「あいつは何だ。」

「兵長!!奇行種です!!」

「右から10m級四体!接近してきます!!」

「ちっ!ぞろぞろ湧き出てきやがって・・!!
ペトラ、黒の信煙弾を打て。救援信号もだ。」


どうする・・・奇行種は俺が殺るとして、10m級を四体もペトラ達四人に任せて大丈夫なのか


馬を蹴り上げ、走らせながら考える。

生憎の悪天候で、スピードを上げる度に雨が顔を打ち付ける。
二つ上がった信号は、この天気の中で役目を果たしているのだろうか。


精鋭四人だが俺と四人の間には明らかな実力差があり、俺が四体を殺って、ペトラ達に奇行種を任せる方の選択を取ったとしても、どちらも危うく感じる。奇行種は動きが読みずらく、普通の巨人とは訳が違え。しかも運が悪い事に、大型の奇行種ときてる。


・・・・どうする・・考えろ・・・!



「俺は後ろのでけえのを殺る!お前らは四人で右を片付けろ!一人も負傷するんじゃねえぞ!」

「「「「はい!」」」」


やはり奇行種は俺が殺る・・!

少しでも早くこいつを片付けてあいつらの援護に回ればいい・・!


巨人にアンカーを刺し、回り込んで腕を切り落とした。

再びアンカーを刺し直し、もう一方の腕も切り落とす。


頭だけで食らいついた巨人の歯が空中を噛み、地面に倒れ込んだ所でうなじを削ぎ落とした。

返り血を浴びながらも、部下達を確認するとまだ巨人三体を残して戦っている最中だった。

やはり、四人で四体は多すぎたか・・!

駆けてきた愛馬に飛び乗り、援護に向かおうと手綱を引いた時、巨人に狙いを定めているオルオの背後を狙う巨人の手の平が目に入った。


「オルオ!!後ろだ!!!」


オルオの視線が巨人の手の平を捉えた瞬間、それに赤い亀裂が走り肉片となって地面にぼたぼたと零れ落ちた。



あいつ、何者だ・・!


オルオを掴むはずだった手を肉片にしたのは、確かに人間だった。

手の平を切り刻んだ後、流れるようにうなじを削ぎ落とし、残りの二体もたやすくうなじから鮮血を噴き出して倒れる。

全ての巨人を削ぎ終わるや否や、そいつはこちらに目もくれずに颯爽と馬に跨り、そして雨の中へと消えた。



一体あいつは何だ・・・・?!

自分以外に、あんな風に動けるやつは居なかったはずだ。
知っていたら確実に俺の班に加える前にエルヴィンが分隊長や何かしらの役職に就かせているはず。
そんな実力者がいる話は俺が入団してから一度も聞いた事がない。

しかし・・・自由の翼の紋章。


間違いない。同じ調査兵団の兵士だ。

だとすると、新兵か・・・?

それにしてもおかしい。



「へ、兵長・・・今のは・・・。」

「・・・分からねえ。
同じ紋章を背負ってはいたが・・・何もかもおかしい・・。」


謎の兵士。

おかしな点はいくつもあった。

奇妙なモノを見てしまった、そんなモヤモヤとした気持ちが胸を埋め尽くしたまま、壁外調査は撤退の信煙弾をもって帰還となった。




「 ーという事があったんだが、お前は何か知っているのか。」


帰還早々、後処理もしない内に団長室のソファに深々と陣取る。

「気になって書類整理もままならねえ。気分が悪い。あいつの事を知ってんなら話せ。一から十まで全てだ。なぜ俺たちに紹介されていないのか、その理由もだ。」

ダン!っと拳を机に叩きつける。

さっき自分の目で見たものが処理出来ずに、憤っている。

「あいつは何だ。」

再びエルヴィンに質問をぶつければ、やれやれとペンを机に置いた。

「やっと話す気になったか。さっさと全て話せ。俺は忙しい。」

「・・・リヴァイ。今回の壁外調査の報告が五万とあって、私も忙しいんだ。
その話は落ち着いてからでいいんじゃないのか。」

「てめえ、何を聞いてたんだ。顔の両側に付いてんのは飾り物か?
俺はさっさと話せと言っているんだ。仕事なんか手につくか。
あいつは何だ。本当に調査兵団の兵士なのか。ふざけた格好したあいつだ。」

「・・・・ふざけた格好、とは?」

「白塗りの獣のマスクのような物をした奴だ。
ブレードも普通じゃねえ。もっと細くて刀身が長いやつだ。
立体機動はついてたが、替えの刃も持ってなかった。
意味が分からねえ。あんなモンを身につけて壁外に出るなんてふざけてんのか、あいつは。」


突然現れた兵士は、何もかも異質だった。

それなのに同じ兵服を着ていた事が、その異質さに拍車をかけている。


イライラと貧乏揺すりする俺の前に、エルヴィンが腰掛け直した。

やっと話す気になったようだ。
そもそも何故あんな異質な野郎を隠してたんだこいつは。


「あれは・・・。
分かった。まず、一つずつ説明しよう。

リヴァイが言う白塗りの獣の様なマスク、というのは『面』と呼ばれる物だ。
そして、ブレードよりも細く長い刃物は『刀』。

両方とも、ある東洋の島国の技術の物だ。」

「て事は何だ。東洋人の生き残りか、あの野郎は。」

「そうだ。替えの刃を持たないのは、必要ないからだ。
刀は、切れ味が落ちる事がない。例え何百体の巨人を削ごうが、その切っ先は衰えない。」

「・・・そんなモンがあるなら、このクソみてえなブレードを廃止してその刀とやらを配給しろよ。装備が大幅に軽くなるだろうが。」

「出来ないんだよ・・。一度だけ立会いの元で刀を借りて、模倣品を作ろうとした。
結果、全く再現出来なかった。あれは、普通の人間の作れる代物じゃない。
恐らく、彼女の持ってる物がこの世界で最後だろう。」

「・・・ちょっと待て・・・・今、彼女と聞こえたが。」

「ああ。彼女で間違いない。
女性だよ。面を着けてたから分からなかっただろう。」

「・・・・・・・。」

信じられねえ・・あれが女の動きか・・・?

全身バネみてえな、そんな動きだったぞ・・・



「・・・いつからだ・・いつから兵士になってる・・・。」


「一年前だ。」



エルヴィンの言葉を聞き、愕然とした。

一年も前なら、少なくとも三回は壁外調査に出ていて、一年間同じ兵舎で暮らしてた事になる。


「俺の聞き間違えか・・・?一年と聞こえたんだが。」

「一年だ。」

「何故紹介されてねえんだ。大体、見掛けた事もねえぞ。」

「それはな・・・・。」


ふぅ、と溜息をつき頭を欠くエルヴィン。


一年も暮らしてて見かけねえなんて有り得ない。
東洋人なら尚の事そこら辺を歩いてるだけで目立って仕方がないはずだ。

何故こいつは隠してる?


不信感を露わにし、目の前の男を睨み付けていると重い口を開いた。



「 ー 人嫌いなんだ。極度のな。」

「・・・・は?」

「人の近くに寄るのも嫌っている程だ。壁外調査でも一人で動く役目を担っている。救援信号の場ににいち早く駆け付ける事が、彼女の主な役目だ。

正直、最初にリヴァイが兵士達に挨拶した態度より酷い状態でな。
面を外さない、よって、目線すら合っているのか分からない。当然、話もしない。
完全に孤立してる存在だ。

自室を与えられているから、そこで食事も済ませているし、人を避けて壁外調査くらいしか外に出て来ない。

しかし、リヴァイも見ただろう?

彼女の実力を。」


「・・・ああ。正直、こんな事ぁ言いたくねえが俺と同等ではないにしても僅かに劣るか、そのくらいの力だ。」

流れる様に、三体を仕留めた。

その動きがまだ頭から離れない。

「・・・・面を取ったら、俺が劣るかもしれねえ・・。」

そう。奴は面を被ってる。

マントのフードでさえ視界を遮る足枷になるのに、あいつの視界はより狭いはずだ。

もし面を取って戦ったとしたら、それがあいつの百パーセントの力であって、面を着けた状態は万全の状態でないと言える。所謂ハンデだ。

ぞわ、と鳥肌が立った。
こんな事は初めてだった。


「いや、面を取ってしまうとナマエは戦えない。
面を着けた状態が、彼女の実力の全てだ。」


ナマエ。それがあの面野郎の名か。

面を取ると戦えないなんて、どんな神経してやがる。

あの強さで病的に気が弱いとでも言うのだろうか。
正直全然面白くない。


「・・さあ、もういいかな。さっき言った様に書類が溜まってるんだ。」

どうやらあまりナマエについて詳しく話したくないらしい。

そそくさと立ち上がるエルヴィンを止めもせず、じっと考える。
まだ聞きたい事は山程あるが、俺も与えられた情報を整理したい。

最後に一つだけ、エルヴィンに聞く事にした。


「どこに行けば会える。」


会ってみてえ。

一瞬しか見えなかった姿をもう一度拝みたい。
本当にあの場にいた事すら疑い始めている。

もし本当に居たのなら、実感したい。存在を。



しかし、この質問はあまりよろしくなかった様子でエルヴィンは目を伏せて首を横に振る。


「会おうとは思わない方がいい。彼女はそれを望まない。本当に、他人と相間みれないんだ。」


この話は終わりだ、そんな風に椅子に座り、涼しい顔でペンをすらすらと迷いなく走らせるエルヴィンに段々ムカついてきた。


「・・・てめえだけずりいじゃねえか。一人占めするな。
俺は兵士長だ。兵士の管理をする義務がある。てめえが話すまで、俺は働かない。大体、書類の整理なんてクソだと前から思っていたんだ。そんなの知ったこっちゃねえ。」

机の上に足を投げだせば、やれやれとエルヴィンが顔を覆った。


「・・・・まさか、リヴァイがここまで彼女に執着するとは思わなかったよ。

お前は思いの外頑固だからな・・・・仕方ない。彼女は嫌がるだろうが・・・。


夜中の三時きっかり。

そこから三十分だけ、慰霊碑の前に姿を見せる。


忠告しておくが、接触するなよ。
姿を確認するまでに留めておいて欲しい。
彼女は本当に、人が嫌いなんだ。

さあ、もう自分の責務に戻ってくれ。」



夜中の三時。

そんな辺鄙な時間を選んで慰問してるっつー事は、やはり相当な人嫌いらしい。

しかし、そんな人間が慰問する相手とは一体誰なんだろうか。
面野郎を引っ張り出せるくらい親密な故人。

あんな異質な奴にも大切な奴がいてそれを失くした傷を負っているんだと思うと、煙のような存在を少しは近くに感じた気がした。


「くれぐれも、接触は避けてくれ。」


部屋を出る背中に釘を刺すエルヴィンの声に見送られて、扉を閉めた。




分かっている。接触はしない。
俺は俺のやり方でやらせてもらう。
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bkm