(幼馴染if 幸音と偲)


「しの、」

 と呼ぶと「何だよ」とメチャクチャ低い声が返ってきた。ついでに軽く舌打ちされた。チョー柄悪いんですけどォ、ヤッダァ。ごちゃごちゃうるっせぇ都会のド真ん中じゃ本当は聞き落とすくらいのこの人の低音、を、オレは耳がめっちゃイイので逃がさない。

 3月7日、今日も偲の機嫌は最悪。まだまだ寒さがコタエル本日、百回くらいオレはこいつのことを呼んだ。この日に呼ぶときだけは「しの」って呼んでいる、のはバカオブバカなオレなりの意味付け。
 偲はゼッタイ嫌がっていてでもヤメロと言ったことはない。向こうはオレをユキオとしか呼ばないけど。オレその呼ばれ方キライなんだけどォ、とかゆーのは偲にとってはどーでもよくて、呼ばないことの方に意味付けしよーとしてる、タブン。
 今日のすべてに意味なんかミリもない。意味があったらやってらんねえじゃん。殆どのコトにイミがないからこうやって、イマドキ磁気の切符なんか持ってオレはキミと迷子以下のイキモノでいられてるワケじゃん。知ってるぅ? もう本当はこんな街の真ん中でオレなんかの手ェ引いたらドン引く程目立つんだぞ。

 電車を降りて、乗り換えするんだってこの人は言った。何番線のホームに行くのかオレは知らない。キョーミもない。偲は人混みに脚をうまく進められないオレの手首を痛いぐらいの力加減で引いた。
 夜九時、乗り換え連絡の多いこの駅は帰宅する人でごった返している。行き交う人間の数だけ存在するセイカツとかジンセイとかそういう途方もなさに今日は惨敗。
 ぐるぐるに巻いたマフラーをすれ違う人に時折引っぱられる、度に締まる首とか呼吸とかそういうの。偲の指先と服の裾を追うだけでオレには手一杯だ。偲は「バカブス」っつって振り向いてオレのマフラーを緩めた。すっと隙間に入ってくるまだ冷たい空気は酸素とドライアイスと偲に似てる。

「……肉まん、食うか」
「お? 恒例の? オレはピザまんがイイナー?」

 とかゆって、偲がピザまんをオレに買ってくれたことはない。一番最初のときは売ってなかったから、二回目のときは売り切れてて、三回目は一個しかなくて偲が食った。チョーうらやましかったことは今でも覚えてる。
 もうこれが何回目の逃避行、毎年冬にふざけたみたいにふらりと行ったこともない駅まで、もう行ったこともない駅なんて行ける場所にはなくなっちゃうくらい。今年はもう何処にも行かないんだと思っていた。もう、春だ。

 最初のあの日中学三年生だったオマエは高校三年生でオレだって制服なんか着ちゃいない。今ではオレより五センチだけ高いところにある視線とか、手もなんかでかくなってる気がするし、や、オレも背とか伸びたけどね。そういう全部が最初のあの日と全然違う。ちょっと前まで同じくれぇだった気がすんですけど、ナマイキ! 一つ下のこの男はオトトイ高校を卒業した。

 ふらっと偲が方向転換して入っていった駅ナカのコンビニには、中華まんがいくつか並んでいた。肉まんもあんまんもあるしなんか色々変な味のヤツも売ってる。オレコレ食いたいっつって紫色のヤツを指差したけどモクサツされた。ちょっと睨まれたのでムシではない。
 偲の目はホントはキレイなんだけどなんかしらんけど目付きがクソい。勿体ない、つーかもーちょいちゃんと笑ったりしてるじゃんオマエ、知ってんだなからな、クラスメイトとかといる時!

 店内は意外と広くて色々置いてあったんだけどその分混んでて「先外出てろよ」と偲が言った。そのまま言うとおり外に出て店のロゴが描いてあるガラスに寄りかかって、通りすぎていく人をぼんやりと眺める。
 夢見がちなのでちょっとだけ重たくしてきたカバン、が肩で抗議した。こっそり貯めたバイト代とか、小学生の頃使わせてもらえなかったお年玉とか、充電器とか、歯ブラシとか。バーカ。死んじゃえ。


 三年前の真冬、部活帰りの偲が家の近くの公園で制服のまま死んでたオレを引っ張って連れていったのは新宿だったと思う。オレの腫れた顔に濡らしたハンカチをあててから、ちょっと待ってろってゆって着替えもせずに財布にお年玉を詰めて来た。バカ。ばーか。そーゆートコがホントにスキ。
 そのまま名前もよく覚えてねーけど、一番遠くまで行けそうな電車を選んで乗ったのを覚えている。路線図の端まで本当は行ってみたかった。

 偲はあの日もそんなに喋んなかった、オレも全然今日なんかより口を利かなかった。切れた口のなかは血の味がした。「しの、帰んねぇとヤバくね?」とか「オマエ門限過ぎてるじゃん」とか口を開けば「うっせブス黙れ」と言われた。
 夜十一時くらいになってもう人通りも少なくなって、オレと偲は聞いたことがない名前の駅の改札を抜けた。磁気の切符の乗り越し精算をしたこと。腹減ったなと呟いた偲がコンビニで肉まんを買ったこと。
 曖昧な中でも覚えている景色はあって、写真みたいに焼き付いている。中学三年生に奢られる高校一年生というセカイノオワリっぷりである。爆笑。ピザまんは売ってなかった。

 ちなみにオチとしてはフッツーに偲の親がめっちゃ探してて真夜中にお巡りさんに見付かってキョーセイソーカン。よく考えたらチョー分かるんですけど、オレたち制服だったしね。あと、思ってるほど遠くには行けてなかったことも判明した。神奈川の端らへんにいたらしい。残念。
 しょーがないからオレも家に帰って、いつもの二倍くらい殴られておしまい。偲は迎えにきた偲のお母さんに二度とこんなことしないで、と泣かれていた。くせに。だめな息子。あれから三年繰り返してる。

 とは言うものの次の時からは賢くなって、叱られたりする前にふらりと帰った。変わらず制服のまま飛び出すようにトカイを通った。毎回九時前ぐらいには偲が「腹減ったな、肉まん食うか」つってコンビニに入った。
 毎回ピザまんがイイナーをするけどオレには肉まんをくれた。一回もオレがカネ出したことないのマジで終わってると思う。

 と。これが“恒例の肉まん”である。ちなみにオレ別に肉まんがスキなわけではないので年イチで肉まんを食べる日みたいになってる。悪くないなと思う。これが。サイゴかなァ。とか。思わないでもない。
 もう偲だって制服も着なくなっていた。そりゃそーだ春休みだもんな。ぼんやりと襲ってくるゲンジツはボーリョクでしかない。これから先もこんなバカなことをしてられるほどオレのダイスキな井藤偲とかいう男はヒマじゃねーし、ショーライがある。

「悪い、遅くなった」

 寄りかかってるのがだるくなってしゃがみこもうかどーしようか、という辺りで偲はやっとコンビニから出てきた。そんっなに並んでましたっけ。
 こっちを見た偲はおもむろに袋から無地のよくわからんダセェニットキャップを取り出して問答無用でオレに被せた。なに? ナニゴト? っつーかこんなん売ってんの、駅ナカコンビニ強すぎない? なんか色々入ってねーかその袋。

「目立つんだよなお前のその頭」
「え、なに、カンケーなくね!?」
「こっから先、若干人減るんだよ」
「は?」
「で、次にバス乗りたいし。その前にそのゴミクソ目立つバカ服も着替え……、あー、このへんで適当に買ってからにするか……」
「はい?」

 ほら、と目の前に紙の包みを突き出される。温かさが鼻先を掠める距離でぱっと手を離すものだからオレは慌ててそれをキャッチした。変に力が入って握った包みは、や、マジであっついんですけど!

「行くぞ、ユキ」

 ピザまんってオレ実は生まれてハジメテ食べるんだよね、あんなに騒いでみせてた割りに。なんか別にコレ、ピザっつーかトマトの味しかしねーな! つったらフツーにはたかれた。偲もピザまんを食ってた。人通り多すぎる最中を掻き分けて進んでいく背中ばっかでカオはみえない。見逃すことはきっとない。

「しの、」
「何だよ」
「あっは、ウケる」
「殺すぞ」

 あの日。制服だったオレたちは死んじゃったけど、もうこの世のどこにも居ないけど、それは本当に寂しくて切なくいけど、一生肉まんはスキにはならないかもだけど。何億回やり直したってこれ以上最高なことはないから、死んだっていいよ。
 一瞬振り向いた偲の目は、どうせあの日から変わってねえし、オレたちの無謀は終わっちゃいないから。



2016.10.15
written by 伽
原案 彼住遠子








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