声。
かけられた布団に対する疑問が解決されたのと同時に、どうやらわたしは泣き疲れてあのまま眠ってしまったらしい。小さい子供か!ますます恥ずかしい。

勿論お礼を言いたいのだが、今のわたしにはレッドくんの顔を見る事が激しく勇気がいるのであって。
葛藤を一人続けていれば、レッドくんがベッドへと腰掛けたのだろう重みでスプリングがキシリと音をたてる。



「…その、ごめんね」

色々と諦めた結果、わたしはベッドから上半身をゆっくりと起き上がらせた。


「今度からはもっと、…」


「もっと、なんだよ」










・・・あれ?


腕を組み、これでもかと不機嫌そうにこちらを見詰める人物に、わたしは続く言葉を見失い固まってしまった。

起き上がったその先にいるのは、てっきりレッドくんだと思っていたものだから、咄嗟に言ってしまった朝の挨拶に自分でも乾いた笑いしか出てこない。


「おはようグリーンくん…えへへ」

「えへへ、じゃねーよ!!!!!!!」

「いっ、いひゃい…!」

外の爽やかな天候と、まるで真逆の表情をしたグリーンくん。
手加減無しに、おもいっきり頬っぺたを引っ張られた。
尋常じゃないくらい痛い。

なかなか離してもらえないから、引っ張られた状態のまま「グリーンくんごめん!」と叫ぶように言えば、「何言ってるかわかんねー」と返されてしまった。

こんな力一杯引っ張られてたら、誰だってちゃんと喋れないよ!
あまりの痛さにわたしは若干半泣きだ。


「グリーン、あまり怒らないで」

「怒らないで。じゃねーっつの!!おれさまはお前らに言いたい事が山ほどあんだよ!」


グリーンくんがレッドくんに向かって叫んでいるせいで、引っ張る手に力が入る。
いよいよ我慢できなくてグリーンくんの腕をギブアップだと叩いた。

「うぅ、痛い…」

「少しは懲りたかよ」


ようやく離してくれたけど、その表情と声はまだ怒っている…というよりは不機嫌だ。
そりゃあ、こうなる事は重々承知だったけれど、心の準備が多少なりとも欲しかった…。

わたしは覚悟を決め、その場で正座をする。


「ピジョット、勝手に借りて本当にごめんなさい…」

大切に育てているポケモンだもの。研究所に預けている時はわたしが世話をする事もあるけれど、勝手に連れ出したりとなればいい気分では無いだろう。

更に怒られるのを覚悟で身構える。



「ピジョットの事は気にしてねーよ」

「え、お…怒ってないの?」

「怒ってるっつの!!」
「ぁいたっ」

今度はパシッと音をたて、おでこをはたかれる。意外な返答に気を抜いたせいで痛みがダイレクトに伝わった。頬の痛みもまだ地味に残っているのに、今度は額を押さえる羽目なってしまう。

一呼吸おいてから、グリーンくんがベッドから立ち上がる。
何か言いたそうに細められたグリーンくんの瞳と、涙目の情けない自分の瞳が重なった。


「俺たち、待ち合わせしてたらしいな?



タマムシで」



ぎくり。



そんな擬音が聞こえそうなわたしの様子を伺うように、『タマムシ』の部分を溜めてからゆっくりと言い放つ。

もうバレているのに、更に肩が強張った。



「それは、そのー…」

「ここはタマムシだったか?」

「ヤマブキでございます」

「観光にしちゃ今は随分物騒な場所だな?」


シルフカンパニーに行ったこともご存知らしい。語尾を全部疑問系にして訊ねてくる辺り、わたしから白状しろってことなんだろう。


「なんでこんな無茶したんだよ…」

わたしが謝罪を発するよりも早く、少し俯きがちなグリーンくんが弱めのトーンで聞いてきた。無茶と言われれば確かにそう。

何でと問われれば、答えは一つしかない。


「心配掛けたのは本当にごめんなさい…。でも…っ!二人のことが心配で…!」

「だったら…!!」

「グリーン。ななしも、ちゃんと分かってるから」

まだ続くグリーンくんの言葉を遮るように、わたし達の間に入るレッドくん。無理やりに仕舞い込んだ言葉のやり場を見つけ出せないまま、ふるふると拳を震わすグリーンくん。


「クソッ…!」

すると乱暴な足取りで部屋に置かれている椅子へ、こちらへ背を向け腰を下ろしてしまう。
正座をしたままその場でオロオロするしかないわたしに、レッドくんが小さく呟いた。


「凄く心配してた、グリーンなりに」

「うっせえ!!」

すぐさま返ってきたその声に含まれた感情が、先程よりはトゲトゲしくなくて。

「グリーンくん、ありがとう」と、その背中に向かって謝罪ではなく、お礼を言った。こちらからは見えないけれど、不機嫌な顔が「仕方ねえな」と返事をくれたような気がした。

話が終わったのと同時にゾロアが膝の上にちょこんと乗っかってくる。ぐっすり寝られたみたいで、ピカチュウもすっかり元気そうだった。

こちらを見詰めるその大きな瞳にまるで、大丈夫?と聞かれているようで。
「大丈夫だよ、ありがとう」とゾロアへと頬を寄せた。

すると部屋の扉が開く音に、そちらへと視線を向ける。



「話は終わった?」

相変わらず物怖じしない態度で部屋へと入って来たのは、今回一番迷惑をかけてしまったであろうファイアくんだった。

「おれさま的には全然終わってねえよ」

「ふーん。そんな事より、そろそろ出る時間」

「そんな事っ!?ファイア、だいたいお前も!!」

まるで気にも留めてないように時計を指差すファイアくん。立ち上がったグリーンくんがファイアくんへと詰め寄って行くので、わたしは慌てて二人の間へと入る。


「まってまって!!グリーンくん違うの!!ファイアくんは全然悪くないから!わたしが無理言って…!」

「んなこと分かってるっつの!」

「取り合えず準備早くしなよ」

しん…、となった室内に「お腹空いた…」とレッドくんの声が小さく響く。レッドくんの腕へと抱えられたピカチュウとゾロアも続けて鳴いた。

わたしへと集まったみんなの視線の意味が理解出来なくて首を傾げれば「ななし待ちなんだけど」とファイアくんが言った事で、わたしは弾かれたように準備を始めた。

見れば三人はすでに身支度を整えていて、一方わたしときたら先程起きたばかりで身支度も何もあったもんじゃない。わたしは何度みんなに寝起き姿を晒せばよいのだろうか。

ああ、また謝ることが増えてしまった。



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