ボツったアレ

[ Name Change ]


●●に会うのは、およそ二週間ぶりだ。
屯所の隊士連中から預かった大量の刀の手入れを頼みに行った時以来、一度も会っていなかった。
●●は、この廃刀令のご時世に刀鍛冶を生業とする時代錯誤な女だが、そんな●●を一目見てみたいという真選組隊士は多い―――“鬼の副長”などというつまらないあだ名が俺にあるせいだろう。
●●に会う口実を作るため刀の手入れを依頼しようとする隊士たちは少なくない。
俺はそんな奴らの作戦会議の現場に踏み込み、奴らの刀を全て取り上げて一人で●●の店に持ち込んだ。
それが二週間前のことだ。
刀工というイメージに違わぬ職人気質な彼女に大量の刀を押し付けた瞬間、細い眉が一気に吊り上がったことをよく覚えている。
その恐ろしい仏頂面が、俺が最後に見た●●の顔だった。


店の入り口には、『本日休業』の札が下がっていた。
しかし、店の奥―――工房からは鉄を叩く甲高い音が一定のリズムで聞こえてくる。
俺は工房に直接入れる裏口へ回ることにした。

「………よう。」

合鍵を使い裏口から工房に入ると、刀を鍛えている最中の●●の後ろ姿が目に入った。
仕事の邪魔はしたくはないが、無言で仕事場に侵入するのも良くないだろうと思い、聞こえるか聞こえないかくらいの声量で曖昧な挨拶をしてみた。

「今日は休みよ。表の札、見なかったの?」
「見たから直接こっちに来たんだろーが。」

俺の声は、鉄を打つ音よりも遥かに小さかったはずだが、●●にはしっかり聞こえていたらしい。
可愛げの欠片もない冷たい返事が返ってきた。
………これは、かなり怒っている。

「どっかの誰かが持ち込んでくれた大量の仕事のおかげで、店先に出られないのよ。おかげで『店潰れたのか』なんて問い合わせを頂いたわ。」
「どこの誰に。」
「万事屋の銀さんに。」

思いがけず、不愉快な名前を聞くことになった。
俺が会いに行けなかった二週間の間に、あのニート侍が●●と接触していたと考えるとどこか腹立たしい。

「木刀ぶら下げた野郎は、ここに用なんざないだろ。なんでわざわざお前に連絡してくんだよ。」
「万事屋さんで使ってる包丁、私が打ったのよ。で、時々研いであげてるの。」
「あの野郎も一応侍なんだから、包丁の一本や二本自分で研げるだろ。」
「素人の研ぎ方と本職の研ぎ方を一緒にしないでくれる?包丁の寿命がまるで変わってくるわ。」

ふん、と鼻で笑うと●●は、再び無言で小槌を振るった。
………これは、相当機嫌が悪い。

「あー………あれだ。預けた刀、どうなってんだ?」

やんわりと進捗を確認してみたが、無視された。
仕方なく辺りを見渡すと、見覚えのある刀たちが筵の上に並べられていた。
隊士たちから預かった刀だ。
●●に手入れを依頼した刀の中には、柄巻がボロボロによれてしまっていたり汚れていたものもあったはずだが、並んでいる刀は全て丁寧に巻き直されている。
並べられている刀は、手入れが終わったものなのだろう。
数えてみると、預けた刀の数より一本少なかった。
つまり、今●●が打ち直している刀が、手入れを依頼した最後の刀である可能性が高い。

「早ェな。もう手入れ終わったのか。」

並べられた刀から一本手に取り、鞘から抜いてみた。
廃刀令のご時世では、斬り合いをするような事件が毎日起こるわけではないため、すぐに刃が駄目になるようなことはない。
しかし、だからこそ日々の手入れを怠りがちな隊士たちの刀は、刃こぼれしていたり輝きが鈍っているものがいくらか存在するのだが、俺の手にある刀はそんな隊士の怠惰など微塵も感じさせない鋭い輝きを放っていた。
そろそろ、俺の村麻紗も手入れを頼むべきか。
いや、しかしこの状態でまた仕事を頼めば確実にキレられる気がする。
………むしろ、今は何を言っても火に油を注ぐだけか?

「その刀で、今日の仕事終わりか?」
「おかげさまで。」

ようやくもらえた返事は、これでもかというくらいぶっきらぼうだった。

「それ片付いたら久しぶりに飯でも食いに行かねェか?」
「まだヤスリ掛けも研ぎも終わってないんだから今日中に片付くわけないでしょ。」

取り付く島もないとはこのことか。
これはもう、めちゃくちゃ怒っている。
二週間も連絡を取らずに恋人を放っておいたからか、●●からも連絡を取る暇もないくらいに仕事を押し付けたからか―――あるいは、その両方か。
●●が起こっている原因に思い当たる節があり過ぎる俺は、作戦を変更することにした。
今俺がすべきことは、●●を刺激しないようにひたすらご機嫌を取ることだろう。

「ヤスリ掛けも研ぎも今日じゃなくていいんだろ?キリがいいところで終わりにして美味いモンでも食いに行こうぜ。」
「疲れてるときにマヨネーズは見たくない。」
「疲れてんなら余計に栄養取らねェとダメだろ。とっておきの店に連れてってやるよ。」
「ポテトサラダもタルタルソースも見たくないわ。あっさりお茶漬けで十分です。」
「んなもんばっか食ってっと身体壊すぞ。出汁茶漬けだったらどうだ?トッピングにマヨネーズがある店知ってるぞ。」
「だからマヨネーズいらないって言ってるでしょ。マヨネーズメニューがある店には絶対行かない。」
「マヨネーズなしの店ならいいんだな?じゃあ、マヨネーズがメニューにない店に行くか。俺はマイマヨあるし。」

言質を取った俺が携帯用マヨネーズの残量を確認しながら言うと、●●があからさまに「しまった」という顔をしてみせた。

「………マヨネーズそのものを見たくないの。隣で追いマヨしてる人となんてご飯食べたくない。」

ぼそぼそと付け足された言葉は、妙に早口だった。
しっかり俺の言葉を拾っているという証拠だ。

「よし。じゃあ、俺は終わるまで待ってるから。」

ちゃんと俺の話を聞いているというということは、少なくとも俺が●●にとって気になる存在だということ―――まだ愛想を尽かしていないということだ。
そのことに安堵した俺は、部屋の隅に腰を下ろし煙草に火を点けた。
のんびりと#namae2#の仕事が片付くのを待つことにする。

「行かないって言ってるでしょ。」
「マヨネーズを売りにしてなきゃいいんだろ?」
「マヨラーの隣は嫌なの。」
「じゃあ誰の隣ならいいんだよ。」

そう言ってやると、●●はぐっと押し黙った。
変なところで素直な女だ。
『俺の隣は嫌だ』とはっきり言えず、『嫌いだ』とも言えない。
感情に任せてその場限りの拒絶もできないところが女らしくないが、愚直で好ましい。
俺も、●●を見習い素直に頭を下げようと思った。

「………二週間、連絡とらなくて悪かった。」

●●の怒りを静めるためには、誠心誠意謝るしかなかった。
携帯電話なんて便利なものがある世の中で、連絡を取る隙がほんの僅かにも存在しないということは、ほぼあり得ない。
理由も告げず、二週間も恋人に放っておかれていたら、大抵の女は不機嫌になるものだ。
別れたと解釈する女だっているだろう。
●●は、そんな短絡的な思考の女ではないと信じているが、それでも彼女だっていい気はしないはずだ。

「………別に。土方さんがマメに連絡をくれるような人じゃないことぐらいわかってるし。」

ちらりと俺に一瞥をくれた●●は、それだけ言うと再び刀を見た。
打ち終えた刀を水槽に漬け、冷やし始めた。
じゅうじゅうと派手な音と蒸気を出す刀を真剣な目で見つめている。
それくらい真っすぐに、俺とも向き合ってほしいものだ。

「だから、これから埋め合わせさせてくれ。」
「………私が怒ってるのは、それじゃないから。」
「じゃあ、あれか。無理やり仕事押し付けたことに怒ってんのか。」
「………半分当たり。」

冷やした刀を頭上にかざしながら刃の厚みを確認している●●が、ぽつりと呟いた。
その声音には、やはり棘が含まれているような気がする。

「半分?どういうことだ?」
「廃刀令のご時世に仕事を頂いて怒る鍛冶師なんてそういないわよ。無理やり押し付けられた仕事だとしても、ね。」
「じゃあ、なんで怒ってんだよ。」
「それに気付かないところに怒ってるのよ。」

これは、アレだ。
『私がなんで怒ってるかわかる?』って聞いてくる面倒くさい女のアレだ。
怒っている理由をドンピシャで当ててしまえば、『わかってるならなんでそんなことしたのよ!』とキレられ、外せば『わかっていない!』だとか『そんなことしたの!?』とか藪蛇になる面倒くさいパターンだ。
これは長丁場になりそうだ、と俺は腹を括った。

「今面倒くさいって思ったでしょ。」
「………思ってねェよ。」
「その間が答えじゃない。」

●●は、手拭いで汗を拭き取りながら大きなため息を吐いて見せた。
そして、心底不愉快だという顔を俺に向けた。

「私が怒ってるのは、仕事を大量に持ってきたことじゃないわ。」

面倒臭がっているのがバレたか?
今日一番キツイ顔を見せてくる●●を見ながら俺は視線を彷徨わせる。
これが女の感ってヤツか、と背筋がにわかに寒くなった。

「仕事を恵んでみせておいて体よく厄介払いされたことに腹が立つのよ。」

●●は鉄槌を手にした。
頼むから凶器は置いてくれないだろうか。

「朝刊に載ってた真選組の大捕り物。浪士たちから私が狙われないように店を閉めさせたかった。だから無駄な仕事を大量に持って来たんでしょうが。」

なんでバレてんだよ。
女には邪気眼が標準装備なのか。
それとも山崎が下手を打ったのか。
俺は本気でそう疑った。






以下省略。
お粗末様でした!!!

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