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ガタガタと風で鳴る窓の音に、ゆっくりと覚醒する意識。
机に俯せのまま寝てしまっていたみたいで、身体を起こせば所々痛む間接。時計を見ればもう午後の5時を回っており、昼寝というには随分長い間寝てしまったようだ。
何故自分がこんなにまったりとした午後を過ごしているかと言えば、理由は二つ。
『良かったらななしくんも一緒にどうかね?たまには他の街にも出掛けてみたいじゃろう』
講演会を行うため、本日のポケモンチェックを済ませた後には研究所を出発するというオーキド博士。
一緒にどうかと誘われたけれど、数日は帰って来られないらしい。
少し興味があったけれど、今回は遠慮をした。
何より、二人からの連絡を待っている自分が居たからだ。
後は頼んだと数人の研究員さんを連れて出発した博士。なんだか自分も立派にここの一員のように思えて凄く嬉しい。
体調に気をつけてくださいと言えば、ななしくんもと笑顔を向けられた。数日とはいえやはり寂しいが偉い博士なんだ、忙しくても仕方ない。
もう一つの理由はファイアくんが今日は用事があって研究所へ来られないという事。
こちらに来て一人で過ごすという事が無かったから、ちょっと新鮮である。予定が空いてしまったので他の研究員さんを手伝おうにも、その内容はわたしが到底出来るものではない。
結局こうしてノートを広げたまま、長時間のお昼寝タイムを満喫してしまった。片付けを始めようと重い腰をあげれば電話の鳴る音が聞こえてくる。
(もしかして…!)
仕事用ではなく私用のが鳴ったため、淡い期待を持ったまま大急ぎで電話を取りに行く。
「もしもしっ!!」
『ななし?』
「レッドくん!!」
元気そうな姿を見て、とりあえず安心をした。とは言っても彼の場合、表情からは元気かどうか読み取り難いが。
「もう!今はどこにいるの!ジム戦とだけ言われも肝心の場所を答えてくれないから心配して、」
『ピカ!』
・・・ピカ??
謎の単語を口にしたレッドくん?いや、まさか、これは。画面をよく見れば、黄色いものがちらちらと映る。ひょいっと身軽な動きでレッドくんの肩に乗るとその姿を見せてくれた。
「ピカチュウ!?」
『トキワの森で、ゲットした』
「かっ、可愛いーーー!!」
わー!実際見てもやっぱり可愛い!レッドくんが頭を撫でれば、気持ち良さそうに細められる目。その仕草がまた更に可愛さを引き立てた。この間の事も含めて文句を言ってやろうと思っていたのに、すっかりペースを崩されてしまったではないか…。
「連れて歩いてるの?」
『ボール苦手らしい』
確かにちょろちょろ動いて、なんだか活発そうな子だもんね!
「良いなあ、わたしも撫でてみたい」
『…今度、ななしにも見せてあげる』
そんな事を微笑んで言われたものだから、自然と頬に集まる熱。何だか恥ずかしくて慌てて目を逸らしお礼を言った。
あれ?でも、トキワの森で?
ジム戦だって以前連絡をくれた時にはいなかったけど。ボールに入っていたのかな?あ、でも苦手なんだよね。
「レッドくん今ニビなの?」
『違う…オツキミ山の近く』
…はて?
じゃあニビジムでバトルをした後にピカチュウを捜す為にトキワの森まで戻ったって事?捻り出して考えたけれど、理由がそれ以外に思い付かない。
『強くなったら、会えるかと思ったけど…
セレビィ、見つからなかった』
浮かない顔のレッドくんから聞かされた驚くその答え。
…セレビィを探しに?
その為にわざわざトキワの森へ?
『ななし、泣かないでよ』
「な、泣いてないよ!」
嘘。本当にレッドくんの前では泣いてばっかり。涙がこぼれ落ちないようにするのが精一杯だった。
「…ありがとう。でもね、レッドくんは気にしないで旅を続けて良いんだよ?」
『でもななしは…』
「二人がジムを制覇するまでしっかり見届けるよ!!応援してるから!」
陰で応援することしか、今のわたしには恩返しが出来ない。
二人と離れているのは寂しいけれどでも、博士やファイアくん、研究員さん達だっている。この場所が今のわたしにとって大切なのも事実だ。
『…うん、待ってて』
思い詰めた表情だったけれど、また微笑んでくれたレッドくん。い、いちいち反応する心臓なんなの!もう!
「今からオツキミ山に入るの?」
『うん、朝も夜も変わらないから』
確かに洞窟内は暗いもんね。でも用心するに越したことない。
「気をつけてね。グリーンくんが、ロケット団って名乗る人にバトル挑まれたって言ってたから…」
『・・・・』
「?、レッドくん?」
急に黙り込んでしまったレッドくん。無理もないか。テレビでもあんなに悪行が報じられてるロケット団だもの。いくらレッドくんでも緊張するだろう…。
『…グリーンが?』
「え?うん!もうハナダに着いたって連絡が…」
『・・・・・』
…あ、れ?なんか 不機嫌?
『俺も、もう行く』
「え、あ?うん!本当気をつけてね!!」
『ピーカ!』
手を振って言えば、肩に乗ったピカチュウが返事をくれた。そうして慌ただしく切られた電話。
あっ!自分より先を越されてるなんて分かったからか。…対抗意識満々じゃない?またケンカになっちゃうかも。
でも、旅に出ても変わらない二人がなんだか嬉しくて、先日かかってきたグリーンくんの電話を思い出す。
「もしもし?」
『へえ、ななしがワンコールで出るなんてめずらしーじゃん』
「グリーンくん!」
画面越しに見るグリーンくんは、相変わらずニヤリとした笑み。電話の相手がわたしだと分かると、早速一言多い。
「無事オツキミ山を抜けられたんだね!今はハナダシティ?体調は大丈夫?何か困ってない?」
『…ななし、いっぺんに聞き過ぎだっつの』
「だって!グリーンくんの事すんごく心配してたんだからね!」
『あのな…』
なんでか片手で顔を覆ってしまったグリーンくん。
「でも、随分早かったね?」
『…ああ、変な連中に会ってよー。それが無けりゃもっと早かったぜ』
変な連中?聞けば少し渋った様子だったけれど教えてくれた。何でもその人はロケット団と言ってたらしい。
へえ!あの有名な!
記憶が曖昧なわたしだってそれくらい覚えてる。それに、こちらではテレビで聞かない日は無い名前だ。嫌でも頭に入ってしまう。
『で、明日はマサキってやつに会いに行く』
「ふーん、お友達??」
んなわけあるか、と少々馬鹿にした感じで言われてしまう。でも聞き覚えがある名前だった。
『ハナダの岬にいるポケモンマニアだよ。レアなポケモン見れるらしいから行くけどな!』
「あ!テレビで見たかも!岬も綺麗なとこだったよねえ」
二人からの連絡を待つ電話番と化したわたしは、まさかこんな引きこもり生活を送るとは思っていなくて、最近の情報源は専らテレビからである。そう考えると博士のお誘いはまさに願ったりだったんだけど…。
「二人がなかなか連絡くれないから…」
『あ?なんだよ』
「なんでもございません」
ちょっとふざけて言えば、グリーンくんも困ったように笑ってた。
その深い緑は、どうしてこんなにもわたしを安心させてくれるのかな。
「グリーンくんってさ、優しいよね」
『はあ?なんだ突然』
『なあじーさん、ななしのやつ勉強頑張ってんのは良いんだけどさ、たまには気分転換に他の街にも連れてってやってよ』
『うむ、確かにずっと研究所に缶詰だからのう…今度の講演会に誘ってみよう』
『ああ、頼んだぜ!』
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