(決して付き合うことはしない、愛と睦月)

 私と彼の会話に意味らしい意味があったことはない。大抵のことが適当で虚像で空想でほとんどのことが嘘で、そのことだけが私たちをつないでいた。
 意味は無い。無いけれど、言葉を交わす。私たちは身振りや素振りだけでものを伝えられる程、甘くも柔くもなかった。

「愛、」
「ティーバッグは終わったらソーサーにでもやってください」
「はーい」
 わざとらしく音を伸ばした返事。白髪と紫の瞳。本当に、嘘みたいだ。まじまじと見ると気のおかしくなりそうなフィクション性を孕みながら、君はティーバッグをソーサーに放置した。じわりと紅が染み出す。

「しかしよくティーバッグのことだと分かったね。まだ何も言っていない」
「……そんなもの、」
 あなたのことを見ていたら一目で分かるでしょうなんて。
「仲が良いみたいだ」
「自惚れですよ」

 甘くも柔くもなく、私たちは言葉だけで交わされていく。







(まだ付き合えてない黒梨と葵を前提とした、黒梨と叶多)

 距離としては知り合い以上だろうと、確信している。というか友人以上だということも自惚れでなく想定することが出来る。そのくらいの、本当に近しい、親しい仲となってからもう随分と経った。随分とっていうか本当に、随分と経ってしまった。

「ヘタレだね、暗清は」
「お前にだけは言われたくねえわ」
 秋雨は少しきょとんしてから「あー、」と切り出しにくい煮え切らない声を漏らした。

「その、付き合ってる」
「は?」
「だから、時姫さんと、えーっと……一週間くらい、前から」
 言ってなかったっけ、ごめん。なんて、ちょっと待って。

「だから俺は暗清ほどヘタレではない」
「その理論はわかんねえけど」
 もっと俺たちよりもゆっくり、傍から見てもじれったいくらいにゆっくりと近づいていたのが秋雨と時姫だった。はずだった。ていうか七日間も黙ってんなよ。世界とかできちゃうだろ。おい。

「踏み出したらきっと一瞬だと思うけど」
「えっらそうに」

 まだ、怖いのは。怖いのは決して彼女が信じられないわけじゃなくて、ただひたすら本当に夢中になってしまうだろう俺のこと。







(付き合い始めた時姫と叶多)

 歩いているときの距離が、変わったわけではない。今まで通りくっつきもせず、離れもせず、隣り合って傘がぎりぎりさせるだろうというそういう距離が、きちんと私たちにはあった。あるままだった。

「時姫さん、一人で使っていいよ」
「何故、それなら私が濡れるわ」

 雨に降られた。私は傘を持っていなくて彼は持っていた。それだけのことだったが、しかし私にとって――願わくば私達にとって、それは大問題だった。

 恋人同士となった私達にとって。初めてこうした距離の中に入った瞬間だった。何故。こうして関係に名前を付け直すことがこんなにも心臓に響くなんて。苦しくて。だって私達にとって一つ一つに意味が付いてしまうなんて。

「ねえ、変なことを訊いてもいい?」
「なに?」
「私と恋人になったことは、苦しい?」
「……苦しい、そうかもしれない」

 苦しいくらいうれしい。

 そういいながら彼は傘の軸を風に煽らせてすこし慌てたように両手で傘の柄を握りなおした。ばかね、と私は笑う。時姫さん濡れなかった? と、濡れながら訊いてくる貴方。そうなのだ。苦しいくらい、うれしい。

「私も同じよ」

 傘を差しかけるのがへたな君を、好きになってよかった。






手書き小説まとめ
2015.12.16 編集







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