:in
:歩と永句
生まれた時から恐らくこの人は、この二人は、お揃いの誕生日をお揃いで祝われてきたのだろう。なるべく、出来る限り、二人で一緒に年をとってきたのだろう。それがとても素敵で前向きであることを俺とそして彼の恋人はよくわかった上で、まるきり別々に、たった一人きりのように祝われてほしいと思ってしまった。これはつまりこんなお祝いの日にふさわしくない独占欲の話だ。
「誕生日おめでとう」
多分この人は誕生日を自宅以外で迎えるのは初めてのことだと思う。ちゃんと確かめたことはないけど、多分そうだと思う。友達と祝う時も恐らく兄と一緒に祝われた経験の方が多い。深海線も、エコーも、彼女はどこかしらで兄と切れないで此処まで年を重ねてきた。それは彼女の兄にとってもほとんど変わらない事実だ。
布団にも入らず、二人で並んでベッドに腰掛けて、ホットミルクを飲んでいた。永句は今日はそんなに調子が良くないようで、少しぼんやりしていた。家で寝ていた方がよかったんじゃないかとも思うけれど、近くに居てくれていることにほの暗い嬉しいような気持ちがあるのは本当だ。ホットミルクのなかには少しだけはちみつを入れてある。永句がいつだか角煮を作るときに買ってきてから家に常備されるようになった。
零時ぴったりに誰かにお祝いを告げたりするようなくだらないことをしたのは久しぶりというか自発的に行ったのは恐らく初めてだ。別に零時になったからってこの人が生まれてぴったり何年って訳じゃないってことも分かっている。こんな甘ったるい、生ぬるいことをするのは性に合わないなって思うんだけど。一瞬きょとんとする永句に対して携帯の画面を示す。2月2日0時、……おっと、もう1分か。
「誕生日だろ」
「わ、わかる、わたしの」
「そ。おめでとう」
「ありが、とう」
ふくふくと笑うこの人の顔を、多分大半の人間は見たことがない。困ったようなそれでいてどこか納得していないような顔をしながら、どうしたって歌うことしかできないこの人の、一瞬の表情だ。この表情を彼女に与えることが果たして彼女の歌にとって良かったのかは知らない。彼女の世界にとって良かったのかはわからない。それでも彼女に少しだけ生きるを与えられているのではないかなと思う。うぬぼれだ。
「朝になったらデートしよう」
「え、でーと」
「平仮名になってんぞ」
「わたし用意とかしてない」
「良いよそんなの。俺がしないと意味ないだろ」
誕生日。特にこれという休日ではないけど俺はこっそり休みを取っていて、彼女も講義のない日であるという幸運に感謝した。彼女の兄の方はどうしても取れなかった単位があって一時間目からでなくてはならないらしい。日宵ちゃんがちょっと泣いてた。そんなんだけど多分、二人は二人らしく過ごすのだろうと思う。
「で、一日デートして、夜にだけあいつらにも祝わせてやろう」
独り占め仕切れるほどこの人の愛され方は甘くない。ということにこの人だけは気が付いていない。仕方ないから夜だけはみんなで過ごす。ゆらちゃんに泣かれたし響にはむらはちぶのけいにしょすぞと言われたし、店長とアルトくんは夜にはリリクに来てねと迷いなく永句に直接攻撃をかますあたりがえぐい。愛が重い。俺も人のことは言えない。
「歩ったら」
「いいだろ、永句は本当は朝から晩まで俺と過ごしたって良いはずなんだし」
「ちょっと欲張りだね」
「うれしいだろ」
「ずるい」
幾度となく対で愛されてきた君へ、君が好きと言うことを上手に伝えるのは難しい。同じ名前をもつ同じ顔をした、同じ、全然違う生き物。そのことが本当に愛しいんだって言うことについて。俺は口説くことはできても真摯に告白することは苦手だ。今日という日がタカシマナガクという存在の誕生日だというそのことだって、俺にとっては最高に愛しい。そうして絶対に俺のところに帰ってくる高嶋永句という存在について、醜いくらいに愛を注いでいる。
:out
:日宵と永久
朝。たたき起こすと不機嫌そうな顔をされた。目は閉じたまま眉をしかめていた。少し前髪が跳ねてる。布団に手を突っ込んでその跳ねた前髪ごと頭を撫でまわし頬っぺたをぎゅーっとしぼると、さすがに薄ら目を開けたようだった。なんだよ、とか、まぶしい、とかもぞもぞ動きながら言った。
別に昨日までと何一つこの人は変わらない、年をとるっていうのは変わらない毎日に対する景気づけみたいなものだなって随分前から思ってるから、誕生日は楽しいし大好きだけど気持ちの上での区切りでさえあればいいと思っていた。いたんだけどね。こんな浮かれた気持ちになったりして、中学生みたい。
「今日一限だけあるんでしょ」
「ある……けど、ない……」
「それはあるって言うの」
「今日だけ、誕生日パワーでたのむよ日宵……」
「だめ。誕生日の永久は一味違うって俺に教えてよね」
この俺の恋人はちょっとばかり乗せられやすいのでううーんと三回くらい唸り声を上げながらものそのそと布団からはい出て起き上がった。高嶋永久、本日がお誕生日である。寝起きの機嫌は最悪だしあと十分くらいは毛布をもちもちして過ごしちゃうけどまあ間に合うからいいでしょう。
この人が生まれて何年目っていう区切りの日、俺の家で日付変更線を初めて超えたっていうそれだけのくだらないひとつが俺にとってはとんでもなくうれしい。誕生日とかいう行事に対してクールな枯袖日宵は死んだ。年に一度その人のことを手放しに祝って良い日とか合法で大丈夫か? めちゃくちゃ幸福指数が高い。
のたりのたりと着替える永久にも今日の俺は優しい、ので。レンジであっためた牛乳とトースターで軽く焼いたトーストを出してあげる。ここでついでにって目玉焼きでも出せたら最高だったんだけどそこまで手は回らない、あと永久は朝からそこまで食べない。意外とね。
「あ。今日待ってるからね、学校の近くのミスドで」
「うん、……え、待ってる?」
「俺今日休み取ったの。デートしよ」
「今一限はしんでしまった」
「だーめ。俺も学業サボらせるダメな恋人にはなりたくないし」
デートして。と言えば絶対断ったりしないで機嫌よさそうに笑った。でーと。と小さく繰り返す様は本当にかわいい。夜にはリリクに行く約束になっている。本当はちょっとだってこの日の永久を分けてあげるの不服なんですけど、永久がみんなに大事にされてるっているのは本当だから。そんな永久のことが好きなわけだしね。俺だって。それに今日は俺もお祝いしたい人がもう一人いる。この人の大事な双子の妹だ。今は彼女も彼女で一人きりで目一杯に祝われているはず。二人で一つではないのだけれど、二人は二人として存在してきて、今日初めて二人じゃない別々の屋根の下で別々のしょうもないやつのお祝いを最初に受けて、そしてそのしょうもないやつに笑いかけたりしている。
うー、あー、と呻きながらもなんとか身支度を終えた永久はいってきます、とつぶやくように言った。朝ご飯を食べた後も若干ごねていたが、洗濯だけ回したらあとから俺も行くから、と言ってやるとやっと納得した。玄関先で靴を履いてマフラーを巻き直す。しっかり立つと背の高さが良くわかる。一人で暮らしていたら意識しない高さのこと。
「ね、日宵、今年最初の行ってきますだよ」
「今年って言う?」
「俺の、この年の最初!」
「あっはは、いいものもらっちゃったな」
あげちゃう。といたずらそうに笑う、この人の中にはいくつになっても永遠に少年が住んでいて永遠に俺のことをときめき殺すに違いない。これからもたくさんちょうだいよ、その年のその日は一つきりしかないんだからさ。幾度となく二つをして愛されてきたきみのたった一つがほしいんだよ。たった一つの君が大好きで、たった一つの彼女のこうふくだって祈ってる。沢山の最初と最後が欲しいよ、よくばりでごめんね。
2017.2.2 Happy Birthday Nagaku Takashima!
2017.09.23 サイト掲載