(田中と井藤)
 
 むかーしむかし、って言うとマジで他人事みたいな感じがして最高だけど正直に言ってしまえば別にたった数年ほど、前。詳しく言うと3年くらいだと思うんですけど、そのくらい前。古本屋で、本を売ったことがある。本、って言って良いのかわかんねーけど。本を売るならブックオフって音程付きで言える感じなんだけどなんでかブックオフじゃなくて寂れた買い取りとかやってんのかも不明みたいな古本屋で売った。気難しそうなトモダチ少なそうなおっさんが一人で座ってて、俺はカウンターにそのボロボロの本を積んで、いくらになりますかって訊いたんだ。めちゃくそにだるそうな顔をされたことを今でも覚えてる。

「売れたわけ」
「いっや全く。ミリかすりもしなかった」
「だろうな」
 結局そのまま捨てたんだったっけ。家の中にないから多分捨てたんだと思うけど。売りに行ったって言うの自体がユメマボロシのってパターンありうる。あの時期のオレの生活はゴミの方がリサイクル可能ってとこで明らかに世の中のためになってるじゃんそれはって感じだったわけで。
 偲は全然興味なさげにオレの方を一瞥した。オレの吸ってるタバコが気に入らないらしい。特にキャスターの匂いはキライだって、オレはスキなんですけど。もしかしたらちょっと頭が痛いのかもしれない。今は止んでいて月なんか出ているけど、さっきまで雨が降っていた。六月。アジサイが咲く季節はオレもニガテ。

「お前書き込むだろ、そういうのは売れねえの」
「あー。確かに! つーか偲よく知ってんな」
「結構何でも書くから。バカだし忘れるんだろ」
「そ! 夕飯のメモとかめっちゃ書いてあった」
「それはそこに書くなよ」
 音楽のことは実はそんなに書き込んでなかった。それに関してだけは覚えていられたんだと思う。今となってはその感覚自体を思い出せねーけど。短くなったタバコを草の巻き付いた電柱に押しつけて消す。げ。ケータイ灰皿忘れた。だっる。そのまま適当に放ろうとしたら隣から手が伸びてきて吸い殻をティッシュにくるんで渡された。偲はクソマジメだ。

「で、これはオレが楽譜を売った話だけど、」
「……田中幸音の考えた最強の桃太郎と浦島太郎の話の方が出来良かったぜ」
「あっははオレも超そう思う!」


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田中幸音さんは冴え冴えとした三日月の光る6月の夜、おおきな時計草が電信柱に絡む横で昔一度だけ古書店に本を売ったという話をしてください。
#さみしいなにかをかく
https://shindanmaker.com/595943






(天野と高嶋)

 あんまり面白い話じゃないけど、いいかな。彼女は言った。普段からあんまり面白い話をするタイプじゃないよお前、と、俺は言わなかった。昼前まで眠ってしまった、珍しい。俺にとっては珍しくないけれど永句にとっては珍しい。今日の天気を思えば納得もいくものだけど。ざあざあに雨が降っていて、ああ、せっかく咲いた桜ももう死んでしまうだろう。四月がやってきていた。四月らしくあまりなく、湿気た空気は部屋の中まで染みこんできていた。桜は来年になったら生き返る、またしばしの左様ならということです。逢瀬の方が一瞬なら、しばしなどとごまかすなよ。一生の間で桜を見られているのは一体何パーセントだと思う?

「リリクの裏手の非常階段、あるでしょう」
「あの、ざりざりの手摺りの。非常時には役に立たなそうなぼろぼろのやつ」
「一応消防法17条はクリアしてるんだって言ってたよ、菫さん」
「別にそれでも命は守らないだろ」

 ぼんやりとそこに立つのが好き。彼女はこっそりとライブの後にその非常階段に登る。裏口の方は基本的にスタッフ以外立ち入り禁止になっているから、永句はちょっと悪い。たまに誰かはそこで煙草を吸う、誰かって言うと大体の場合俺だ。俺は悪い。
 ひそやかで此処に居たら何もかもなかったことになるような感覚が好き。永句の言葉はまるきり俺の心をなぞって口に出しているようだった。特に夜の、表の通りの電灯も届かないような手摺りの端の方。

「雨の音がして思い出したの」
「あの非常階段を?」
「そう。非常階段を雨が打つ音を聞いていたことを思い出したの」
「ああ、そうか」
「雨の日の歩は機嫌が悪いけれど、いっとう良くなかった日のこと」

 面白くない話だけれど、わたしのすごくすきなはなし。彼女は目を閉じたまま話をしていた。低気圧できっと頭が痛いのだろう。それでも彼女は少しうれしそうに話をした。俺は彼女の時々呼吸に動く身体や横顔をぼんやりと見つめていた。あの日、非常階段の手摺りの端で話したことの内容を実は半分くらいしか思い出せない。俺は立っている彼女のことを目に焼くだけだったのだ。



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永句さんは雨音で目が覚めた4月の日曜の昼前、錆の浮き出た非常階段でただ立ち尽くしてした話をしてください。
#さみしいなにかをかく
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written by togi
2017.09.23 サイト掲載








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