俺以外に騙されるんじゃねえぞ [ 21/43 ]

「ハンジ班所属、ナマエ・ミョウジです。書類をお持ちしました。」


しばしの静けさに包まれ、きょろきょろと周りを伺ってみる。誰もいない。
回しかけていたドアノブからそっと手を離す。

扉から一歩離れ、見えるはずのない部屋の中が見たくて扉を見つめた。


何時もなら「入れ。」と、はっきりとした兵長の声が扉の内側から響くのだが、今日はいくら待ってみてもその声は聞こえて来ない。

不在を知らせるプレートも扉には掛かっておらず、我が班長ならば”掛け忘れ”で不在も良くある事なのだがこの部屋の主は兵長である。

少しの汚れも許さないような神経質な上司が、掛け忘れるなど気持ちの悪い事をするとは考えにくい。

そっと、冷たそうな分厚い木の扉に耳をつけてみる。

部屋の中からは物音一つしない。

しかし窓が開いている様で、外の訓練の掛け声が部屋の中に浸り、この扉の外まで伝わっている。

やはりこの部屋の中にいる事はいるのだろうと確信した。
窓の閉め忘れなど、プレートの掛け忘れより有り得ない事だ。


「兵長。ナマエ・ミョウジです。
・・・・・開けますよ・・・?」

一応間をおいて待ってみても、それでも声は返ってこなかった。

取り敢えず開けてみてしまえ、と。
この不思議な事態を確認するべく大胆になった気持ちに従った。
厳しい上司の部屋の扉を返事を待たずに開ける事に胸がドキドキと鼓動する。

そっとドアノブを回し、目の幅分だけ扉を開けて部屋の中を確認した。

今この光景を後ろから兵長にでも見つかってしまったらどう言い訳しようかとハラハラしていたが、部屋の中が視界に写ってそれは杞憂だと胸を撫で下ろす。

ドアノブを押し入り口を広げて入室すると、思わず見入ってしまうような光景がそこにあった。


あの兵長が、俯いて眠っている。
いわゆる居眠り、というやつだ。

腕を組んで首を曲げ、顎を鎖骨に付けるようにして眠っている。
腕に抑え込まれている胸が呼吸に合わせてゆったりと上下する。

机の上には書きかけの書類が広がっており、開いている窓から風がそよいできて持って行こうとぱたつかせているが風力が足りない。

窓から入った心地よいその風が、兵長の長い前髪をそよがせ頬を撫でて寝かしつけたらしかった。

寝違えてしまいそうなその体勢に、どうしたものかと周りを見渡してみるけれど何もない。
私にミケさんや団長くらいの体格があれば、向こうの方のソファまで運んであげる事も出来るのだが無理だ。

第一、こうして貴重な兵長の居眠りを目撃した事が信じられないほどに珍しい事であって、きっと抱えでもしようものならすぐに目を覚ましてしまうだろう。もうしばらく眠って貰って、目下の隈を緩和して欲しい。兵団の為にも。

足音を立てないよう、そろりそろりと兵長に近づく。床が絨毯で良かった。

ゆっくりと目的の書類を机の端に乗せ、すぐそばの兵長をまじまじと見た。


いつも寄せられている眉間の皺は綺麗に伸ばされていて、すやすやと眠っている。
鋭い眼光も今は閉ざされていて、兵長というよりリヴァイ・アッカーマンという一人の男の寝姿がここにある。


「好きです。兵長。」
と、心の中で小さく呟いてみる。
当然、兵長には何の変化もなく穏やかな睡眠をとり続ける。

もしかしたら眠っているのは私の方で、これは夢なんじゃないかと思った。

外から聞こえる掛け声の音と、窓からするりと吹いて兵長を撫で、部屋の中を駆け回る風。そして穏やかに眠る兵長。
部屋中が心地よさで満たされていて、いつもの日常とは違った、居心地の良さを全身で感じている。


意外と逞しい二の腕に掴まって少しだけ覗いている、細いけど男らしさのある四本の指に、そっと、そっと自分の指を添わせてみた。


兵長は、まだ起きない。


兵長の指は冷たかった。

兵長の指と寄り添った自分の指が、いつもブレードを握っている手より女らしく見える。

そのまま前髪を避けるようにして顔を近づけ、固く閉じられている唇に唇を当てた。


「 !!! 」

押し付けるつもりはなく、ただかすめた程度で去るはずだった唇を貪られる。目を見開いた先には相変わらず瞼を閉じている兵長の瞳と、その瞳と眉の間に平行に引かれた皺だけが見える。

首に回された腕と後頭部を引き寄せて離さない手の平が口付けをより深いものへと助け、いいように口内をかき回され、荒らされる。

「んっ!んんん!ん〜っ!!」

抵抗も全く意味を成さずに、唾液が混ざり合うまで存分に舌を絡め取られてようやく満足したらしい兵長にリップ音を立てて唇を解放された。

はみ出した唾液を拭う手の上の瞳が、ギラギラと不敵に私を捉えている。

とてもさっきまで寝ていた人の目とは思えない、力強い眼光。


「ま・・まさか起きて・・・!」

立ち上がった兵長から逃げなければと、後ずさった分だけ兵長が歩を進める所為で距離は一向に遠のかない。

赤面し、怯える私をついに壁際に追い詰めた。

さっき触れていた指が壁を突き、手の平をつけて壁にもたれる兵長の体を支える。

視界が覗き込む兵長の顔で一杯になった。
表情のない顔面の中で、瞳だけが先走って私を見つめる。


「俺以外に騙されるんじゃねえぞ、ナマエ。」


口元がにやりとした事を確認すると同時に、再び唇を捕らわれた。

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