知れば知るほど
久しぶりに会った歌姫は巨大な城を背に霞ませてそこに立っていた。
「お招き頂きましてありがとうございます。」
エルヴィンはナマエのこの姿を知っていたのだろうか。
何かが抜け落ちてしまったかのように何も話せない俺の少し前で、いつも通りするするとご丁寧なご挨拶を並べている。
「ミョウジ公爵様、こちらがリヴァイです。」
エルヴィンの覚めるような青に射抜かれ、役に立たなくなった頭を下げる。
「ふむ。君か。一度ここに来たのは何年前だったか・・思い出せんな。これを機会にきちんと定期的に顔を見せることだ。人類最強が見たいと参列者が五月蝿い。
・・・・やはり30にもなって今更背は伸びたりせんか。少し期待していたが。」
早速のミョウジ家流の洗礼が伏せてやっている身へ降りかかるが、今は生まれ持った身体つきの悪さの指摘など、この城の屋根の数くらいにどうでも良い事だった。
「これはナマエ。慰問に使ってくれたそうだな。これの歌は素晴らしいだろう。」
それよりも俺を逆撫でしたのは、さっきから死んだような眼をしているナマエと多分そうさせているナマエに対する養父の言動。
「言葉には言い表せない程の歌声でした。幼少期にあれ程の才を見抜くとは、やはりミョウジ公爵様はお目が高いと感服します。」
「そうだろう。そうでなければノイラート家のような弱小家に声をかけるなんてみっともない事をするまい。」
ナマエを横目に向けられる嘲笑に、血が沸騰するような感覚が疾る。
これはどういう事なのか。
もはやジョークにも思える程、先程からこの男の言動は卑劣で醜く、許し難い。
喋る言葉の全てが許せなかった。
ナマエを顎で指し、何か大したことない紙切れでも見せるように俺たちに”これ”と紹介した。
遊びの延長のように簡単に人の子を引き取り、価値があると自慢する。
ナマエの隣で実家を蔑み、馬鹿にして歯を見せた。
ナマエが独りでも臆することなく壇上へ向かえた何よりも誇りに思っているであろう力を馬鹿にしたのだ。
今まで生きてきて散々な目に合ってきたが、”人間”に対してこれ程まで怒りを極めた事があっただろうか。
無意識に握り込んでいた拳がぶるりと震え、睨み殺してやろうと先走る瞳を無理矢理逸らして何とか抑え込む。
ここに来た理由を考えろ。
ここに来る決意を思い出せ。
兵団の不利益になる立ち振る舞いはしないと誓った。
この男に苛つかせられるのは想定してたはずだ。驚くことじゃない。
それでも、それでも。
あんなに輝いて、楽しそうに大勢の前で胸を張れるナマエを、意識以外の意思を失わせてしまったような顔にさせているのだと思うと許せなかった。
「私なんかにミョウジ家の名を下さったお父様には感謝してもしきれません。
エルヴィン団長。ーリヴァイ兵長。先日はあの様な機会を与えて頂きありがとうございました。」
”リヴァイ兵長”と名前を呼ばれ、ここに来てようやく視線が絡んだ。
慰問の日から片時も離れなかった声が俺の名を呼んでしまえば、全身のありとあらゆる神経ごとミョウジ公爵へ向いていた意識も、全て毟り取られていく。
ミョウジ公爵の隣に立つナマエのアメジスト色は、いつの間にか取り戻した輝きをしっかりと俺に向けている。
宥めようとしているのだと、すぐに分かった。
「うむ。その感謝を忘れるなよ。客だって寄せてやってるんだからな。
では会場へ案内しよう。おい、メイド、この方達を。」
「お父様。私が案内致します。」
ナマエがドレスの裾を摘み、少し持ち上げて腰をかがめて見せればミョウジ公爵は「まあよいだろう」と頷いた。
改めてナマエの強さを思い知る。
自分勝手に生身を利用されても尚、怒りや絶望に身を滅ぼさずに他人に目を向ける余裕もある。
「リヴァイ兵長の顔、お父様に今にも殴りかかりそうなんだもの。ヒヤヒヤしちゃった。」
面白い物でも見たと言わんばかりの口ぶりで話すナマエはやはり兵士の誰よりも生き生きしていて先程からすると生まれ変わった様だ。
「エルヴィン、話してなかったの?」
「ああ。リヴァイに身構えさせておくと本当に血を見る事態になりそうだったからね。面食らってしばらく動けなくなる方がいいだろうと思って。」
「ふふ、確かに。」
声に導かれ顔を上げると、指先がまた頬を突いた。
それを今度は払いのけたりしなかった。
「私なら平気。ありがとう。」
当たり前ではないと知ったこの笑顔が今にも散ってしまいそうに儚く映って、悲しいほど愛おしく、胸が痛んだ。
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