― 20[前] ―
二人の旅立ちの日。
お日様も顔を出したばかりの早朝に、何かが爆発したような音で飛び起きた。
「なに!?なにかの襲来!?」
「そんなわけないだろ」
「だよね、……ん?」
何故、自分以外の人間の声がするんだろうか。
借りてるとはいえ、一応ここはわたしの部屋であって…時間はまだ早朝である。身支度も整えてるわけもないわたしが声のする方へ顔を向ければ、平然とした顔のファイアくんがドアの傍に立っていた。
「な、な、なんでいるの!?」
「…博士に言われたから わざわざ 起こしに来てあげたのに、なんなのその言い草」
わざわざの部分を強調して言うと、一気に顔をしかめたファイアくん。
え、起こしに?いやいやだめですよ博士ぇえ!!
朝から大パニック、しかもボサボサ頭と寝起き顔をファイアくんに見られるという特典つき。
決して寝坊という時間ではないけれど、とりあえず、部屋の外で待っているファイアくんにお礼を言ってから支度をはじめる。
大事な日だっていうのになんなんだもう…。
しかし、飛び起きた爆音の原因があの二人だとファイアくんに聞かされて、わたし本気で見送りやめようかと思った。
ファイアくんと研究室へ向かえばそこには既に博士、レッドくん、グリーンくんが揃っていた。
「やっと終ったんだ…」
やれやれといった様子のファイアくん。何が起きてたのかまったく理解出来ないが、聞けば二人はポケモンバトルをしていたのだとか。なるほど、さっきの騒ぎはそのせいか。
ちょっと見たかったと思う反面、でも、研究所の中で?という疑問が浮かんだけれどまあ、あの二人だし…と納得してしまう自分がいた。
研究室の入口に立って様子を見ていれば、私達に気付いたグリーンくんが声を掛けてくる。
「相変わらずおせーな、ななし!完全寝坊だぜ!」
「きみ達が早すぎるんだってば!」
もう一度言うが、決して寝坊という時間ではない。
昨日はやはり寝れなくて、予定より少し遅くなってしまったが。
「それより二人とも、今日からポケモントレーナーだね!おめでとう!」
それぞれの手に握られているモンスターボール。初日なのにもう様になってるところが二人らしい。
「まあすぐに、最強のが付くけどな」
「・・・・・」
自信たっぷりと、手のボールをくるくる回しながら言うグリーンくん。昨日は少し元気なかったように見えたけど、もう大丈夫みたい。
気掛かりなのは、二日ぶりに会ったレッドくん。さっきからまったく喋ってくれないし、目が合えば逸らされてしまう。
(・・・?)
「しかしおまえさん達、…喧嘩早いのが悪いとは言わんが、」
「じーさん!説教は帰ってきたら聞くからよ!」
博士が二人に旅についての教訓だろうか、話してるけどレッドくんのことが気になってわたしの耳には全然入ってこなかった。
研究所の前でわたしと博士、ファイアくんで二人の旅立ちを見送った。
昨日グリーンくんにまた泣いてると言われてしまったので、頑張って堪えたけど…ちゃんと笑顔で見送れたかなあ。
もちろん、いつもみたいに『また明日』はもうない。
カチッ…
ふと時計を見れば、見送った時間から時計の針は随分進んでしてしまっている。
結局最後まで、レッドくんはわたしに何も言ってはくれなかった。
いつもの客間で座り込んで考えていれば、ガチャリとドアの開く音。
勢いよく顔を上げればそこにいたのは…
「あら?ななしちゃん?」
ナナミさんだ。
勝手に沈む気持ち。
なにを、期待していたんだろう。
「ナナミさん、どうしたんですか?」
「うーん、レッドくんにタウンマップをあとで取りに来てって伝えておいたんだけど…忘れて行っちゃったみたいね」
苦笑いでとんでもない事を言うナナミさん。
ええ!?マップって大事な物なんじゃないの!?
「だったら…わたしが届けてきます!」
考えるより先に出た言葉。
二人の事だから図鑑にポケモンを登録したりして、ニビまでは行ってない気がしたんだ。
地図上だけどトキワまでなら一本道。ポケモンがなくてもそんなに危険はない、ってスクールに通っていた時のことを二人に聞いていた。
「でも…、一人じゃ危ないわ」
頬に手を当てて、更にうーんと悩んでしまったナナミさん。やっぱり町から出たこともないわたしが一人で行くのは無謀なのかな。
「…どうしたの?」
そこへ二人が貰って行ったポケモンのことなどを博士に詳しく聞いていたファイアくんが戻ってきた。
「あら、調度良かった!ファイアくんも一緒に行ってあげて?ななしちゃん一人じゃ危ないものね!ね?」
「え、は?はあ…」
す、凄い。あのファイアくんが押されっぱなしだ。
なら安心!と掌に乗せられたタウンマップ。しっかり持たせるように、わたしの手を包んだナナミさん。そしてまたいつものにこにことした顔で部屋を出て行ってしまった。
「ナナミさん…」
『ななしちゃんの元気がない理由があの二人なら、ちゃんと話してこなきゃだめよ』
そっと耳元で言われた言葉。
しかし感動している暇もなく、急に背筋がぞわっとする。
「なんなの、これ。ななし…分かるように、簡潔に、説明してよ」
トキワまでの道のりを一人で行くより、ここにファイアくんといる方が危険な気がするのはわたしだけ?
***
「レッドも凄いんだか抜けてるんだか…」
理由を話せば素直について来てくれたファイアくん。道中慣れていないわたしがいるからなのか今日はロコンも一緒だ。
「ちゃんと渡せるかなぁ。その前に会えるかな…」
「トキワまでなら距離もないし大丈夫じゃないの?森に入ってたらお手上げだけどさ」
ありえない話じゃないかも。ポケモン大好きレッドくん、だもんなあ。
周りの森も念のためレッドくんを探してきょろきょろと歩いていれば、見えてくる町並み。距離がないとは云ってもちょっとした遠足だった。マサラタウン以外の街ははじめてなので、こんな状況だけどなんだかちょっとわくわくしてる。
さっそくポケモンセンターにショップと、ファイアくんの助言でトレーナーなら寄りそうな場所を見て回ったけれど、残念ながら会うことは出来なかった。
「そういえばあっち側、まだ見てないね」
「ああ、けどあそこはリーグしかないから行っても多分意味ないよ」
「リーグ…」
グリーンくんから聞いていたチャンピオンの存在。まさかそんな凄い施設がこんな目と鼻の先にあったとは。観光目的なのだろうか人通りはあるし、ファイアくんに一応見てくる!と走り出そうとすれば、向こうから見知った顔がやって来た。
「ななし!?ファイアも、何やってんだよこんなとこで」
「それ、グリーンにも同じこと聞きたいんだけど」
かなり驚いた様子のグリーンくん。
無理もない、朝別れたばかりなのに、まさかの再会。どうしたという質問には、ファイアくんが目的を答えてくれた。
「姉ちゃん、レッドには貸すなって言ったのによ」
ふて腐れてなにかぶつぶつ言っている。グリーンくんに会えたのは嬉しいけど、本来マップを渡したい相手、レッドくんはもうトキワにいないのだろうか。
「レッドの奴ならさっきじーさんに届け物があるとか言ってたぜ、けど今いる場所はわかんねえな」
えぇぇ!?
そんな、まさかのすれ違い!?
「じゃあわたし、少し戻ってみる!」
「なら僕も、」
「ファイアくんは念のためここにいて!レッドくんがもしかしたら、まだトキワにいるかもしれないし!」
グリーンくんとファイアくんの制止も聞かないままわたしは走り出した。
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