プライド

二週間前、恋人は大量の仕事を持ち込んできた。
真選組隊士たちの刀の手入れを頼みたい、と私に大量の刀を預けてきたのだ。
廃刀令のご時世で、女だてらに刀鍛冶を生業とする私にとって、これだけ大量の仕事が舞い込むことは非常に珍しいことだった。
村田鉄子さんのように名実ともに知られた刀工ならば話は別だが、男の世界と呼ばれるこの業界で女の鍛冶師に新規の仕事が来ることはほぼない。
馴染みの客も刀を手放し新規の依頼もない現状では、食い扶持を稼ぐために刀以外の刃物を扱うことも増える。
包丁だとか鍬だとか刃のあるものは何でも請け負い、ぎりぎりのところで成り立っている…そんな商売だ。
私なりのプライドを持って選んだ仕事ではあるし、恋人の命を守る刀を自分の手で扱えるということは、女としての自尊心を多少なりとも擽ってくれる素晴らしい職であると自分では思っていた。
しかし、そんなささやかな私の喜びを打ち砕いてくれたのが、他ならぬ恋人であった。
私の小さな工房に大量の仕事を無理やり持ち込んできた恋人は、”鬼の副長”と呼ばれていた。
膨大な量の刀を前に、『一人じゃ捌ききれない』『半分は他所の工房に持っていってほしい』と抗議した私の言葉を無視し、彼は『二週間後にまた来る』とだけ宣い去っていった。
久しぶりに会えたというのに、色気もへったくれもない会話しか交わせなかった。
この男は本当に鬼なんじゃないかと私は疑った。
鬼を祓う刀でも打つべきじゃないかと真剣に考えた。
いや、お化けが苦手という彼の弱点を思えば、私が鬼の面でも被って急襲してやるべきかとも考えた。
この仕事が片付いたら、すぐに般若の面でも買いに行こうと心に決めた。
………その日以来、私は彼と会っていない。
私は真選組の活躍を報じる朝刊の日付を見て、恋人―――土方十四郎と最後に会ったのが二週間前だと気付いた。

***

頼まれた刀の最後の一本を研いでいる最中に、土方さんは私の元を訪れた。
店の戸は鍵を掛けているせいか、彼は工房に直接入れる裏口から勝手に入ってきた。

「………よう。」

二週間ぶりに会う恋人へ掛ける言葉とはとても思えないほどに、ぶっきらぼうな挨拶だった。
私は、彼に背を向けたまま刀を研ぎ続ける。
鬼と呼ばれる男に、甘い言葉など期待するだけ無駄だ。
久しぶりの逢瀬に女が期待するものに気付けないような野暮な男ではないはずなのだが、男のプライドなのか武士道なのか女に媚び機嫌を取るような姿勢を見せることはない。

「今日は休みよ。表の札、見なかったの?」
「見たから直接こっちに来たんだろーが。」

実に可愛げのない返答だ。
土方さんが持ち込んできた刀の量は、他の仕事を取る余地もないくらいに大量だった。
そのため私は二週間もの間ずっと店先に”臨時休業”の札を出し、ひたすら刀を研ぎ続けているというのに、それに対する労わりもない。
二週間前に私の胸に灯った怒りの炎が再び激しく燃え上がるのを私は感じていた。

「どっかの誰かが持ち込んでくれた大量の仕事のおかげで、店先に出られないのよ。おかげで『店潰れたのか』なんて問い合わせを頂いたわ。」
「どこの誰に。」
「万事屋の銀さんに。」
「木刀ぶら下げた野郎は、ここに用なんざないだろ。なんでわざわざお前に連絡してくんだよ。」
「万事屋さんで使ってる包丁、私が打ったのよ。で、時々研いであげてるの。」
「あの野郎も一応侍なんだから、包丁の一本や二本自分で研げるだろ。」
「素人の研ぎ方と本職の研ぎ方を一緒にしないでくれる?包丁の切れ味も寿命もまるで変わってくるわ。」

どこか探るように突っかかってくる土方さんに、私は鼻で笑って答えた。
本当は、銀さんから包丁を研いで欲しいという依頼はなかった。
正確に言うとわざわざ連絡をくれたというよりは、従業員の給料をパチンコに使い込んだせいで子供たちに追われているという銀さんが、この工房に逃げ込んできたというのが正しい。
土方さんと会えなかったこの二週間の間に、銀さんは何度もここに顔を出した。

「あの野郎、どうせ研ぎ代なんてロクに払いやしねェだろ。関わるのはやめとけ。」
「客を選ぶ余裕なんて、ウチにはないの。」
「お前ほど腕のある職人なら、あからさまに金のない奴は切り捨ててもいいだろ。仕事なんてウチがいくらでも………」

そこまで言って、土方さんは口を閉じた。
『いくらでも』どころか、過剰なほどに仕事を依頼している現状を思い出したのだろうか。
私は、ちらりと作業台の上に広げていた今朝の新聞を見た。
"過激攘夷志士グループ検挙!"
"連続婦女誘拐にも関与か!?"
"主犯格に刀を突きつける鬼の副長!"
紙面に踊る数々の煽りに、私は思わず顔を顰めた。

「あー…アレだ。それ片付いたら久しぶりに飯でも食いに行かねェか?」

虫の居所が悪い私の様子に気が付いたのか、土方さんは不自然に話題を変えてきた。
普段からあまり仲が良いとは言えない銀さんのことを私が話題に出したというのに、何事もなかったかのように話を流すとは、少しは罪悪感があるのかもしれない。
愛刀の村麻紗の柄を握ったり離したりを繰り返している。
落ち着きのないその様子が、何よりの証拠だ。
村麻紗を握るその手に、私は苛立ちを覚えた。

「行かない。」
「なんでだよ。それで仕事片付くんだろ?」
「疲れてるときにマヨネーズは見たくない。」
「疲れてんなら余計に栄養取らねェとダメだろ。とっておきの店に連れてってやる。」
「ポテトサラダもタルタルソースも見たくないわ。あっさりお茶漬けで十分です。」
「んなもんばっか食ってっと身体壊すぞ。出汁茶漬けだったらどうだ?トッピングにマヨネーズがある店知ってるぞ。」
「だからマヨネーズいらないって言ってるでしょ。マヨネーズメニューがある店には絶対行かない。」
「マヨネーズなしの店なら行くんだな?じゃあ、マヨネーズがメニューにない店に行くか。俺はマイマヨあるし。」

思わず、刀を研ぐ手を止めてしまった。
言質を取られたと気付いた私は内心で舌打ちしながら振り返る。
土方さんは懐から携帯用マヨネーズを取り出し残量の確認をしていた。
結局この男は、私の隣で即席マヨネーズ料理を製造する気だ。

「………マヨネーズそのものを見たくないの。隣で追いマヨしてる人となんてご飯食べたくない。」

慌てて付け足してみたが、土方さんは私のお願いを聞く気はないらしい。
工房の隅に座り込み、優雅に煙草を吸い始めた。

「よし。じゃあ、俺は終わるまで待ってるから。」
「行かないって言ってるでしょ。」
「マヨネーズを売りにしてなきゃいいんだろ?」
「マヨラーの隣は嫌なの。」
「じゃあ誰の隣ならいいんだよ。」

ここで『あんたの隣なんてごめんよ』とでも言ってやれたなら、すっきりするのだろうか。
けれど私の口からは、そんな台詞は間違っても出てくることはない。
『土方さんが嫌い』だとか、『出ていってほしい』だとか、そんな心にもないことを言ってしまえば後悔の念しか残らないことがわかっているからだ。
それほどに、この男に惚れ込んでいる自分に嫌気が差す。

「………その、アレだ。二週間、連絡とらなくて悪かった。」

何と返せばいいのか考えあぐねていると、突然土方さんが謝ってきた。

「………別に。土方さんがマメに連絡をくれるような人じゃないことぐらいわかってる。」

もしかして、土方さんは二週間の間一度も私に連絡をしなかったことに一応は罪悪感を感じていたのだろうか。
ばつの悪そうな顔で煙草を吹かす綺麗な顔を見ながら、そんなことを思った。
………そうだとしたら、それは見当違いも甚だしいのだけれど。

「これから埋め合わせさせてくれ。」
「………私が怒ってるのは、それが理由じゃないから。」
「じゃあ、あれか。無理やり仕事押し付けたことに怒ってんのか。」
「………半分当たり。」
「半分?どういうことだ?」

研ぎ終えた刀の水分を拭き取り打ち粉を振りながら言うと、土方さんは訝し気に尋ねてきた。

「廃刀令のご時世に仕事を頂いて怒る鍛冶師なんてそういないわよ。無理やり押し付けられた仕事だとしても、ね。」
「じゃあなんで、んなに怒ってんだよ。」

本気でわからないといった様子に、ますます苛立ちが募った。
私の能力以上に大量の仕事を無理やり持ち込み、話を聞こうとしない土方さんの態度に腹が立たなかったわけではない。
しかし、生きるか死ぬかの修羅場を日々潜り抜けている真選組の刀の手入れを任せてもらえることは、刀工として何より誇らしいことだ。
………だからこそ、私は土方さんを許せなかった。

「なんで、こんなに大量の刀を持ってきたの?」
「…屯所で隊士連中に頼まれたんだよ。」
「平隊士が、鬼の副長をパシリにしたの?」
「誰がパシリだ。お前のことは総悟のヤツが屯所中に言い触らしやがったから、名前だけは知られてんだよ。で、お前に刀の手入れしてほしいってヤツが大勢いて…」
「じゃあ、この二週間何してたの?」
「………んだよ。やっぱり二週間も放っておいたこと怒ってんじゃねェか。」

面倒臭そうに頭を掻きながら、悪かったよ、とおざなりな謝罪をする土方さんに、私は目を細めた。
この男、本当に何もわかっていない。

「だから、私が怒ってるのはそこじゃないって言ってるでしょ。」
「じゃあなんだって……」
「刀の手入れをさせたいんじゃなくて、私に店を閉めさせるのが目的だったんでしょうが。」
「………え。」

じろりと睨みながら言うと、土方さんはあからさまに肩を跳ねさせた。

「今朝の新聞見たわ。真選組で大捕り物があったんですってね。」
「あ、ああ………」
「鬼の副長が先陣を切って反幕府組織を一網打尽。ご活躍なさったようで。」
「………。」
「二週間連絡をくれなかったのはその任務で手一杯だったからよね?」
「………。」
「急に大量の刀を持ち込んで私に仕事をさせたのは、店を閉めさせるためね?鬼の副長の恋人なんて肩書を持っていると、攘夷志士から狙われる可能性なんていくらでもあるから。」
「………。」
「銀さんもきっと、捕り物の件知っていたのね。だから、わざわざウチに様子を見に来た。」

真選組副長の恋人なんて、真選組に恨みを持つものから見たら格好の的だろう。
本来なら、警護対象に危険を知らせ身辺警護するのが最も効率が良いのだろうが、大々的に真選組隊士をこの工房に張り付かせてしまうと、私が”副長の女”だと知らない者にまで噂を広めてしまう危険がある。
だから、土方さんは何も言わず無茶苦茶な仕事を私に押し付けることで、工房の外に出ないようにした。
もしかしたら私が気付いていないだけで、どこかで私を見張り警護している真選組の人たちがいるのかもしれない。
何はともあれ、自分のことになると途端に不器用になる土方さんの損な性格から容易に察することができる。

「なんで私が怒ってるか分かった?」
「………結果的に実害は何もなかったとはいえ、危ない目に合わせて悪かった。その、何もお前に伝えなかったことも………」
「違う。そうじゃない。」
「は?」
「真選組の極秘任務を部外者に伝えないのは当たり前でしょ。私が怒ってるのは、そんなことじゃないわ。」
「じゃあ、」
「………そんな大事な任務を前にして、なんで鬼の副長殿は愛刀の手入れを任せてくれなかったのかしらね?」

土方さんの腰に下がる村麻紗を、私は思わず恨めし気な目で見てしまった。
わざわざ私を工房に閉じ込めるような真似までしなければならないほどに大変な任務を前にして、私に愛刀を預けてくれなかったという事実は、刀工としてのプライドを酷く傷付けた。
手入れを依頼してきた大量の刀は、恐らく隊士たちが普段使っているものではなく予備の刀だったりもう使わなくなってしまったガラクタばかりなのだろう。
あまり手入れのなされていない曇った刃たちには、隊士の腰元に携えられるべき輝きはまるでなかった。

「危険から遠ざけさせるためとはいえ、普段は使っていないどうでもいい刀ばかり預けて適当に手入れをさせておいた。随分馬鹿にされたものね。」
「え、あ、いや…俺は、別にそんなわけじゃなくてだな………」
「お荷物ならお荷物とはっきり言ってくれた方がまだマシだわ。」

丁子油を塗り終えた刀を鞘に納めると、私は刀を土方さんに無理やり押し付けた。
そして、工房の隅に敷かれた筵の上に並べられた刀たちを指さす。

「どうぞ。ご依頼の刀の手入れは全て終わりましたよ。屯所に飾るでもつっかえ棒にするでもお好きにお使いくださいな。」
「んな使い方するわけねーだろ。」
「侍の腰に下げられない刀なんて、蔵の隅で埃を被ろうが肩たたきに使われようが同じことよ。その程度の用途にしか使えないようなものをわざわざ手入れさせたんでしょう。」

もう一度土方さんを睨みつけると、私は踵を返した。
恋人らしく甘い時間が欲しいだとか私のことを気にしてほしいだとか、そんな我儘は言うだけ無駄だと思っている。
そんな駄々をこねる女では、この人の隣に立つ資格はない。
しかし、だからこそ刀工としての私の価値を認めてほしかった。
私の刀工としての実力だけは信頼してくれているものだと、彼の役に立てる存在だと信じていたのに。
女扱いして欲しくないわけではないが、一人の職人としても認めてほしい。
恋人としても刀工としても、どちらの立場も尊重してほしいと思うのは、あまりに欲張りすぎているのだろうか。

「●●!」

土方さんは急に大声で私の名を呼ぶと、工房を出ようとした私の手首をすごい力で握り引き留めた。

「お前の腕を信用していないとか、雑用押し付けてここに閉じ込めておこうだとか、そういうつもりはなかった。………けど、その、すまん。」
「何が『すまん』なのよ。」
「お前の職人としてのプライドを軽んじていた。悪かった。」

真っすぐに私の目を見ながら言われた謝罪の言葉は、常にないほど弱弱しかった。
天邪鬼で素直じゃないこの男が、こんなにストレートに謝罪してくるとは。
図体は大きいくせに肩を落として謝られると、私の方もいつまでも怒り続けることが難しくなってしまう。

「………。」
「その、だな。本当は仕事を押し付ける気はなかったんだよ。」
「………」
「いや、だから、本当はここに見張りを立てるだけにする予定だったんだ。お前につまんねェ仕事させる気はなかった。」

困ったように眉を下げ、土方さんは大きなため息を吐いた。
そして、覚悟を決めるように唇を噛むとゆっくりと口を開く。

「当分の間、お前に会えないことが分かってたからな。だから、会う口実を無理やり作るために、屯所から適当に刀を掻き集めた。」
「………は?」
「だから!お前に会いたかったからロクでもねェ用事をテキトーに作ったんだよ!………頼むからもう言わせんな。」

真っ赤な顔で拗ねたような口を利く土方さんを、私は思わずまじまじと見つめた。
変なところで意地っ張りのこの男が、『私に会いたかった』と面と向かって言ってのけた。
天変地異の前触れだろうか。

「………普段はフォロ方さんだの十四フォローだの言われてるくせに、要領悪いわね………」
「おい誰だ?んな妙なあだ名を言ってやがったのは。総悟か?総悟だな?」

クソ、アイツ余計なことを吹き込みやがって。
忙しなく視線を空に彷徨わせながら土方さんはぶつぶつと呟いた。
依然として顔は赤いままだったが、私の手を握る力は変わらない。
その手の強さが、素直じゃないこの男の精一杯の甘えのような気がして、私は自分の中にあった怒りが急速にしぼんでいくのを感じた。

「マヨネーズ一切なしのお店に連れて行ってくれたら許してあげる。」
「………え、」

私の手首を握ったままの土方さんの手に、自分の手を重ねながらそう言うと、土方さんがぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「言っておくけどマイマヨも禁止ね。私の目にマヨネーズを一瞬でも見せたら許さないから。」

私の職人としてのプライドなんて、いくら傷付けられようがこの男を前にしてしまえば些細なものになってしまうらしい。
今日一番困ったような情けない土方さんの顔を見ながら、出掛ける算段をし始めている単純な自分の思考に内心で苦笑いした。

「………善処する。」

どれだけ譲歩しようとしても素直に、うん、と言わないところがこの男の不器用なところであり、愛しいところなのだ。
自分のフォローはロクにできない彼を、私は許すしかない。
通販で買った般若の面を密かに懐に忍ばせ、私たちは久しぶりに出かけることにした。



back

『普段はフォロ方さんなのに自分のことになるとボロ方さんになる』っていうヘタレ方さんが好きです。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -