『メランコリック』(こくあお)

「……黒梨」
「うん?」
「やっぱ、いい」
何だよ、と家計簿から目を上げたけれど葵の視線はすでに携帯に向いていた。時姫と話してた時はあんなににこにこしてたくせに、ふとした瞬間には機嫌が曲がっている。しかめ面で眉間に皺よせて、全くもってそういう不機嫌顔。
「……分かった、」
「なにが」
「悪かったよ、ちゃんと買い物出るし今日はお前の好きなもんにするよ」
 昨日結局外に出ないで簡単なもので済ませたとか、だから米も切らしてて麺で済ませたとか、思当たることは無いわけでなくてまあ全部飯のことなんだけど。
「そうじゃ、ないのに」
「じゃあ行かない?」
「うー……、行く」
 行く! と、もう一度言う葵はちょっと不服そうででも俺より先に席を立った。俺は財布だけポケットに入れて、携帯は気分じゃないからソファに放る。
「でも、ごはんじゃないからね、今回はね」
「そっか、でも俺馬鹿だからわかんねーし、」
「そういうとこ! そういうとこだもん!」
 ふらふらして、誰にでもへらへらして? でも本人に悪気なさそうでやきもちって言うにもなんかだっせえなって、そうやってメランコリー? 全然わかるよっていってやんないけどね。あたまかかえてんのがお前だけだと思ったら大間違いだぜ。

image:メランコリック(Junk)






『朽無の華』(しょたあお)

 ドアを。真っ白いドアを。あけるところまで、もう無意識。意識したらなんか色々放棄して死ぬかもしれないから、それは俺が。病院の屋上の鍵が開いていないのはもしかしたら患者よりも見舞客のためなのかもしれないなとか、それは笑えな過ぎる冗談。
「今日は気分いいの? 起きてんだ」
 こちらを見ることも無い。そっと遠くを眺めて居る。窓の外。初夏の風は温いけれど確かにこの真っ白い空間にほんの少しの色を持ち込むには丁度よくて、枯れ始めた花瓶の花はもう色には遠かった。
「……あ、」
「うん、花替えるから、持ってきた」
 殆ど意識がない。冷えてはいないけど俺の知っている彼女よりも幾分か体温が足りないような気がした、のは、いつだっけ。大体彼女の体温を最後に確かめたのは。会話も勿論成り立たないから彼女の呼吸の合間の様な隙間を相槌に見立てて独り言を言う。上手になったと思うよ、思う。こんなこと得意になりたかったわけじゃないけど、無いけどね、全然、全然。
「そういや葵が咲いてんだ、外には」
 当たり前だけど、返事はない。「こっからじゃ見えないけどさ、病院に曲がる直前の角」返事はない「多分お前よりでかかったな、今度見に行こう、」返事は「お前が育ててた葵も咲いててさ、」返事は「家の裏のやつ、ちゃんと毎日水やりしたんだ」へんじ、「二年草だから今年初めて咲いたんだよ、お前楽しみにしてたよな、今度持ってこれるかな、赤いのと白いの、白い方がお前は好きかも、でも明日台風らしくて、倒れちゃうかな、そしたら悲しいな、来年もさけばいいけどどうかな、」へんじ、は、「なあ、葵」返事はない。「はは、うん、」ない。ない。ない、ない、ない、まま。

「……あおい」

 三橋葵は、返事をしない。
 確かに俺よりも体温が低いことを思いながら抱きしめても。

image:クチナシの花/朽無の華(kous)






『花占い』(しょたあお百合)

「先輩は向日葵が似合いますね」
 少し笑って、葵が言う。花屋の店先には黄色いその花が束になって生けられていた。初夏の風が彼女の黒い髪とスカートを揺らした。少し湿った温い風は彼女と居る私の胸の音を隠せるか。
「……え。どういう意味?」
「そのままの意味ですよ」
 悪い意味はないです。綺麗にアイロン掛けされたスカートは、しかして恐らく彼女の親が掛けているわけではないのだろうということ。
 男だろうか、女だろうか。三橋葵は滅多に家に帰らない。私の家に来ればと、言える距離であることも分かる。私がそれを躊躇うのは、恋と名付けた理由。

「先輩の匂いが似てるなって」
「向日葵って匂いあるっけ、しらねーや」
「あ、またそうやって口が悪いんだから」
 ちょっとおしとやかにしたら絶対にモテるのにそうしないんですから、と、くすくす笑う。「お前が嫌ならやめるけど」「わたしは嫌じゃないですよ、先輩なら」どんな先輩でもいいなんて、言わないでください期待するでしょ。

「ねえ先輩、今日わたし泊まるところが無いんです」
「ふうん」
「ふうん、ですって。ひどい」
 彼女のほうが随分と花が似合うななんて思った。揺れて、日の光は随分と柔らかくて、
「今日行く宛がこのまま決まらなかったら向こうのホテル街行きかなー」
「え、」
 あのあたり治安悪いだろ、と言う前に「最近あのへんまた治安悪いそうですね」なんてにやにやしながら言う。えっと、お金もあんまりないしどうしよっかなー、お前さ、ふふ、あのさ、そうです付け込んでますよ、本当そういうとこ、

「好き?」
「……嫌い」

 先輩のそういうところ可愛くて好きですなんて、言わないで私の手を取って。

image:花占い(●テラピコス)






『リンネ』(こくあお薔薇)

 首を絞めて、殴られて、殴って、殺すと言われて、死にたいと泣いて、愛していると囁いて、一瞬で憎悪して、手首を切って、電話を切られて、その目を抉りたくて、この喉を潰してほしくて、殺してほしい。繰り返して、繰り返して、繰り返したそれだけ日常に近づく暴力。
「面倒なんだ、もう、いやだよ」
 彼の口から出たのは、疲弊しきった苛立ちの混じった言葉。例えば、俺が彼と幸せになることが出来ないということ。分かり切った様なえげつない程明確な当然の。それが彼によって現実の音として表されることは、世界の終わりだ。

 くらくらとして、眩暈。朝からどうやって過ごしたのかもう覚えてない、葵が出て行って多分そのまま酒を飲んで吐いて薬を飲んだらもっと悪化して吐いて吐けないけど吐いて、葵が居ないからそのまま家を出て、今は駅。いくつかの電車が通り過ぎた。快速の電車はそこそこの速さで抜けていく、各停しか止まらない場所。
 いつだか葵と一緒に笑ってこの場所から遠くの海まで出かけたこと、無邪気な彼に救われた気になって。真夏のじっとりとした夕方の風は今では酷く重たい。
「どうしたらいいか、分かんねえや」
 死にたい、というのももう億劫で違う気がして死にたくて。終わりが見えなくて、だって俺はこのあときっと彼に謝って泣きながら暴力的なセックスをして彼を殺しかけて殺されかけて。そうしてまたうやむやにしながら終点のない関係に喰われてしまう。

(死にたいなら死ねばいいじゃん)
(俺にばっかりになってるのへんだよ、おかしいよ)
(そういう黒梨は、ごめん、苦手)

 携帯は鳴らないこと。意地の張り合いですらもうなくなってしまった。虚しい。必要とされない時間はひたすらに長く、生きていく気持ちばかりが減っていく。一歩。跳ねるように踏み出せばいいだけだということを、真っ赤になった世界は教えてくれる。そうでもしないと彼にも俺にもその先が生まれない。

「勝手に死なれた方が、迷惑」

 後ろからかかる、声は明らかに苛立ちと嫌悪と憎しみと疲労と惰性と、愛を含んで響く。嗚呼駄目だ、また引き戻される環状線。

image:リンネ(ハチ)






『Just Be Friends』(しょたあお)

 もうだめだなって思ってからもずっとこんなんで、だからずるずる幸せじゃないのにしあわせそうに笑わせてごめんなって、無理して笑うとかわいくねーなって、それだけだよ。
 ずっと言わなきゃならないと思ってたことがあるんだけどって、我ながらマジでド下手糞な切り出しでだっせえなって、最後までカッコつかねーな、はは。

「……祥太?」
「なんだよ」
「泣いてるの?」
「はあ? なんでだよ」

 俺が泣くのは違うじゃん、だって俺が振ってんだよ俺がお前と別れたいって言ってそれにお前が頷いてだからこれで俺達の関係はおしまいでサヨナラでそういうことじゃん、俺が悪いんだよ。泣くわけねえじゃん、あほか。

 何度もしあわせでふわふわしたあの時間を思い出す。放課後に行った古本屋。俺が全然本を読めないからって買ってくれた銀河鉄道の夜は実はまだ半分しか読めてないこと。教室の隅で一緒に聴いた音楽。今でもプレイリストの一番上にある。雨の日は狭いのに同じ傘に入って。馬鹿だからきちんと次の日は俺が風邪をひく。初めて作ってくれた夕飯が気に入ってそれから同じメニューばっかり頼んだのを、馬鹿だって言うかな。
 今どんな顔してんだろう俺って気にしたのは何回かあるけど、泣いてねえかなって気にしたのはこれがはじめてなの、結構悲しいもんかのかもなって。ああ、もういっかいだけ二人で笑って本当にしょうもなく下らないことでそのあと本当にばかみたいだったって言いながら一緒に手を繋いで歩く日が、もう、来ない。

「友達に、なろう」

 真黒い目がこうしてこの距離の中で俺を映すことも、それを俺が認めることも、これで最後なんだなってそれだけで切ないからなんて安上がりだろう青春は。その終わりは。

image:Just Be Friends(DixieFlatline)






『ラストソング』(こくあお)

 居なくなった、というのは少し違って。うまくいかなかっただけだと思う。追い出してしまったのかもしれない。出て行ってしまったことは、事実だった。
「ばいばい、黒梨」
 ドアが閉まる瞬間が何度も何度も再生される。俺は少し泣いたかもしれないけど、今はもう泣いていなかった。ただぼんやりとベッドの上で座って、本当にそれだけ。

 小さな彼女の声を、俺はどうしたって繋いでおくことは出来なくて、それだけのことだった。俺には言葉も意味も行動も意思も足りな過ぎて、きっとこんな好きなんて気持ちだけじゃ生活は出来ないから。
 幸福にしてやれないからなんて大それたことは言わないけど、好きでも上手くいかないことがあることを知らないではいられなかっただけ。

 ほころびは本当に小さくて、最初はきっと。好きだった音楽を聴くことが苦痛になってしまうような。美味しかったお菓子も少しずつ飽きてしまうような。日々が、罅が、崩れていくことを止める方法が分からないくらいには馬鹿で。でも悲しい顔で困ったみたいに笑う回数が増えていることに無自覚でいられるほどお前のこと嫌いになんかなれないから。だから、だめだったんだ。だけど、だめだった。

「好きだよ、葵」

 好きだと言った回数は、一体いつから減ったんだっけ。舌に久しぶりに乗せた言葉のぎこちなさに笑うのも、もう一人だ。俺の言葉は下手で少なくてきっと葵からの愛情は貰い過ぎていて。うまくいかなかった。

 元々狭い部屋は、葵が居なくなれば広くなってもおかしくないのに随分と狭くなってしまったみたいだった。埃っぽくて、湿気た匂いが少ししていて、寒い。大切な人の居ない空間がこんなにも悲しいことを、葵が知らないままで居てくれることをもしかしたら願っている。

image:ラストソング(FatmanP)






『二息歩行』(あんみた)

 例えば生まれたこと。例えば生きていくこと。例えなくても、息をしていくこと。
 俺と祥太と葵といういびつでだけど不思議なほどバランスの取れてしまっている三人は、きっとどうしたって三人で生きていくことをするしかない。
 一人では生きて行けない俺達を仕方ないから世界は三人にすることにした。ひとりにならないように。ひとりでもいられるように。息をする手段がより多いように。どうしたって初めから三人で呼吸することをしてきたように。

「でも葵を苦しめるかもって」
「もしか殺すんじゃないかって」
 時折不安になることは、ある。俺にだってあいつにだって存在する漠然とした、俺達二人をこの小さな背中に乗せてしまうことへの不安。独占欲も所有欲も強い女だから。俺達のどちらかを手放すなんてこときっと出来やしないかわいそうなやつだから。ばかなやつだから。

「大丈夫だよ。だって二人がわたしなしで生きて行けないことを、わたしは知ってるもの」

 葵だって俺達のどっちが欠けたって死んでしまうくせに。なにもしなくなってしまうくせに。生きる事なんか辞めてしまうくせにもう取り返しはつかないくらい綺麗に癒着している。
 にっこりと笑う彼女は俺達ふたりと息をして生きていくこと以外の選択を捨てていた。恐ろしい位なにひとつ躊躇なく。例え俺達が彼女に刃を向けたって他の生き方になんて見向きもしないから。

「だいじょうぶだよ、あんしんしてよ」
「なにが安心だよ」
「本当、おまえ馬鹿だな」

 俺も馬鹿だけど、相当に。三人で呼吸したって心臓は増えも減りもしないし吸える酸素も動かせる細胞も何一つ共有できないのに。言葉だって考えていることがって捉え方だって世界の見え方だって何一つ同じではないことに絶望する回数が増えるだけだ単純計算で二倍がしかも各々だぜ、サイアクじゃないか。それでも三人で無益な二酸化炭素の交換をすることにきっと安心してしまう。

「いいじゃん、ほらふたりともキスしよう」

 ああだから俺達はどうせ一生こうやって生きていこうよ、

image:二息歩行(DECO*27)




20140629
written by togi





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