悪い現を喰べて、
今、死んだ情景を鮮明に思い出せるのも。
冷静に分析できるのも。
全部全部、ソレを超える驚きが在ったから。
「ナマエちゃーん。ご機嫌いかがですかー?」
「ナマエー、パパでちゅよー」
「ふふっ。アナタったら」
「ナマエは奈々に似て美人になるなぁ…」
よく見えない視界にも広がる、菜の花色。そして優しい、声。
わたしは赤ん坊として、ココに存在する。
見えにくい眼も、あまりにも思い通りに動かせない手足も、母音しか喋れない声帯も。そして彼らの視線の先にわたしが行き着くことも。全てがそう、如実に表していた。
そして―――。
なぜか、前世の記憶を持って。
苗字名前として生きた24年分の記憶も想いも総て受け継いで、わたしはココに在る。輪廻転生ってあるものなんだね。
最初は戸惑ったよ?
赤ん坊なんて。それに性別も変わってたし。
泣き喚いたりもしたよ?
だって、考えてみてよ。思考は24歳の女。身体は乳児。精神はきちんと考えて、話せて、行動できるのに。幼子の身体では満足にそれも出来ない。
叫んで、嘆いて。出来るのはその2つのみ。
けど、幾ら寝て起きても目が覚めない。
言語が日本語で、1年は365日あって、12ヶ月のひと月は30日平均。
24時間で、昼も夜も在って。
匂いも、ぬくもりも、日の暖かさも、風の柔らかさも、夜の深さも、掌の優しさも。
全部現実だったから。
幾ら不便でも、幾ら伝わらなくても、この異端なわたしを見つめる、優しい人達の為に、わたしはココで生きて行くことを決めた。
この人達と共に過ごしたいと、思った。
「あ、今日はお客様が来るのよー?」
「ナマエは初めてだな」
そわそわと、嬉しそうな雰囲気の二人に心の中で首を傾げる。
客?
こんな生後間もない乳幼児に?
「わざわざイタリアから来て下さるんだ」
どくり。心臓が跳ねた。
嫌な、予感がする。
インターホンが響き、男性が迎えに行った。
その間、女性は長い髪を揺らしながらわたしをあやす。
ゆらゆら、ゆらゆら。
世界が廻って廻って。
「buon pomeriggio.」
響いた柔らかな、しかし厳かな、声。
ゆっくりと、蒲公英が遠退いて。見えたのは、優しそうな初老の男性。
「初めまして、ナマエくん。わたしはティモッテオ」
聴こえた言の葉は、開幕を宣言した。
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