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『ありがとう』
どうして?
わたしの方こそ…
いつも助けられてばかりなのに。
「ケガ、してない?」
「う、うん。大丈夫だよ」
何処にワープしてしまったのかと思えば、最初にファイアくんと逸れてしまった場所だ。
でも、まるでわたしが来る事が分かっていたみたいに…レッドくんはそこにいた。
疑問に思って口を開こうとすれば、腕の中で唸るような声。
「わあ!?ごめんゾロア!!」
わたしとレッドくんの間に挟まれて、苦しかったのだろう。少しムッとしてこちらを見上げてくる。
「実際に会うのは…初めてだね」
人懐っこいという程ではないゾロアだが「よろしく」とレッドくんがその頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める。やっぱりレッドくんはポケモンに懐かれやすいんだろうか。すぐに打ち解けてしまった様だ。
満足したのかわたしの腕から抜け出すと、今度はレッドくんのピカチュウと挨拶しているのかな?じゃれ始めた。
レッドくんも微笑ましそうにそれを見守っている。
そんな様子を見て、わたしもつい和んでしまう。
(本当に良かった…、レッドくんが無事で)
・・・・・。
「た、た、大変!!!!」
「…ななし?」
そうだ!こんな和んでる場合じゃない!!
血の気が引いていくのが自分でも分かった。真っ青な顔でもしていたのだろう。慌てるわたしの顔を、伺うようにレッドくんが覗き込んでくる。
レッドくんに会えて安心してしまったけれど、ここに来るまでファイアくんも一緒だったという事を必死に説明した。
「それで…わたし、ファイアくんとはぐれちゃってっ、その、だから、早く捜さないと!」
押し寄せる不安は退いてはくれなくて、知らないうちにレッドくんの服をシワになってしまうくらいの強い力で握り締めていた。
「それなら、心配ない」
落ち着かせるように重ねられたレッドくんの手。
込めていた力がゆっくりと抜けていく。
「ロケット団は、もういないから」
「…え?」
どうして、レッドくんがそんな事知ってるのかな。
さっきの爆発と何か関係してるの?
レッドくんに会ってから、頭にクエスチョンマークが浮かんでばっかりだ。
疑問は増えるばかりだけど、今はファイアくんが無事だと分かった事の方が嬉しくて胸を撫で下ろした。
「良かった…。ファイアくんに、何かあったらどうしようって…、わたしもさっき…」
「まるで僕の方が逸れたような言い回しだね」
背中から痛いほどに突き刺さる視線と、その言葉にギクリと肩を揺らせた。
恐る恐る振り返れば、無表情でこちらを見詰めるファイアくん。正直怖すぎて目を逸らせない。
「ファイアくん、ご、ごめんね…?」
何も言わないファイアくんに、謝りつつも何故だか疑問を帯びる言葉。
怒ってはいるけど、なんだか雰囲気が違うというか…むしろその睨みを利かせた視線はわたしを通り越して、レッドくんに向けられているように感じる。
「ファイアも、ありがとう」
「いいよ別に…」
わたしを間に挟んでそんな会話を始める二人。いったいどういう事だろう。分からずに首を傾げてファイアくんを見れば、不機嫌さを隠しもしない瞳がもう一度わたしを捉える。
「…いつまでそうしてんの?」
「え?」
ファイアくんの目線の先には、しっかりとレッドくんの手に包まれたわたしの手。
「わああああ!!!ごごごめん!レッドくん!」
「?」
レッドくんと手を繋ぐのは初めてではない。けれど、改めて誰かにそう指摘されてしまうと、一気に込み上げる恥ずかしさに何故だか謝ってしまった。
逆にきょとんとした様子のレッドくん。
…うーん。
なんか言い表せないこの妙な感覚は何だろう…。
考え倦ねていれば、不意に足元に感じる温かさ。
「ロコン…」
擦り寄って来てこちらを見上げる瞳からはまるで、無事で良かったと言われているように感じた。
「ごめんね、心配かけて…」
「ファイアも、凄く心配してたよ」
「レッド!!!!」
さらりと言ってのけるレッドくんに、制止をかけるファイアくん。その頬は少し赤く染まっている。ファイアくんも、わたしと同じような気持ちでいてくれたんだ。そう思うと、嬉しくて…とても申し訳なくて。
「本当にごめんね、ファイアくん…」
「…無事だったんだから良いよ。そもそもこうなった原因がそこにいる訳だし、ちゃんと説明して貰わないと」
これまでの経緯をレッドくんに説明してもらう為に、一階のロビーへと移動しこっそりとビルから脱出したわたし達。
ビルの周りだけはやはりまだ警察の人達やサイレンが鳴り響いていて騒がしかったけれど、意外と見つからないものだ…。そう思ったけれどどうもこの二人が慣れている様な気がしてならない。
遠くの方からシルフカンパニーの社長が無事に救出されたと報道が聞こえてきた時に、レッドくんが少し安心したような表情をしていた気がした。
ビルから離れ、改めてわたし達はレッドくんと向かい合う。ファイアくんなんか今にもマシンガンの如く説教を始めてしまいそうな雰囲気だけど、まあまあとその袖を引っ張って止めた。
不服そうだったけれど、腕を組むファイアくんからレッドくんへ向けられた率直な疑問。
「それで、どうしてこんな危険な場所に来た訳?」
「ジムに、入れなかったから」
「・・・・」
「・・・・」
あんまりにも分かりやすく簡潔な説明。ある意味納得してしまい言葉が出て来ない。なんともレッドくんらしい理由、と言えばまるく収まってしまう程の。街が占拠され、住民は待機。警戒される中でジム戦なんて出来るわけもない。
それなら自分がさっさと解決しよう。という結論に至ったのだろう。
ふるふると力の込められた拳が視界の隅に見える。ああ…、恐ろしくて隣にいるファイアくんの顔が見られない。
「…それだけ?」
滅多に聞かないであろう、ファイアくんの搾り出すような低音。このピリピリとする空気もなんのその。いつもの調子でレッドくんはこくりと頷いた。
ひえええ、マズイ…!
「で、でもこうして無事だった訳だし、良かったよね!!ねっ!ファイアくん!!!」
「ななしが言ってもまったく説得力ないよ」
「う…」
とっくに振り切っているファイアくんの怒りゲージは、わたしの一言によってその機能を停止させてしまったらしい。怒るのもあほらしいと言いたげに、レッドくんに向けて大きな溜息と一緒に「頼むから無茶しないでよ…」と力なく告げられた。
「…うん。ありがとう、ファイア」
「そのセリフ、今までに何度聞いたか…」
スクールでの出来事でも思い出しているのか、げんなりと呟いたファイアくん。ともあれ、みんな無事で良かった。
「わたしも、心配しすぎてハゲちゃうかと思ったよ」
「そうしたら俺の帽子、貸してあげる」
すっ、と何食わぬ顔で帽子へと手を伸ばしたレッドくん。
「そうならないよう努力してください!!」
これはこの先、危ない事はしないでと言っても期待出来なさそうだ。
まだ詳しくレッドくんから話を聞く筈だったが、もう街のネオンが映える時間帯。ここにとどまる理由もないから、一旦この街のポケモンセンターへと向かうことになった。
今日中には帰れないと言われて来たけれど、本当にポケモンセンターに泊まるんだなあ。呑気にそんな事を考えていた。
***
『もしもし?やあ、グリーンくん』
画面へと映る意外な顔に少し驚いた。
研究員の業務スケジュールなんかはだいたい把握しているので、てっきり昼にかけた時に出た人物がいるものだと思っていたからだ。
驚いていたのが伝わったのか、その疑問はすぐに解決した。
『彼、急ぎの仕事が入ってね。僕が変わりなんだよ』
彼、というのは俺の予想していた人物だろう。
昼にピジョットを手持ちに入れる為に連絡を入れたが、何でもまだ研究データが欲しいから待ってほしいと言われた。まあ、おれさまの育て上げられたピジョットならデータを取るのにも申し分ねえよな。
けど、いくらなんでももう終わってんだろ。
『そうだ、グリーンくんななしちゃん達とは会えたかい?』
…ななし?どういう事だ?
そいやこの時間に連絡すれば、決まってななしを呼んでくれるが今日はそれがない。それに『達』とは、つまりななし一人ではないという事か。まあ、確実にファイアだろうけどな。
「あー…入れ違いになったみたいでさ。…あいつ等なんか言ってなかった?」
『うーん、タマムシで会うとしか聞いてないなあ…』
タマムシ?会う?
まったく身に覚えがない。
コソコソと隠れて、何をやってんだ。
「ななしとファイアはもうそっちを出てんだよな?」
『とっくに。昼過ぎくらいには向かったよ』
…そーゆー事かよ。
『大丈夫かい?』
「…ああ、まだ心当たりあっからそっち捜す」
そう言って受話器を置いた。
つまりは研究所の人間には言えない、ピジョットに乗らなければ行けない場所にあの二人は向かったという事。研究データを取るなんて言って、俺との連絡を遅らせたのもファイアか。くそっ、まんまとやられた…。
それに恐らくは、向かった先はタマムシじゃない。
ヤマブキだ。
といっても俺はもうヤマブキを出て、街道沿いにあるポケセンにいる。
今から戻っても着いた頃には真夜中だ。
「はあ…どいつもこいつも…」
今日起こった厄介事も同時に思い返される。ファイアはまあ、ななしに頼まれて断り切れなかったんだろう。
レッドとななしに至っては…
本当に学習能力がねえ!!
明日、朝一でヤマブキに向かうか。
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