ゴマを摺りたい訳では無いらしい
「エルヴィン・・・うちの兵団の資金難は今そんなに深刻な状態なのか?」
「いや、順調だよ。ミョウジ公爵がまた援助を「ー理由はそれか?」
貴族相手にしては例を見ず割に和やかだった空気が、ヒヤリと冷え込んだのが肌で分かった。
ナマエの見開かれた瞳は動揺で揺れている。
だが能天気なお嬢様にはこれくらいハッキリ言ってくれなきゃ分からねえはずだ。
「あのジジイから更に資金を搾り取るために娘に慰問とやらをさせて、ゴマするのが目的なのかって聞いてんだよ。「ーリヴァイ!!」
俺が言い終わるのとナマエの隣でエルヴィンが声を荒げるのは同時だった。
ナマエは何も言い返せないようだ。
きっと自分でも分かっていたんだろう。求められてるのは歌じゃなく金なんだと。
「そんな、」と、ナマエの唇が僅かに動いた。
エルヴィンを見ると、やはり腹を立てた様だった。
「リヴァイ、お前の貴族への見境ない悪態はどうにかならないのか?
ナマエはお前が知ってる貴族には当てはまらないと、もう感じているだろう?」
確かに今までの貴族と比べれば、段違いにマシだった。
だが少しでも考えれば分かるはずだ。よりによってミョウジ家の人間が壇上に上がることすら考えものなのに、慰問なんていうのはどう考えても有り得ないと。
その点の図々しさを考えれば、ナマエだって今までの奴らと同じだ。
「他に仕事はいくらでもあるんだろ?別のをやれ。ここにミョウジ家の人間は相応しく無い。」
ナマエの瞳がさらに大きく見開かれる。
「リヴァイ・・。」とエルヴィンが三度目になる名前を呼び、肩に手をかけた。
「そうじゃない、そうじゃないんだよリヴァイ。
彼女に俺が慰問を頼んだ時、俺はまだミョウジ家のご令嬢だなんて知らなかった。
まさか上流階級の人間だとも思わなかったよ。
だってナマエはー」
エルヴィンはそこまで話すとナマエと顔を見合わせ、可笑しそうに表情を崩して二人笑い始めたのだ。
そんな二人を前に、俺は理由が分からずに突然一人だけ置いていかれて気分が悪い。
ナマエだって俺の言い草に今まで動揺してた筈なのに、口元を手で隠しながらあの綺麗な笑い方で笑っているのだ。
「あー、エルヴィンったら、本当にあの時は可笑しかったわ!
あのね、リヴァイ兵長さん。これはお父様には内緒の話なんだけど、私、たまに夜のバーで歌わせて貰ってるのよ。
ふふっ。窓からこっそり抜け出してね。
◯◯バーって、貴方もよく飲んでいるんでしょう?エルヴィンが教えてくれたわ。
それでー」
再びくすりと笑い、エルヴィンと目を合わせて再び俺を見る宝石のような瞳。
「兵団のために歌ってはくれないだろうかって、エルヴィンが声をかけてくれたの。
私ほら、お父様の事があるでしょう?だから皆さんに顔向け出来ないからって断ったの。そしたらエルヴィンがミョウジ家のご令嬢が何でこんな所にってびっくりしちゃってね。酔いも一気に醒めちゃったみたいで。」
「もーあの時の顔ったら!忘れられないの」
一人盛り上がるナマエに当のエルヴィンも「ナマエ、話が逸れてるよ」と恥ずかしそうに目尻を下げている。
二人の様子に未だに一人不機嫌なままの自分が益々場違いに思えてきた。
というか、こいつら親しすぎやしないか?
エルヴィンのやつ、貴族相手にデレデレしやがって。気持ち悪ぃ。
「あー、つまりだな、リヴァイ。
ナマエの歌は本当にいいんだ。家柄なんか抜きにして、な。
気持ちが洗われるようなんだよ。
お前も一度聴けば分かるだろう。」
「・・・・こいつの歌がか?俺にはそんな大層な歌い手には見えんが・・。」
そう。どうにも目の前の令嬢がミョウジ家の者である事を払拭出来るほどの歌い手であるという言葉には説得力に欠けていた。
ナマエは言葉数は多いが声量も控えめで歌い手らしい覇気がない。
それに上手い歌い手ってのはもっとこう・・・・。
自分の歌い手のイメージとナマエを見比べてみる。
ナマエは細すぎたのだ。
あの体から人の心を動かせるほど声を絞り出せるとは到底思えなかった。
「ふふ、貴方みたいに何でも言ってくれる人、初めてだわ。
上手いどころか歌い手にも見えないって顔に書いてある。」
「ーっやめろ。」
子供を愛でるように頬を撫でた指先を払っても、ナマエは楽しそうに微笑むばかりだ。
「すまないな・・ナマエ。リヴァイは誰相手でもこうだから、気にしないで欲しい。」
やれやれと肩を落とすエルヴィンにムッとした。
「いいのよエルヴィン。私、この方の人柄がとっても好きよ。こういう素直な人の前で歌ってみたかったの。
ねえ、リヴァイ兵長さん。慰問が終わったら、ぜひ貴方の感想を聞かせて欲しいわ。貴方ほど素直な人の言葉なら私も素直に受け取れるもの。
だからお願いします・・・歌わせてください!」
そう言って頭を下げてしまうものだから、流石に俺もエルヴィンも狼狽えた。
「お、おい!ミョウジ家の令嬢だろう、お辞儀なんかしなくていい、頭を上げろ!」
こんな事をさせたとあのジジイに知られたらどうなるか・・!
きっと援助を断ち切られるだけでは済まされないはずだと冷や汗が滲む。
「・・・私はミョウジ公爵の娘として頼んでるんじゃありません。
一人のただの歌い手としてお願いしているんです。
お願い・・・貴方達のためにちっぽけな事でも何かしたいの・・!」
お辞儀する頭の下に見える掌が震えていると気付いてハッとした。
もしかしたら自分の高貴な家柄など、この女にとっては本当にどうでもいい事なのかもしれないと。
「・・・・好きにしてみればいい。
だがしっかり腹はくくっておくべきだろうな。
相当な実力がなきゃ、そのお家柄に目を瞑ってはくれないぞ。」
「ええ、分かってるわ。壇上に立つ限り、最後まで歌い切る。・・例えどんな状況でもね。」
ナマエの人柄が好ましいのはハッキリしていたが、壇上に上がれば歌ってしまうだけで語り合う訳でもないし、他の兵士達がナマエを評価する視点は歌のみなのだ。
「ナマエ、ミョウジ家の令嬢である事は黙っていたらどうだろう。」
「俺達に歌を聴かせたいのならそれが得策だろうな。」
そうでもしなけりゃ、歌い始める前に立ち去る者達が殆どなのは目に見えている。
それくらいの仕打ちをミョウジ家はしてきたし、兵士はミョウジ家をよく思っていない。
「そうね・・・・有り難い提案だけれど、私は隠さずに壇上に立つわ。
家柄なんかに負けたくないの。
私はあんな猫の額より狭い上流社会よりも、もっと広い世界で生きたい。
その為にも、家柄の呪縛から抜け出したいのよ。
調査兵団の兵士の方々へミョウジ家の償いのためにも、きちんと名乗りたい。」
・・・・やっぱり、どうもナマエは貴族なんかではないようだった。
だってこんなに、
ー「自信があるのか?俺達を夢中にさせる。」
ー「あるわ。きっとゴマをする為だなんて、思い浮かばせない。
歌っている間だけでも、嫌なこと全て忘れさせてみせるわ。
勿論貴方も。一人残らず全員よ?」
強い令嬢が・・・いるわけないだろう。
悪戯っぽく笑うナマエから目が離せなくなった。
明日俺は、本当に夢中にさせられちまうんだろうか。
・・・・・いや、そんな事は有り得ない。
俺は貴族なんざ大嫌いなんだから。
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