見えた顔はなぜか


驚いた。

今夜は何故か、ナマエが自分より先に来ていた。

奇襲をかけるつもりかと身構えてみたが、どうやらそうではないらしい。

俺が来た事に気付いているはずだが背中を向けて座り込み、慰霊碑と向きあって全く動かない。

足を進め、隣に腰を下ろした。


「どういう風の吹き回しだ。」

「・・・・私は静かに慰問したいの。何時まで経ってもあんたが待ち伏せしてるから避けたのよ。そろそろ止めてくれない?迷惑なのよね。」

「だから、俺を打ち負かしたら止めてやると言ってるだろう。」

「・・・・・・。」

「それとも何だ。もう降参か?確か三連敗中だよな。」

「煩いわよ。男の癖に女相手に手加減しないなんて最低よ。」

「ハッ!男の癖に、だと。どっちが。
てめえこそ男に手加減するべきなんじゃねえのか。
もう少ししおらしくへなちょこの方が男受けもいいだろうに。」

「ふん。馬鹿みたい。男って皆んなそういうのが好きよね・・・・守りも出来ない癖に。ほんと自分勝手だわ。」

「・・・まさかお前も昔はそういうか弱い女だったとか言わないよな。」

「言わないわよ!私は小さな頃からずっと兄弟の中でも武術とか剣術とか、長けていたから。貴方もそうなんでしょう?」

「まあな。兄弟はいねえが。」

「そう。私も。みんな死んでしまった。」

「・・・なあ。毎日毎日、誰に会いに来てるんだ。」

殉職していった兵士の名がつらつらと刻まれている大きな石を指差す。

目を凝らさないと読めない程の小さな文字がぎっしりと並び、石の表面を埋め尽くしつつある。

あとどのくらいの人間がここに名前を刻めば、この世界は報われるのだろう。


「・・・それ、今日の質問?まだ負けてないんだけど。」

「なんだ。今日もやる気なのか。俺は構わねえが・・。」

結果は同じだろう、そんな言葉は何とか喉元で飲み込んだ。

「・・・そうね。どうせ負けるんだもの。自分から話した方が気持ちがいいわ。」


やけに素直だなと思った。

こんなに話すナマエは初めて見たし、口から出る言葉はどれも挑戦的だけど居心地の悪いものでもなく。

今日のナマエは何か変だ。


「サイラムって知ってる?」

ナマエが指を伸ばし撫でた場所には、沢山の名前に紛れて確かに「サイラム」と刻んであった。

「サイラム・・確か、俺が入団した時に同じ班だった。お前と同じ黒髪の。」

「そう・・・同じ、班だったの・・。

彼ね、恋人だったの。
貴方とは、馬が合わなかったんじゃない?」

「まあ・・そうだな。」

サイラムに限った話ではないが、あの頃はまだ兵士としてイザベルやファーランと共に地上へ引き上げられ、エルヴィンの始末をつければ直ぐにずらかる予定だったので他の兵士と良い関係を築くつもりは毛頭なく。

むしろ敵対していたと言えるだろう。特に俺は・・。

「ふふっ。彼は人一倍正義感とか使命感が強いから・・・貴方とは合わなそうだもの。

でもね。とっても優しい人だった。

私はまだ一般人で守られるばかりで・・・。

彼が死んで、指一つ帰っては来なかった。

だから・・・今でも信じられないの・・。

ここに確かに名前が刻んであるのに・・間違いなんじゃないか。壁外で彷徨ってるんじゃないかって・・未だに探してるのよ。馬鹿みたいでしょう。

・・・丑三つ時って知ってる?
その時間は死者の時間になるって。

だから毎日ここに来てる・・会って話せば、受け入れられるのに・・・ほんと・・おかしいの・・も・・つ、らいっ・・!」

あんなに強がっていた女が、今隣で泣いている。

丸くなり、声を潜め、肩を震わせて咽び泣く小さな体を引き寄せて抱き締めても、今なら突き返されない気がした。

腕に閉じ込めるとやはり自分より随分小さく、細くて。

戦っている時はあんなに頼もしく見えたのに、今は悲しい程に弱々しい。


頭を抱え、頬を寄せて黒髪を撫でた。



言わなければ、こいつは進めない。



「サイラムは・・・俺の目の前で死んだんだ。」

ナマエが服を握りしめ、拳にシャツが引っ張られる。

「俺が来た時あいつの半身はもう、巨人の口の中で、それでもまだ生きていた。

助けようとする分隊長に来るな・・・と。

元気で、僕は先に、・・・・それが最期の言葉だった。」

「・・・っその巨人は!・・貴方が仕留めたの・・・っ」

「ああ。奴は、確かに俺が仕留めた。

すまない。助けられたかもしれね「言わないで・・っ!!」

身を固くし、泣きながら声を荒げて謝罪を止めたナマエはゆっくりと俺から引き離れて行く。

そしてまたいつもの様に、ゆらりと暗闇に身を漂わせた。


「何も言わないで・・!!

何も謝らないで・・・!!

助けられたかもしれないのは・・私も同じ・・。

貴方の・・せいじゃない・・・っ。

貴方のせいじゃ・・・!」

「逃げるな。」


今にも暗闇に消え入りそうなナマエを瞳にしっかりと捉え、視線で射抜いた。

今、逃すと何もかも変わらないと思った。


「逃げるんじゃねえ。
そうやって全て自分で抱え込んで、収めようとするんじゃねえよ!

俺はお前の恋人を見殺しにした。

俺のせいで、お前の恋人は死んだんだ!!」


言い終わらない内に、何度も交えた衝撃を腕に受け止める。

ギリギリと痛い程に互いの骨が食い込み、そこからナマエの怒りを感じた。

「貴方が・・!!貴方ほどの実力者がいれば・・!!彼は死ななかったのに・・・!!」

「そうだ。俺がいれば死ななかった。」

「何で・・っ!?何で彼が死んで・・・貴方が生きてるのよ・・・っ!!!」


ー ドクン


なぜ、奴らが死に俺が生き残ったのか。

一瞬、心を乱された。


隙が出来てそこに付け込まれ、体を飛ばされる。
直前に手が面に触れて、ナマエの顔から面が弾け落ちて行く。


見えた顔は何故か見慣れた顔で。


そうか。想像していた通りなんだと、地面に背を打ち付けながら頬が緩んだ。


「はあっ・・!はあっ・・!」

「・・・てめえの勝ちだな。」


組み敷く身体は軽く、まだ涙が付いている顔がすぐそこにある。

苦しげに閉じられていた瞼がゆっくりと開き、黒目がちな瞳が俺を映した。


「はあ・・っ!なん、で、笑ってるのよ・・。」

「お前が・・予想通りの顔だったもんでな。」

黒髪の似合う幼さの残る顔に手を沿わせる。


「こっちの方がいいぞ、お前。」

そのまま柔らかな肌に手の平を滑らせて顎を摘まんだ。


「・・・黙れ。」

・・・成る程。照れるとこういうカオをしてたのか。

素直に赤く染まる頬に、胸をくすぶられた。


「・・・貴方を憎み切れない。憎いはずなのに・・・・。

憎い気持ちが、すぐに小さく消されてしまう。

・・・私、は・・・・貴方を憎むべきなのよね・・。」

「さあな。てめえがしたいようにしろ。」

「私は・・・・・。」
「貴方はなぜ・・・・私に構うの・・?
昔の貴方と重なったから・・?」

「始めはそうだった。昔の自分に似ていて危なっかしいと思った。
だがほんとはもっと前から、惹き寄せられていたんだと思う。

お前をもっと知りたいと思った。

もっと知って、もっとお前を愛したいと思った。

どうしようもなく、お前に惹かれてしまった。」

気づかない内に、顔も見えない人嫌いのナマエに夢中になっていた。

「お前に憎まれても構わない。
お前のやりたいようにやれ。」

例え憎まれてしまっても関係ない。

自覚した時にはもう、辞められなくなっていた。


荒い息遣いが少しずつ落ち着いて、涙も涙の跡も全て乾いて肌に馴染んだ。

固く結ばれていた唇が緩んで薄く開いた後、


「愛しても、いいの・・?」


すぐ側にあるのに、やっと聞こえる小さな声を耳で拾った。

聞き逃すつもりはない。
それは聞きたかった答えだった。

「駄目と言われて辞めれるのか?

俺は辞めれねえぞ。

てめえもそのくらい俺を愛さなきゃ駄目だ。」

「・・それじゃあそのくらい愛させてみてよ。」

「ふん。いいだろう。一つ言っとくが、俺は簡単には死なないから後悔するなよ。

さあ、始めるか。」


ナマエの瞳が閉じられるのを見届けて、待ち焦がれた唇に愛を這わせた。



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