(父子家庭で育った葵が父を亡くし親戚である祥太くん(の母)に引き取られて男子大学生と女子高生の義兄妹どころか何にもなれない生活が始まる話)

 
 兄と妹になったことはなかった。ただの一度も。どんな一秒もわたしたちは他人でいたかった。
「今日の晩飯なに?」
「キムチチャーハン」
「俺好きなやつじゃん」
 のしかかってくる腕のつよさだとか、頬にかかる髪の毛の柔らかさだとか、そういう一つ一つに、思うよりもずっと、心を奪われていく。
あと何年も経てばこの感情は仕方のなかった想い出に変わって、勝手に消化されるんだろうか。悩んでも転んでも傷が増えるだけで穴が埋まることなんてなくて。

「きょう1限休まなかったんでしょ。ごほうび」
「毎日1限行くわ」
「むりしなくていいよ」
「そんくらい嬉しい」

 ばかみたいなこの人を兄と認めないことは大人から見れば意地でおとうさんが見れば我儘でわたしが思うに恋だった。告げない感情を笑う人はどこにもいない、毎晩思い知るのはこの人がいる夜の穏やかさとあたたかさばかり。


 死んでしまいたいなあ、
 そんな言葉も嘘みたいだった。


tohko





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