――しぬまで、ずっと、


(泣けばいいのに、かわいくないな)

 そう言ったら、彼女が傷付くことを知っていました。知っていて、彼女を傷付けることを躊躇わない俺のことを、誰か殴ってください。叱ってください。正しい道に戻してください。苦しまないよう、殺してください。壊れた俺を、直してください。
 煌めく未来なんて求めません、ただ、叱って欲しいだけだから。当たり前のことを当たり前のように言ってくれる誰かが、欲しいだけだから。特別ななにかなんていらないよ。俺は、彼女を傷付けないで彼女を手に入れる方法を、知りたいだけなんだ。

(あぁ、でも、知らないわけじゃない)
(俺が得ている時間の中で彼女を手に入れることは、土台無理だってこと)
(だから思うんだ、そんな方法があったなら、よかったな、ってさ)

 二人、呼吸をする音だけでお互いの存在を確認する、真昼。彼女の姿は俺には幻みたいに見えていて、綺麗で、それを壊して汚してどうしようもなく駄目にしたいと思う、俺がいた。三橋を責める資格なんてなかった。俺は思考において三橋と同等かそれ以下でしかなくて、しかも自覚があるくせに、止めようとも思わない。それは、彼女は泣いてしまうわけだ。
 ごめんね、そんなことでしか幸せを映せない、俺で。俺が生きていることが罪であることを認めるから、罰として、お願い俺をあいしたりしないで。

 彼女の読んでいる本にすら嫉妬する、醜くて浅ましい俺ですよ。なんだかもう全部嫌になりそうで、ため息混じりに立ち上がる。彼女が肩をおおげさに揺らして、反応した。

「……なに?」
「あ、うう、ん、なんでも」
「そ。ならいいんだけど、いちいち怯えたりするの、されてる側としてはいい気分しないんだよね」
「……ごめん、なさい」

 彼女のナイフは、優しい上に甘い。裏に潜んだたおやかな感情が、透けて見えている。俺は彼女みたいに優しくなれなくて、世界を認めるには時間もなにもかも足りなくて、日常の切れ端すら、愛せないでいる。
 なにを、どう壊したら、彼女を綺麗に愛せるのかな。俺の腕か、脚か、切り落としてしまえばいいのかな。こんな、腐るのを待つだけの身体なんかいらないから、これを八つ裂きにしてもらって、愛の証に出来たりしないかな。彼女はそんなグロテスクな心中立て、いらないか。そうだよな。俺の身体ひとつを自由に出来るから、なんだって言うんだ。俺の心ひとつ、彼女には届いてくれないのに。

 怯えるように目を揺らして、必死に俺を見つめる彼女を壊すには、あまりにも足りない。俺の価値だとか、彼女が俺に向ける愛情だとか、許容だとか、様々なものが。足りなくて、それは俺がいくら足掻いたとこで、埋まるものじゃないから。

「……買い物、行くけど」
「え、ぇ」
「ついて、来る?」
「……いいの?」

 不安と期待の入り交じった瞳に、押し潰されそうになる。「いいの、って、訊くとこからして間違いなん、じゃ――、」呼吸を、忘れた二秒だか、二分だか、知らない。知らないけど。

(秋雨は、愛されることが怖いのね)
(愛されることが嫌いな三橋に言われても、傷付かないよ。俺は暗清じゃないし)
(わたしは秋雨なんか傷付けても、満足しないよ。壊したいのは、お互いに一人でしょう?)

(世界で一番柔らかだと思った、あの笑みの裏に、誰よりも溢した涙があるんだ)

 咳き込む、咳き込んだ。「っ、げほ、」久しぶりに、まともに呼吸が出来なくなるほどの、数十秒呼吸がままならなくなるほどの、咳で。
 口元を押さえたまま、膝から崩れ落ちる。「叶多、く」大丈夫? その言葉が、あまりにもまっすぐ胸に届こうとして、甘やかした優しさが、綺麗な指と一緒に俺の背中に伸びてきて、俺は、――俺、は。

(いやだ、さわらないで)
(ころしたく、ないから)

(こわしたく、ないから)

 ――やさしく、しないで。

「……触るなよ」

 ひゅうひゅうと鳴る喉から、なんとかして絞り出した、精一杯に低い声に、彼女は伸ばそうとしていた手を引っ込めた。後悔したって、もう、すべてがあまりにも手遅れで、仕方ないよ。どうしようもない。だから諦めることにしたんだ、そうやって、全部をさ。
 ごめん、それだけ呟いて、突き飛ばすように肩を押して、外に出る。「叶多く、ん」高く震えた声が背中にかかって、きっと泣きそうなんだろうと思って、それにどこか満足してしまっている俺が嫌で嫌で仕方がなくて、聞こえないフリをした。

 こうやって拒絶したら、泣いてくれるのをわかってる。俺は、彼女を壊したくないのと同じくらい、彼女を壊したい。

(……あぁ、最低だ、)

 俺って。



(written by 遠子)



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