幕恋ワンライってやつ

【俺だって】


使いで外に出ていた俺が宿に戻ると、姉さんが誰かの為にお茶を淹れていた。
誰かのって、龍馬さんの為に決まってはいるけど。

立ち止まり、その様子を見つめる。

ついでだから俺の分も、と声をかけようと、一歩足を踏み出した。

そこで見た、笑顔。

こんな顔、見たこと無い。今まで俺が見た中でも群を抜いている、幸せそうな微笑み。

「龍馬さんには、あんな笑顔を見せるんだ…」

胸の奥がぎしりと音を立てた気がして、俺はその場から立ち去った。

部屋へ戻る途中、縁側で空を見つめる龍馬さんを見かけた。お気楽そうな呆けた顔をしてるのに、瞳だけはしっかりと光を携えている。

胸の奥で鳴る音が一段と大きくなった。
澱んだ靄が、身体中を支配するような感覚に目眩すら覚え、足早に部屋へ戻る。

それから間もなく。
もう、今日は二人の顔を見たくないなと思っていた矢先、厠に行きたくなった自分を恨んだ。

またあの縁側を見なければならない。
俺はため息を吐きながら部屋を出た。

遠目で、なにやら楽しそうに談笑している二人を見る。俺は気づかれまいと、忍者のようにそこを離れた。

「それにしても、姉さん変な動きしてたけど…」

あれは、なんだったんだろう。

用を済ませ、今度こそ自室に籠ろうと決意を固めたところに、その人は現れた。

「あれ、慎ちゃん!おかえりなさい!いつの間に帰ってたの?」

無邪気な笑顔で話しかける姉さんに脱力をする。
苦笑いでため息を吐き、諦めて話を続けることにした。

「だいぶ前っすよ。」

「そうなんだ!全然気づかなかったよ…ごめん…」

お盆に乗っている空の湯呑みに視線を落とし、気まずそうな顔をする。

「いいっすよ、お陰で、さっき龍馬さんと居る姉さんが変な動きをしているのが見られたっすから!」

「え!!あれ見てたの!ヤダ………!」

やだやだ、と恥ずかしそうに顔を赤らめるけど、顔を隠そうにも両手は塞がり為す術もなく、そのまま俯いてしまった。

「いったい、なんだったんすか?立ったり座ったり」

「え…えぇと…」

姉さんは、上目遣いで俺を見ると、羞じらうように話す。

「龍馬さんて、何を見てるか解らないでしょ?見てる先には、きっと未来があって…」

姉さんは、そこで少し口ごもり、何故か寂しそうに笑った。

「物理的にでも、肩を並べられたら、同じ場所が…同じ未来が見られるかなと思って」

「……あ……あぁ、成る程」

「わけわかんないよね、ゴメンね。あ、慎ちゃんにもお茶、淹れてくるから部屋で待っててね!」

曖昧な返事をしたら、姉さんはぱたぱたと慌ただし足音を立てて、俺の横をすり抜けて行ってしまった。

「肩を並べたいなんて、女子が考える事っすかね…」

苦笑いでその背中を見つめながらも、そんな風に思われている龍馬さんを心底羨ましく思っている自分が少し、情けなかった。

「俺だって、負けないっす!」

ぐっと両手に力を込める。

「俺も、同じ未来に向かえるように、肩を並べるどころか、追い越してみせるぞー!おー!」

右手を高く掲げてから、左手も上げ、思い切り延びをして、深く深く呼吸をしてから部屋に戻った。






2014/06/30 00:22



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