また面倒事が始まった
俺には貴族という人種と良く過ごせた試しが無い。
場合によっては不潔な人間と過ごした方がマシだったと仰ぐ事も多々ある程だ。
俺が出会ってきた貴族はどいつもこいつも自分達さえ良ければいいと思ってる他の人間は同じ人種だとも考えていないようなクズばかりだったから、貴族という上位階級の人間には見切りをつけていた。
それはきっと目の前の令嬢だって例外では無いはずだと、冷ややかな目でソイツを見ていた。
「リヴァイ、こちらはナマエ・ミョウジお嬢様。
ミョウジ家のご令嬢だ。」
そう言って”お嬢様”とやらを示しながら、エルヴィンは早速貴族相手に嫌悪感を露わにする俺に、力の入った眼を向ける。
”失礼のないように”と、釘を刺しているのだ。
「エルヴィンったら、お嬢様なんて呼ばなくていいと言ったでしょう?
私、正式な娘ではなくて養女なんだから。生まれはノイラート家で、小さな頃は髪を振り乱して遊んでいたわ。」
家柄は立派すぎるくらいなのに、それを鼻にかけずに”養女”だからと謙遜する。こういう普通の態度の出来る貴族もいるのだと少しだけ驚いた。
ノイラート家という名前には聞き覚えがあったが、確かにミョウジ家に比べれば階級は格下でこれといった話も聞かない。
しかし目の前のご令嬢の微笑みは、今や高貴なミョウジ家を名乗るのに相応しい。
アメジスト色の瞳と揃いのドレス。
汚い世界は何も知らないような、穢れの一切ない微笑みが眩しい。
きっとこの女は世間で言う素敵な女性に当てはまるんだろう。
それでも魅力的だとは感じられず、心もちっとも動かなかった。
こちとら産まれた時から汚いことばかり味わってきた身分なので、どこか蔑んで見ている。
無知故にそんな風に笑っていられる恥ずかしいヤツらだ、と。
「リヴァイです。」
心の中では乏しながらも、貼り付けたような笑顔を作って頭を下げる。
「ミョウジ家からの”手助け”には・・・救われています。」
エルヴィンは妥協点の態度に肩の力が抜けたようだ。
全ては金のため。根底から腐っちまってる他の兵団の資金搾取のおかげで、調査兵団は万年資金不足に悩まされている。
壁外で活動する際の食料、馬、その他装備のために、一番金のかかる兵団であるのに関わらず、だ。
しかし、そんな調査兵団独自の資金源もある。
ミョウジ家のような金持ちの趣味の悪い道楽として、資金援助を受けるのだ。
見返りとしてこちらは壁外での話を定期的に開催される下らん宴の場で話してやるのだが、奴らは成果が上がっていようが無かろうが、何人死んで何人が生き残ろうが、そこに興味はない。
奴らが聞きたいのはいつも”金をいくら使ったか”だった。
各貴族家同士の、資金額の競り合い。
今回もまた周りと桁違いの援助をしたとミョウジ家当主が上機嫌にグラスを傾けるテーブルの下でズボンを握り締めるしか出来ない、砂を舐めるような屈辱を思い出し、愛想良くしていたはずの眉間にしっかりと恨みの皺が刻まれていた。
そんな俺を見つめるミョウジ家の令嬢と視線が鉢合い、ハッと我にかえる。
「・・・ごめんなさいね。
調査兵団の方には、とても顔向け出来る人間ではないと分かっているの。ここに来るのも勇気がいったのよ?
だってお父様が援助とかこつけて・・いつも貴方達に・・・あんな言い草・・最低な行為だと思う。あんな援助の仕方なら、しない方がマシよね・・・って言ったらエルヴィンが困っちゃうわね、ごめんなさい。でもこれは本当の気持ち。
でも私もそんなミョウジ家の一員なんだもの・・憎まれて当然、よ。」
ナマエはそう言って一度俯いたが、またすぐに俺を見た。
「だからエルヴィンが提案してくれたのが本当に信じられなくて。
そりゃあ、私はプライドを持って今の仕事をしてる。そのほとんどがお父様と付き合いのあるお客様に向けての歌だし、結果的にいつも家柄が先行してしまっていることは認めるけれど、お父様の人脈で仕事を得たいと思ったことは無いわ。
でもまさか・・・貴方達のために・・・歌わせて頂けるなんて・・・!」
「・・・・は?」
令嬢があまりにも色んな話を一度に済ませる所為で、どうにも理解出来ない一言が聞こえたのは気のせいだろうか。
「・・・・俺たちのために・・・歌・・・?お前が・・・?」
嫌いな相手への不慣れな好意的態度など脆いものだ、エルヴィン。
「リヴァイ、やめないか」とお咎めは確かに耳に届いていたが、これから起こるであろう拷問を受け入れるのに精一杯で飲み込んでやる余裕はない。
「はい。
シンガーとして、先日の壁外調査への犠牲者へ、慰問をさせてください。」
ー・・・ほう。
顔向け出来ないとか言っていたクセに、笑顔で頭を下げるこの図太い根性はやはり貴族のものだと顔がヒクつく。
ミョウジ家による犠牲者への慰問。
それはまさに寝耳に水、だった。
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